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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
第三幕~.。.:*✽桜紅の契り✽*:.。.~
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第六集:雹狼の冴木犀

 

 「俺様はなあ、上位神(じょういしん)の嬢ちゃん、失敗を恐れねえ。これは意義ある挑戦だ。瞬間冷凍は鮮度や旨味を保つ、人間の臓器は新鮮がいい、成功すりゃいい商売になると思わねえか?」


 冴木犀(ごもくせい)の笑顔は(ゆが)んでいた。五本の尻尾を上げ、ゆらゆら揺らしている。


 「ハッ、臓器売買ね。ま、いい商売になるんじゃない」


 (ほむら)が同調した。彼も又、鬼界(きかい)を統べる火鬼(ひおに)だ。四界(しかい)の内情は詳しい。


 鬼界(きかい)狐界(こかい)鹿界(しかかい)狼界(ろうかい)四界(しかい)の者は下界(げかい)の人間の臓腑(ぞうふ)を好んで食す習慣がある。高値で取引されたり貢物(こうもつ)で贈られる背景には、品質が維持された商品(・・)を選ぶ購入者が多い理由が挙げられた。

 

 天上界(てんじょうかい)は下界の人間に危害を及ぼす四界(しかい)の者達を征伐(せいばつ)、生じた事案の対処を行う役目を担っている。看過(かんか)は許されない。


 「(われ)百罪百許(はくずいはくきょ)(さず)けられし神、地上に並ぶものなし」


 タリアが能力で(さや)のない聖剣を取り出し右手に握った。形は西洋剣(せいようけん)だ。柄頭(つかがしら)にローズクォーツの天然石が装飾されてある。


 「私は思わない。キミは人間を殺めた、罪は償ってもらう」


 「……俺様に挑むってか?」


 冴木犀(ごもくせい)嗄声(させい)が沈んだ。(あご)を上げ半眼でタリアを射抜いた。


 「俺が相手になるよ、冴木犀(ごもくせい)


 (ほむら)が二人の間に割って入る。タリアを背に(かば)い、両腕を組んだ。


 「……アン? 孤魅(こみ)恐純(きょうじゅん)テメエ、天上と連るんでやがんのか? 当たり前に一緒にいやがって、鬼の誇りはどーしやがった? つか……お前、封印されてたんじゃねえの? 流言蜚語(りゅうげんひご)だったオチじゃねえよな」


 冴木犀(ごもくせい)が怪訝な顔をし、矢継ぎ早に問い質した。四界(しかい)と天上界は不和(ふわ)で敵対の間柄だ。冴木犀(ごもくせい)の疑問は正しい。


 「鬼に仲間意識はない。ご立派な誇りもね。封印は本当だよ。まあ紆余曲折(うよきょくせつ)あって、いまはタリアといる。俺の嫁だ」


 詳説(しょうせつ)のない簡潔(かんけつ)な回答だ。冴木犀(ごもくせい)が唖然となる。


 「……アアン!? 嫁ダア!?」


 当然の反応だ。四界(しかい)の者と天上界の神の婚姻、もとい予定は事例がない。()してや自然が生んだ火鬼(ひおに)天上皇(てんじょうおう)創りし上位神(じょういしん)だ、驚愕しない者はいない。


 「俺は悠久(ゆうきゅう)にタリアの味方だよ。一族や四界(しかい)、天上界じゃない」


 そう(ほむら)はハッキリ断言しつつ、撒き散らす鬼火(おにび)冴木犀(ごもくせい)を囲んだ。


 「……ハッ、俺様は形勢不利な試合はしねえんだよ。実験体は所詮(しょせん)、捨て駒だ」


 冴木犀(ごもくせい)が首にかけている超音波型の犬笛を吹いた。40,000Hz(ヘルツ)の周波数は狼族(ろうぞく)の耳にしか聞こえない。


 「――逃がさない」


 タリアが残像になる。一弾指(いちだんし)左薙(ひだりなぎ)に斬り込んだ。


 「――っとヤるねえ!」


 雪上で宙返りし避けた冴木犀(ごもくせい)の身体能力は高い。


 「火弾(ひだん)壊拳(かいげん)


