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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
第三幕~.。.:*✽桜紅の契り✽*:.。.~
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第八集:瑠璃狼とウォンヌ


 タリアと(ほむら)、ハオティエンと別れたウォンヌは、大中小の雪洞(せつどう)を覗いて回る。六つのうち四つは計量皿や大判の秤量紙(ひょうりょうし)、ステンレス製の軟膏(なんこう)ヘラや磁器製の乳鉢(にゅうばち)、等々の実験道具があり、残る二つは人間の死体が五体あった。一番(すみ)にある一体は先程の、青い男狼(おろう)が背負っていた人間の死体だ。


 人間は死んではいるが外傷はない。


 「――樹氷村(じゅひょうむら)で何が起こっているんだ?」


 「さあ、何だと思う?」


 「――――!!」


 ウォンヌは声がした方角を見上げる。雪洞(せつどう)(じょう)にいたひとりの男狼(おろう)が、ウォンヌと一定の間隔を空け、ストッと着地した。


 「……瑠璃(るり)(ろう)


 「へえ~神官(しんかん)さん、狼族(ろうぞく)に詳しいね」


 狼界(ろうかい)に住まう狼族(ろうぞく)の種類は六種類ある。眼前(がんぜん)で笑う男狼(おろう)は毛が紫みの青、瑠璃(るり)(ろう)だ。尾は二本、背丈は175㎝、狼耳(ろうみみ)が頭部に生えていた。イタチの一種フィッチファーのロングコートを着ている。褐色(かっしょく)(まだら)模様だ。下は黒いスキニーパンツで同色のエンジニアブーツを履いていた。ミドル丈で三つのバックルが付いている、筒口(つつぐち)がゆったりしたルーズスタイルだ。


 顔立ちは彫が深い。二重瞼(ふたえまぶた)の垂れ目で鷲鼻(わしばな)だ、瞳は青く唇はあかぎれていた。左手に持つ竹製の弓は複合弓(ふくごうきゅう)だ。別名合成弓(コンポジット・ボウ)、動物の骨や(けん)を張り合わせて作る破壊力を向上させた弓である。


 ウォンヌは能力で和弓(わきゅう)を取り出し、樹氷村(じゅひょうむら)の実態を探った。


 「……お前達一族は樹氷村(じゅひょうむら)で、人体実験をしているのか?」


 「人体実験? いや? 実験じゃない、試験だよ!」


 瑠璃(るり)(ろう)特段(とくだん)、隠す素振りもなく、ウォンヌの質問に応じる。


 「……試験?」


 「雪花(ゆきはな)、人間達を瞬間冷凍させる薬だ。冷凍の持続性、安全性、品質、人間達の協力(・・)でいま試作中なんだ! えっと……、ああ、臓器売買だよ。将来、狼族(ろうぞく)の資金源になる。いいっしょ~」


 瑠璃(るり)(ろう)はウォンヌに、自慢げな口調で簡潔(かんけつ)に説明してくれた。


 「(……馬鹿だなコイツ)」


 簡単に身内の内情を明かす、知能が(おと)った瑠璃(るり)(ろう)だ。ウォンヌは試しに訊ねてみる。


 「……雪花(ゆきはな)、いまあるか?」


 「あ~……ごめんね、俺は下っ端でさ~。キミ達神官(しんかん)が来ちゃって、先輩達が火で炙っちゃったよ。調合がバレちゃいけねえーって、まあ冴木犀(ごもくせい)様の命令だしね、ごめんね」


