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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
第三幕~.。.:*✽桜紅の契り✽*:.。.~
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第五集:樹氷村

 

 下界(げかい)鬼界(きかい)狭間(はざま)を通過し、タリアと(ほむら)武官(ぶかん)二名は、下界の最北にある樹氷村(じゅひょうむら )に到着した。真っ白な銀世界が広がっている。


 「……何もないな」


 「……まあ、廃村だしな」


 ウォンヌとハオティエンが所感を低語(ていご)した。


 樹氷村(じゅひょうむら)は数十年前に廃村となっている。五十世帯あった形跡はあるが、家屋の殆どが積雪(せきせつ)荷重(かじゅう)で潰れていた。骨組みの床、壁はない、木の柱で現存している状態だ。


 人間が去っても尚、朽ち果てず、生活の残滓(ざんし)を漂わせている。


 驟雪(しゅうせつ)蕭蕭(しょうしょう)と降り止まない中、タリア達は樹氷村(じゅひょうむら)と書かれた木製矢印標識を横目で目視しながら奥に進んだ。人間のいない土地で、ほんのり淡い火が玲瓏(れいろう)に灯っていた。


 「――タリア様」


 「ああ」


 ハオティエンの合図で全員が制止する。(ほむら)須臾(しゅゆ)夜叉大師(やしゃたいし)下火(したび)させ退出させた。ふわり火花が弾け煌きが散らばる。


 四人は雪の花が美しい一本の冬木立(ふゆこだち)の下に身を屈め、監視した。


 「……誰か居留(きょりゅう)しているのか?」


 村の先は広大に開けていた。人がふたり通れる幅の幻想的な雪灯籠(ゆきどうろう)が、中央に二列、並んでいる。雪灯籠(ゆきどうろう)は、高さ30㎝弱に雪を固めた丸く素朴な灯籠(とうろう)の形だ。白い雪と灯篭の橙色(だいだいいろ)が織りなす、(おぼろ)な空間は神秘的で神々しい。


 雪灯籠(ゆきどうろう)の左右は、雪洞(せつどう)が幾つもあった。通称、かまくらだ。大中小、合わせて十二()ある。


 「……っ、誰か来ます!」


 ハオティエンが指差す方角に、シルバーフォックスの毛皮を(まと)う、青い短髪の男がひとり、仏頂面で歩いていた。人間の死体を背負う人物は人間、ではない。


 「……狼の尻尾、狼族(ろうぞく)か」


 狼界(ろうかい)に住まう狼族(ろうぞく)だ。狼族(ろうぞく)は冷静沈着な者が多い。厳しい序列を(ともな)った、利害を共にする形式ばった共同社会を築き、生活している。情に厚く感情豊か、けれど他界(たかい)に対しては別だ。狂暴で残虐(ざんぎゃく)、善悪に見境がない、残忍酷薄(ざんにんこくはく)な一面があった。


 ――狼族(ろうぞく)四界(しかい)で最も粗野(そや)な性質を持つ、獣だ。


 刹那(せつな)、タリア達が動向を窺う男狼(おろう)が、大きい雪洞(せつどう)の前で静止する。首筋を伸ばし、鼻翼(びよく)を開閉させ、空中をくんくん嗅ぎ始めた。嫌な予感がする。


 「……んあ? 何か……、(くせ)ぇな……」


 狼族(ろうぞく)の嗅覚は他族(たぞく)の一億倍だ。僅かな汗の酢酸(さくさん)や、脂肪酸の一種の吉草酸(きっそうさん)を感知し、複数の臭いを識別する能力に()けていた。