 タリアに加勢する(ほむら)が火の銃弾を浴びせた。身を低く疾走(しっそう)する冴木犀(ごもくせい)が、ザッと鬼火(おにび)で湿った雪を削って止まる。片腕を上げ、狂気的な笑みを浮かべた。


 ――しんと静寂になる一秒が不吉だ。


 「氷柱(ひょうちゅう)刺降(せきごう)!!」


 冴木犀(ごもくせい)が片腕を下げた途端、太く尖る棒状に形成された無数の氷柱(つらら)が降ってくる。


 タリアと(ほむら)はそれぞれ(かわ)していた。ズボッと氷柱(つらら)深雪(しんせつ)に突き刺さっていく。当たっても(かす)っても痛手は免れない。


 「……くっ!」


 「タリア……ッ、夜叉大師(やしゃたいし)!」


 (ほむら)鬼力(きりょく)で作った炎の化身(けしん)夜叉大師(やしゃたいし)を呼んだ。出現する夜叉大師(やしゃたいし)はすでに炎の大鎌(おおがま)を右手に持っていた。氷柱(つらら)を薙ぎ払い、タリアと(ほむら)輔翼(ほよく)する。夜叉大師(やしゃたいし)の実体のない炎の体は氷柱(つらら)を平然と受け流していた。


 夜叉大師(やしゃたいし)のお陰で一瞬、冴木犀(ごもくせい)の体勢が崩れる。一筋の灯火(ともしび)だ、タリアは冴木犀(ごもくせい)の隙を見逃さない。


 氷柱(つらら)のない道筋で一気に冴木犀(ごもくせい)との間合いを詰めた。タリアは左切上(ひだりきりあげ)冴木犀(ごもくせい)の胴部を斜め上に斬り裂き、毛皮のファーコートごと左腕を切断する。


 「――聖裁(せいさい)許光(きょこう)


 鮮血が(ほとばし)り白い背景を彩った。


 「――ク、ソがアア!!」


 行き場のない左腕は投げ出され、ぼとり雪に埋もれる。上唇(じょうしん)(めく)犬牙(けんが)を剥き出しに吠えた冴木犀(ごもくせい)は、無くなっている箇所を一瞥(いちべつ)した。直後、バキバキバキ、と氷が走る音と共に透き通った左腕が復活する。


 透明で美しい、氷塊(ひょうかい)の武器だ。


 「俺様の狼力(ろうりょく)をナメんじゃねえッ!! 上位神(じょういしん)の嬢ちゃんよお!!」


 「―――ッ!!」


 冴木犀(ごもくせい)が真っ直ぐ伸ばす手刀(しゅとう)は固い。中段の構えで防御に構えたタリアの剣身(けんしん)が、凍結している冴木犀(ごもくせい)の氷の左腕を滑った。


 冴木犀(ごもくせい)の左腕がそのまま、タリアの胸部を穿通(せんつう)する。


 「……ッ、ゴホ……!」


 「あいこだ、貰うぜ!!」


 冴木犀(ごもくせい)がタリアの心臓を(むし)り取った。


 「……ッカハ!!」


 蹌踉(よろ)めくタリア、神力(しんりき)(みなもと)を奪われ、倒れてしまう。


 「へえ、これが上位神(じょういしん)の心臓かいいねえ」


 淡い光を放つ艶々(つやつや)しい心臓だ。仄かに甘い果実の香りを漂わせていた。鼻腔(びくう)を擽る濃厚な匂いに魅了された冴木犀(ごもくせい)(よだれ)を垂らしている。誘惑に乗らない四界(しかい)の者はいない。


 冴木犀(ごもくせい)がタリアの心臓に(かぶ)り付く寸前、(ほむら)の右足が冴木犀(ごもくせい)の腹部に直撃した。


 「――アンタにタリアの心臓はあげない」


 怒りが籠る容赦のない一撃だ。


 「――ガハッ!!」


 蹴り飛ばされた冴木犀(ごもくせい)は、体がくの字の状態になる。数百メートル先の木々を背中で粉砕しながら、最後、一本の木にぶつかり停止した。撓雪(しおりゆき)がファサッと落ち、綿帽子雪(わたぼうしゆき)雪持(ゆきもち)も連鎖で舞い、辺りが(かす)んだ。