 「…………」


 瑠璃(るり)(ろう)は肝心なところで役立たずだ。ウォンヌは内心で舌打ちした。


 「(……まあ天上界(てんじょうかい)も序列は厳しい。冴木犀(ごもくせい)の命令じゃ仕方ない……、は?)」


 ウォンヌは(はた)とする。


 「……冴木犀(ごもくせい)? 冴木犀(ごもくせい)がいるのか?」


 「うん、冴木犀(ごもくせい)様いるよ? 鬼退治しに行ってて、会いたかった?」


 瑠璃(るり)(ろう)の純粋に首を傾げる仕草は腹立たしい。ウォンヌの神経を逆なでした。


 「……会いたくねえし」


 冴木犀(ごもくせい)狼界(ろうかい)重鎮(じゅうちん)三厄狼(みやくろう)のひとりだ。狼界(ろうかい)厄害(やくがい)で天上界の五事官(ごじかん)が彼の動向を注視している。(ひょう)が生んだ自然の渾沌(こんとん)、神の天敵、下界(げかい)の安寧を脅かす残酷(ざんこく)非道(ひどう)雹狼(ひょうろう)だ。


 「――って、鬼退治!?」


 又もや、ウォンヌは大事な部分を聞き流していた。決して故意ではない。瑠璃(るり)(ろう)の舌足らずな喋り方のせいだ。


 「うん、鬼退治~」


 「……タリア様ッ」


 火鬼(ひおに)孤魅(こみ)恐純(きょうじゅん)上位神(じょういしん)タリアは一緒にいる。


 瑠璃(るり)(ろう)はウォンヌに嘘をつく必要はない。十中八九の真実、つまりタリアは現在、雹狼(ひょうろう)冴木犀(ごもくせい)と交戦中だ。悠長にしていられない。


 「僕は武官(ぶかん)ウォンヌ、人間を殺めた四界(しかい)の者を神々は許さない。大人しく僕に捕縛(ほばく)されるか、征伐(せいばつ)されるか、どっちがいい」


 二人の間に散る花弁(はなびら)(ゆき)雪燈籠(ゆきどうろう)が照らしていた。淡い灯りが二人の横顔に影を差さしている。一方は顰面(しかめづら)、一方は笑顔だ。


 「アハハ、やだな~! キミを殺してどっちも選ばないよ俺は!」


 双方の選択は決まった。瑠璃(るり)(ろう)合成弓(コンポジット・ボウ)に二本、ウォンヌは和弓(わきゅう)に四本、本弭(もとはず)末弭(うらはず)に矢を引っ掛けて番える。矢庭(やにわ)に二人は後方に跳び、矢を放った。


 風を切る速さで()が揺れている。


 ウォンヌの金色の虹彩(こうさい)に鋭利な(やじり)が迫った。ウォンヌは左右に二本避け、一弾指(いちだんし)、上半身を斜め前に踏み込んだ。軍刀を抜刀し、ウォンヌの矢を三つ(かわ)した瑠璃(るり)(ろう)逆袈裟(ぎゃくげさ)する。しかし、くるり軽快な動作で(ひるがえ)瑠璃(るり)(ろう)に刃は届かない。


 「――とッ!!」


 瑠璃(るり)(ろう)はウォンヌを狙うに有利な雪洞(せつどう)に一足飛びした。瑠璃(るり)(ろう)はウォンヌが意図的に外した一本の矢が自分の後ろで円を描くように方向転換していることに気づいていない。


 「――守善一射(しゅぜんいっしゃ)誠尽(まことつく)射手(いて)なれ」


 「ヘヘッ……!」


 瑠璃(るり)(ろう)が勝ち誇った表情で何か囁いている(・・・・・・・)ウォンヌを見下ろした直後、ウォンヌの最後の矢が右側からドスッと、静かに――でも確実な威力で、瑠璃(るり)(ろう)の太い首に突き刺さる。鮮血が迸った。


 「――――ッ!? カハッ……」


 神力(しんりき)を籠めた聖なる矢だ。ウォンヌは止めを刺すべくタッと宙に舞い、瑠璃(るり)(ろう)の心臓を刺突する。


 「人間の痛みだ」


 「――ゴホッ……!!」


 一塊(ひとかたまり)の血を吐く瑠璃(るり)(ろう)の体がずるり、左側によろめき落下した。


 「……征伐(せいばつ)完了」


 瑠璃(るり)(ろう)の遺体がある雪上に降下したウォンヌは、切先を斜め下に血振りし、納刀(のうとう)する。そして内ポケットに忍ばせていた使い捨て手拭いを抜き取り、両手を綺麗に拭き始めた。ウイルスや細菌は手の平で勝手に蔓延る。指先の溝や窪みは念入りに拭かなければならない。