 男狼(おろう)は同族にない、異臭の出所を探っている。


 「…………っ!」


 タリア達はうつ伏せになった。体が半分、深雪(しんせつ)に埋もれている。白雪(しらゆき)で咲く、桜色の髪の花が、純白の雪に映えていた。


 「――曲者(クセモノ)だ!!」


 男狼(おろう)が叫んだ。一斉に狼族(ろうぞく)が現れる。


 「誰だっ、異界(いかい)の奴らか!?」


 「東にいるぞ!!」


 狼族(ろうぞく)がタリア達の姿を(とら)えた。


 狼族(ろうぞく)(みな)、野生の狼に変容(へんよう)する。毛並みは焦香(こがれこう)や、瑠璃(るり)、銀色だ。体高(たいこう)は90㎝前後、長毛(ちょうもう)に覆われた尻尾、三角耳で鼻先は厚みがあって長く、目縁(まぶち)は黒い。白い睛眸(せいぼう)の真ん中に黄色い瞳孔(どうこう)(くび)れのない首に細長く湾曲した脚、どっしり重量感がある太い体だ。


 「ワヲオオオオン!!」


 狼達が遠吠えした。即座にタリアが起き上がり下知(げじ)する。


 「ハオティエンとウォンヌは生きた人間がいないか捜索を、私と(ほむら)が彼らを引き受ける!! 狼族(ろうぞく)の捕縛と征伐(せいばつ)は自己判断だ、危険なときは躊躇(ためら)わず退避しなさい!! 命令だ、いいね!?」


 「拝命(はいめい)(つかまつ)りました!!」


 「御下命(ごかめい)(はい)しました!!」



 ハオティエンとウォンヌは(うべな)い、タリア達は走り出した。ハオティエンとウォンヌは雪洞(せつどう)がある右に、タリアと実体に戻った(ほむら)は障害物のない左に分散する。狼達も四散し、左右の両足で前後交互に地面を蹴り、全速力で追いかけてきた。侵入者を猛追する速さは時速七十キロだ、加え、雪上に慣れた狼族(ろうぞく)が有利である。


 「……くっ!」


 タリア達は、一気に追い付かれた。タリアが戦闘態勢に構えるが(ほむら)が許さない。


 「――衝天(しょうてん)万炎(ばんえん)


 タリアを抱き寄せた(ほむら)外套(がいとう)(すそ)(ひるがえ)し、炎が天を衝く勢いで一帯を焼き払う。タリアの虹彩(こうさい)で輝く紅い炎、狼達がキャインッ、と轟かせた悲鳴は甲高い。


 (ほむら)は炎に怯んだ狼達の後方にいる一匹の狼に狙いを定めた。


 「火槍(ひそう)一突(いっとつ)


 火の槍が凄まじい速度でドスッと標的に命中する。


 「――キャンッ、……ッ、キャインッ……!!」

 

 不意を突かれた狼は喉を貫かれ、焼かれる痛みで藻掻き苦しみ、息絶えた。


 「……ッ、……ッ!!」

 

 後退る生き残った三匹の狼達はおろおろ彷徨い、撤退する。群れを成した狼族(ろうぞく)は、数の暴力で敵と戦う一族だ。一対一や少数で不利な対戦は望まない。


 基本的に獲物を狩ったり闘ったりする狼は下位(かい)で、上位の統帥者(とうすいしゃ)、戦闘に加わっていない狼を仕留めてしまえば、群れは統率力(とうそつりょく)を失い戦闘不能になる。(ほむら)はそれを見極め、優先的に一匹を殺した。


 一先ずの危機を脱し、タリアが(ほむら)に礼を述べる。


 「……ありがとう(ほむら)、助かった。ハオティエンとウォンヌは――」


 しかし――、状況は目紛るしく変転(へんてん)した。


 「――崩雪白死(ほうせつはくし)


 ハオティエンとウォンヌを心配するタリアが辺りを見渡した直後、第三者の地を這う声が響き、自然現象でない雪崩が唐突に発生する。波打つ雪塊(せっかい)がタリア達を襲った。避け切れない。


 「炎海大火(えんかいたいか)


 (ほむら)が繰り出す灼熱の炎の津波が雪崩を飲み込んだ。一瞬で雪が蒸発する。


 「……ッ、花過(かか)天咲(てんしょう)!」


 タリアが花々の竜巻で水蒸気を吹き飛ばした。彩り豊富な花びらが上空で白い六花(りっか)と乱舞する。渦状の風が飛揚(ひよう)し、視界が鮮明になった。


 タリアと(ほむら)以外に、もうひとり、誰かいる。


 「――へえ、やるじゃん」


 がに股の仁王立ち姿勢で片方の眉山を吊り上げた男は、高級感あるホワイトミンクの毛皮ロングコートに、ホワイトのウルフファー尻尾付きハットを被っていた。前開(まえあ)きファスナーは閉めてある、白いブーツはファーコートが重なっていて見えない。