 意に介さず、(ほむら)は攻撃を畳み掛ける。


 「――衝天(しょうてん)万炎(ばんえん)


 冴木犀(ごもくせい)がいるであろう方角を、広範囲に焼き打ちした。闇夜で山林が赤黒く炎上している。火の粉が煌いた、恐ろしい場景(じょうけい)だ。


 だが矢庭(やにわ)に炎は消火される。赤色が一転、無色になった。


 「――全凍(ぜんとう)世氷(せいひょう)!!」


 森林がすべて氷結される。まるで氷の世界だ。


 「……チッ、逃げたか」


 タイミングを見計らい、冴木犀(ごもくせい)は撤退していた。無理に交戦しない、狼一族らしい(いさぎよ)さだ。


 (ほむら)冴木犀(ごもくせい)を追いかけない。(ほむら)にとっての優先順位はタリアだ。(ほむら)はタリアの傍で(ひざまず)き、血塗れの上半身をゆっくり自分の膝に(もた)れかけさせる。


 「タリア、タリア、大丈夫?」


 「……ああ、生きてる平気だ」


 上位神(じょういしん)は、心臓を()ぐり、二翼を()ぎ取り、肉体を千々(ちぢ)裂断(れつだん)させ、燃やさない限り、魂は消滅しない。


 「心臓、奪回したよ」


 「……ハハ、ありがとう」

 

 (ほむら)の右手の平にタリアの心臓があった。冴木犀(ごもくせい)の口に触れる間際、奪還していたのだ。傷ひとつない。


 「……勿体ないし食べていい?」


 タリアの心臓は自ずと体内で再生する。摘出された心臓は朽ち果てる運命だ。


 (ほむら)は素直に自分の(いや)しく醜悪(しゅうあく)な一面をタリアに(さら)け出した。鬼界(きかい)最恐(さいきょう)三鬼(さんき)火鬼(ひおに)孤魅(こみ)恐純(きょうじゅん)――(ほむら)の好物をタリアも知っている。そしてタリアと出逢って以降、(ほむら)は人間の五臓(ごぞう)を食していない。それも既知の事実だ。


 理非曲直(りひきょくちょく)火鬼(ひおに)の性分を時に(いまし)め、(さと)し、導き、慈悲を(ほどこ)すことは、タリアの使命であり意志であり愛だ。今回は(ほむら)に助けられた、望んだ褒美はタリアも与えたい。


 「……不味(まず)かったらすまない」


 タリアが許可する。(ほむら)が一言「ありがとう」と呟き、一口、頬張った。


 「……っ、美味しい。桜の味がする」


 「……桜の味か」


 タリアは誰かに、自分の心臓の食味(しょくみ)の感想を貰ったのは無論、初めてだ。


 「タリア、眠い?」


 「……うん。ちょっとだけね」


 神力(しんりき)が乏しい体は玉響(たまゆら)の休息を求めている。神々のための万能薬、どんな傷をも治す滴下生(てきかせい)を一粒所持してはいるが、ハオティエンとウォンヌの安否が気掛かりだ。タリアは彼らの無事を目視するまで滴下生(てきかせい)の飲用を留保した。


 「……ん、待って。俺が運ぶよ」


 (ほむら)が喉を嚥下(えんげ)させる、食事が終わった。行儀悪く指を綺麗に舐め、新雪(しんせつ)で手を洗い、タリアを横抱きに抱える。


 「……ありがとう、ハオティエンとウォンヌはあっちかな」


 「え、帰らないの?」


 「……(ほむら)、二人を置いては帰れないよ」


 「……チッ」


 露骨な舌鼓(したづつみ)だ。タリアは二人を毛嫌う(ほむら)の態度に溜息を零し、ハオティエンとウォンヌの身を心配をしたのだった。

 


おはようございます。白師です。

最後まで読んで頂きありがとうございます(*´Д`)


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