第七集:銀狼とハオティエン
「――ハオティエンッ、僕はあっちに行く!! 誰もいなければ、お前と合流する!! いいな!?」
「――ああ!!」
タリアと焔、ウォンヌと別れたハオティエンは大中小の雪洞を覗き、人間がいないか確認して回る。六つのうち三つは生活を主軸とした部屋になっており、残る三つは
試薬ボトル、テストチューブ、ガラス漏斗、円錐形フラスコ、培養皿、ガラスビーカー、ガラス測定シリンダー、等々の実験器具があり、氷漬けの人間の死体が数体転がっていた。
「……何かの研究か?」
薬品の独特な臭いが充満している。ハオティエンが実験室らしき雪洞を潜りかけた矢先、後方に禍々しい殺気を帯びる気配を感じ、パッと左に跳んだ。
振り落とされた、氷で形成されている刀が、雪洞の入口を削った。危機一髪ハオティエンが避け、相手の空振りに終わる。
「――御明察」
「……銀狼か」
ハオティエンの眼前に現れた狼族の男狼は、尾が三本ある銀狼であった。
狼界に住まう狼族の種類は六種類ある。尻尾がくすんだ黄赤の焦香狼、尻尾が紫みの青い瑠璃狼、尻尾が銀色の銀狼、尻尾が黒い交配種の除狼、低俗な忌狼、雹が生んだ自然の渾沌、雹狼は尻尾が金色だ。
焦香狼は尻尾が一本、瑠璃狼は尻尾が二本、銀郎は尻尾が三本、除狼は尻尾が一本から三本、忌狼は獣形で一本、雹狼は五本、先天的に備わった資質と後天的に獲得した経験で尻尾の数は異なってくる。
彼らの色と尻尾は戦闘力の段位、一種の強さのバロメーターだ。
「ったくよォ……、なんで天上界の神官がいやがる?」
狼耳が生えた銀色のショートスタイル刈上げツーブロックの頭をガシガシ掻く男狼は、目頭の部分が窪んだ彫の深い顔立ちで、二重瞼の垂れ目に銀の虹彩、鼻筋が高く鼻先は丸い。手入れされていない唇はひび割れていた。
身長は190㎝はある。骨太の図体だ。服装はフードが付いた、シルバーフォックスファーのロングコートを着用している。下は黒いスキニーパンツで同色のエンジニアブーツを履いていた。チェーンベルトとデザインジップが付いていて個性的な靴だ。
ハオティエンはじっくり男を観察し、冷静に問い直す。
「こっちの台詞だ狼族、こんな辺鄙な場所で人間の考究か?」
「……ハッ、冴木犀様の臨床試験の施設だ。知らねえで来たのかよ」
「冴木犀!?」
冴木犀は狼界の厄害、天地に悪名轟かす三厄狼のひとりだ。驚くハオティエンに男狼は更に驚愕の事実を教えた。
「いま、あっちの鬼を殺してる最中じゃねえの」
「――――っ!?」
あっちの鬼――、孤魅恐純と一緒にいるのは上位神タリアだ。男狼が真実を話しているなら、否、この状況で見え透いた嘘をつくはずがない。つまり現在、「上位神タリアが冴木犀と交戦真っ只中」ということになる。緊急事態だ、のんびり駄弁っていられない。
「オイッ、人間を凍らせて何の試験をしている!?」
「瞬間冷凍した人間の臓器の安全性、効果的な使い方――ッだよ!!」
突如、男狼がハオティエンに斬りかかった。ハオティエンの抜刀は速い。氷の刀身を弾き、素早く右薙ぎで応戦する。
「……っ、ハッ!」
「――チィッ!!」
男狼は巨体の割に身軽だ。雪上で軽快に躱し、担肩刀勢に構えた。幻想的な雪灯籠が両者を照らす。ハオティエンは軍刀の鍔をカチャリ鳴らし、口付近で水平に、防御の堅い霞の構えで男狼を見据えた。
「……氷の刀か」
男狼の氷刀は反りのない直刀だ。衝撃を和らげない直刀は折れやすい。だが狼力で凝固された透明な氷刀は石の如く硬い。
「俺の愛刀、銀雪だ。かっけぇだろ。お前を殺す刀だ、有難く思えよ」
「……天上界の神々は罪無き人間を殺める異界者を許しはしない。お前こそ覚悟しろ」