 「……タリアは本当に運がない。コイツは冴木犀(ごもくせい)雹狼(ひょうろう)だ」


 (ほむら)が男の正体を告げ、タリアを自分の背に庇い、両腕を組んだ。紹介された冴木犀(ごもくせい)がカハッと一笑いする。狼の牙をちらりと覗かせた。


 ――自然が生んだ渾沌(こんとん)雹狼(ひょうろう)(ひょう)から生まれる狼だ。雹狼(ひょうろう)は神に等しい狼神(ろうじん)火鬼(ひおに)雷狐(らいこ)緑鹿(りょくじか)同様、天上界の天敵と言うべき存在にあたる。

 

 そして冴木犀(ごもくせい)狼界(ろうかい)厄害(やくがい)、天地に名を馳せる三厄狼(みやくろう)のひとりだ。


 「ハハッ、よう孤魅恐純(こみきょうじゅん)。数百年ぶりの再会で随分なご挨拶だな? 人ん()の縄張りを土足で踏み荒らしやがって」


 冴木犀(ごもくせい)の瞳は金色で刃の如く鋭い。二重瞼(ふたえまぶた)の彫の深い顔立ちで高い鼻筋、小さい小鼻、金色の分厚い上下の睫毛に手入れされた眉毛、引き締まる唇は聡明な印象を与えた。前髪と後ろ髪は同じ長さの金長髪で、ウェーブロングヘアの髪型だ。

 耳先が尖った狼耳(ろうみみ)が頭部に生えており、尻尾は五本、(いず)れも毛色は金になる。身長は201㎝あった。


 推定880歳、狼界(ろうかい)を束ねる重鎮(じゅうちん)だ。


 「アンタん()じゃない、ここは下界だ」


 「アアン? ガタガタ言い訳すんじゃねえ。つかテメエ孤魅恐純(こみきょうじゅん)、俺様の敷地に何で天上(てんじょう)(くせ)ぇ神を連れて来やがった」


 冴木犀(ごもくせい)の視線が(ほむら)の後ろ、タリアに移る。殺気を籠めた両眼は刺刺(とげとげ)しい。


 「とある人間が、私の眼前で凍り、砕け、死んだ。キミに心当たりはあるか?」


 タリアは(ほむら)の横に立ち、毅然(きぜん)たる態度で質問した。崇高な香りを放つタリアに「ああ、お前」と冴木犀(ごもくせい)が眉を(しか)める。


 「悪のない体臭、上位神(じょういしん)か……。いいぜ直球は好きだ、教えてやる。そりゃ不良品だな」


 「……不良品?」


 「ああ。上位神(じょういしん)の姉ちゃん、ここはまあ()わば臨床(りんしょう)試験の施設だ。いま開発段階にある雪花(ゆきはな)の薬は、人間を瞬く間に瞬間冷凍できる。まあたまに冷凍が甘かったヤツが逃亡するが、雪花(ゆきはな)の薬の効果で死は免れねえ。数時間で――、オジャンだ」


 身振り手振りで説明した冴木犀(ごもくせい)は更に言葉を紡いだ。


 「俺様はなあ、上位神(じょういしん)の嬢ちゃん、失敗を恐れねえ。これは意義ある挑戦だ。瞬間冷凍は鮮度や旨味を保つ、人間の臓器は新鮮がいい、成功すりゃいい商売になると思わねえか?」


 (ねじ)じれて歪んだ性格に情けは微塵とない。ニタリ、冴木犀(ごもくせい)は肌が泡立つ不気味な笑みを浮かべたのだった。


おはようございます。白師です。

最後まで読んで頂きありがとうございます(*´Д`)


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また次回もよろしくお願いします<(_ _)>

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