 「――よし」


 用済みの手拭いを内側に折り畳みポケットにしまった。突如、空気が振動し、熱風と冷風の突風がウォンヌの両頬を(なぶ)る。


 火鬼(ひおに)孤魅(こみ)恐純(きょうじゅん)雹狼(ひょうろう)冴木犀(ごもくせい)の仕業に相違ない。ウォンヌの神札(しんさつ)の耳飾りがバタバタとはためいた。


 「……チッ、孤魅(こみ)恐純(きょうじゅん)め」


 毒々しい旺然(おうぜん)たる(じゃ)がウォンヌの肌を刺激する。けれど間断なく、花々が(うず)を成し天上に昇った。清らかで色鮮やかな花びらだ。


 「――タリア様だ!!」


 上位神(じょういしん)タリアの能力技、花過(かか)天咲(てんしょう)が陰を陽に一転させる。闇夜を(いろど)った煌きにウォンヌが感嘆するや否や、神々しい景色に不相応な咆哮(ほうこう)がした。ウォンヌの鋭い眼光が漆黒の背景に走る。


 「……アイツらか」


 数百メートル先に六匹、それらは佇んでいた。焦香(こがれこう)瑠璃(るり)、銀の毛並みで体高(たいこう)は90㎝前後、狼一族が変容(へんよう)している狼達だ。


 腰を低く屈めた体勢で唸っている。上唇(じょうしん)(まく)り、鼻に(しわ)を寄せ、威嚇してきた。


 暫しの対峙(たいじ)後、一匹の狼が夜空に向け遠吠えする。


 「――ヴァヲオオオン!!」


 狩りの合図だ。ウォンヌを標的に五匹が駆け出した。左右の両足で前後交互に地面を蹴り上げ、ウォンヌと一気に間合いを詰めて来る。六対一、数で不利な状況だがウォンヌに焦りはなかった。


 ゆっくり和弓(わきゅう)に六本の矢を弓構え、打起(うちお)こし、引分け、(かい)する。


 「……凱歌(がいか)()げるは神にあり」


 美しい残身だ。ウォンヌの手を離れた六本の矢はすべて、疾走する狼の心臓を射抜いた。甲高い悲鳴が六つ響き渡る。


 「キャウンッ!!」


 「キャンッ!!」


 狼達は倒れた。シュウと噴霧(ふんむ)し人型に戻る。心臓が停止した証だ。


 「こっちは捜索終了だな」


 ウォンヌの役目はもうここにはない。人間の心身に害を及ぼす四界(しかい)の死体は界事(かいじ)を担う五事官(ごじかん)と、罪や穢れを祓う許万官(きょばんかん)の任務になる。研究材料とされた人間も然りだ、無闇に現場は荒せない。


 「――急がなきゃ」


 ウォンヌは(きびす)を返した。銀狼(ぎんろう)の死体を意に介さず通り過ぎ、辺りを見渡すハオティエンを発見する。ウォンヌはハオティエンを呼んだ。


 「ハオティエン!! そっちは、どう……」


 「――遅い」


 近付いて驚いた。ハオティエンの黒軍衣(こくぐんい)は血塗れだ。

 

 「お前……、ものの数十分で……」


 「煩い。ウォンヌ、肩を貸せ」


 ハオティエンは機嫌が悪い。


 「……はあ、なんで僕が……」


 武官(ぶかん)神兵(しんぺい)の中で最も剣術に()けている男神(おがみ)にいったい何があったのか、ウォンヌは気になる疑問を飲み込み、やむを得ずハオティエンに肩を貸したのだった。


おはようございます、白師万遊です(*^▽^*)


最後まで読んで頂きありがとうございます!

感想、レビュー、いいね、ブクマ、フォロー等々、頂けると更新の励みになります(*'ω'*)


また次回もよろしくお願いします<(_ _)>

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