ふたりは睨み合い、一弾指、同時に姿が消える。キン、キン、と数回、刀同士を激しくぶつけ火花を散らせた直後、振り被る男狼の真向唐竹割りがハオティエンの左肩を掠めた。男狼の太刀筋を見極め躱すハオティエンは新雪の表面に半円を描くよう、粉雪を舞わせながら男狼の背後に滑り回り、男狼が振り向くと同時に右袈裟斬りで右肩を砕き、神力を籠めた刃先で内臓を抉る。
「ガハッ……!!」
吐血した血粒が空中に飛んだ。
「守地天無栄――誠尽す武人なれ」
ハオティエンは間断なく、左袈裟斬りで男狼の腸を分断し、蜂で右薙ぎに喉元を引き裂いた。怒涛に攻められ男狼に成す術はない。
「……ゴフッ!!」
血潮で男狼のロングコートが染まった。くちゃ、と開く首は皮一枚、繋がっている。男狼は白目を剥き、重力に逆らわず、前方にドサリ倒れた。天上界の神官、武官の神兵ハオティエンの勝利だ。
ハオティエンは切先を斜め下に血振りする。
「――――、サファ様に感謝だな」
ハオティエンの軍刀は得物を司る男神、黒衣官の長サファに新しく鍛えてもらった新身だ。以前、鹿界の緑鹿、万季地と一戦を交えた際、彼の操る蔓で刃毀れしてしまい、サファに預けていた。期限の四日でしっかり受け取り早数カ月、実践での使用は今宵が初めてとなる。とても軽く扱いやすい。
「はあ、孤魅恐純のヤツ……」
ハオティエンは納刀し、太息を零しつつ西の空を見上げた。孤魅恐純の炎と冴木犀の氷の衝突で地面が揺れている。刹那、ハオティエンの双眼に色鮮やかな花々が映った。万物の心身を癒す光景は美しい。上位神タリアの能力技、花過天咲だ。
「――タリア様ッ」
人間の生存者はいない。ハオティエンがタリアの加勢に駆け出す。しかし、進行方向を塞ぐ者が出現し、一時停止を余儀なくされた。
「ガルルルル……」
「ワォンッ、ガルル……」
焦香と瑠璃の毛並み、焦香狼と瑠璃狼が変容した狼達だ。六匹いる。
「ヴヴヴヴ……ッ!!」
上唇を捲り狼の猛々しい牙と歯茎を露出させ威嚇してきた。
狼族の狩りの習性は知っている。
基本的に闘いは下位、統帥者は上位だ。上位の指示に従い、一頭が先導を切り、群れで獲物を仕留める。ハオティエンは柄を握り、どの個体が上位の狼か、慎重に相手の出方を窺った。
暫しの沈黙後、一斉に狼達が襲いかかってくる。
「――――ッ!!」
予想外の攻撃だ。ハオティエンは軍刀ではなく、神力を凝縮した光るエネルギー玉を数発、撃ち込んだ。
「キャウン、キャンッ!」
「ヴァンッ、ヴァンッ、ヴヴッ!!」
「……チッ!! クソッ!!」
三匹命中し、三匹が手足に噛み付いてきた。咬合力は然程ないが離れない。腰を低く、全体重を乗せ、ハオティエンを引き摺ってくる。
「ヴヴヴッ、ガヴヴヴッ!!」
「……ッ、こん、の!!」
狼の牙が皮膚に減り込んだ。けれど何故か、三匹の狼達はパッと、唐突にハオティエンを解放した。
「……、……!!」
狼耳の先端をピクピクさせている。うろうろ足踏みし、何か音を拾っている仕草だ。
「――ウァンヴァンッ!!」
狼達は負傷のハオティエンに止めを刺さず、踵を返し場を立ち去った。狼達の背中が瞬く間に遠くなる。
「……は」
ハオティエンはドサリ、力尽き座った。軍衣は所々穴が空き、血塗れだ。危うい場面であったものの、一応は助かった。
「……犬笛か?」
意図が掴めない撤退の理由は恐らく、犬笛だ。狼族の犬笛は40,000Hzの周波数で、他族は無論、神々にすら聞こえない。
群れの統帥者か、冴木犀が吹いた可能性もある。
「……痛てぇ、ウォンヌ遅いな。ひとりじゃ動けん……」
ハオティエンは独り言ち、眉間に皺を刻んだ。腰のベルトを抜き取り、出血箇所の酷い太腿、その付け根に巻いて傷口を止血し、ウォンヌの戻りを待ったのだった。
おはようございます、白師万遊です。
最後まで読んで頂きありがとうございます(*´Д`)
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