第六集:二丁水銃 対 軍刀
「ぃやだ、いやだ、ぐ、……ァア、ギ、やめてくれえええ!」
植物や生物の多様性が失われた荒廃した里山に、けたたましい悲鳴が星降る夜空を突き破った。生い茂る草にごろり、千切られた首が転がる。
「――人間は脆い」
袖が広い紺色の道士袍服に脚衣、手袋、脚絆を巻き、フェルト製の黒靴を履いた黒狐――ウタロウは、血潮に染まる首のない体を草むらに放り投げた。
月明りが照らすウタロウの尻尾は四本ある。狐界に住む狐族の種類は六種で、尻尾が赤い赤狐、尻尾が白い白狐、尻尾が黒い黒狐、交配種の野狐、低俗の無狐だ。
赤狐は尻尾が一本、白狐は尻尾が一本から四本、黒狐の尻尾は三本から五本、野狐なら一本から五本、獣形無狐は一本、自分が生まれ持つ本来の力次第で尻尾の数は異なる。彼らの色と尻尾は、戦闘力の高さが窺える一種のバロメーターでもあった。
黒髪短髪ソフトモヒカンのウタロウは黒い狐耳をピクピクさせ、目尻を黒く塗り潰す一重瞼を瞬かせる。切れ長の目は冷めており、引っ掻く鼻頭の鼻は高い。究極のあっさりした酢顔で、踏み付けている人間を見下ろした。足底に体重を乗せる。
「ぐ、えっ……ゴホッ、だずげで!! だずげでぐでー!! ダデガッ、だずげで……ッ」
ウタロウが攫った村人は二人、うち一人は生きていた。泥塗れの甚平を着る村人は24歳の青年だ、うつ伏せの状態で腰を踏まれている。両手で人間を真っ二つにした残虐な光景を目の当たりにし、恐怖で失禁、体は歯の根が合わない。
「電蔵主庵様は『持って行け』と仰った。俺は持って行く、お前ら二人を、電蔵主庵様がご帰館なされる狐界に。必要な部分だけ……、恨め弱い自分を」
「――ああ、恨めよ弱い自分を」
気配を殺し突としてハオティエンが現れた。ハオティエンはウタロウの横っ腹に強烈な一撃、骨に減り込む勢いで後ろ回し蹴りし、190㎝ある巨躯を吹き飛ばした。
ズレた黒軍帽を被り直し、開口一番、村人に謝る。
「すまん、遅くなった」
「……ヴッ、ヴゥ……ッ!!」
ハオティエンの真っ直ぐで真面目な表情は、村人にただならぬ存在感を与えた。脈打つ心臓が生きている実感を与え、村人は大粒の涙を流し懸命に首肯する。
「弔いは後だ。仇は任せろ」
抜刀したハオティエンは片膝を折り、下半身の重心をやや前斜めに一呼吸、瞬発力で一気に、起き上がるウタロウに斬り込んだ。
「――っふ」
ウタロウはハオティエンの左切り上げを後方宙返りで躱した。即座に二丁拳銃で反撃してくる。
「――ッ、水銃か」
弾けた三発の水滴、斬った銃弾は水だった。狐族の力の源、狐力で作られている。さすがは尻尾四本の黒狐、銃弾と射撃、両方の精密がいい。
「神官、俺は急いでいる。電蔵主庵様を待たせられない」
「電蔵主庵だと!?」
狐界の三毒狐、電蔵主庵の名を出され、ハオティエンが隙を見せた。機を逸する敵はいない。
ウタロウは利き手で使用する左銃の上に反対側の銃を90度横向け、L字サイティングで水力を二倍に連射する。
「あっちにいる神官は今頃、どうなってるか」
「――チッ」
ハオティエンは袈裟を斬り下ろし間、髪を容れず逆袈裟を跳ね上げ、水弾を一刀した。同時に雷鳴が轟き雷が落ちる。タリアがいる里村の方角だ。
地響きで一斉に野鳥が羽ばたいた。
「電蔵主庵様!!」
電蔵主庵の能力に喜色満面のウタロウだったが、天に昇る神々しい天上界の火の鳥に息を呑んだ。
「……ッ」
「(タリア様の不死鳥!!)」
タリアの聖獣が放たれ、上位神と雷狐の激しい攻防を悟った。されど、天上皇創りし上位神タリアを滅ぼすなど容易くはない。
「目障りな神官め……、お前達全員――蜂の巣にしてくれる」
ウタロウがハオティエンに弾雨を注いだ。ハオティエンは両手の平にエネルギーを集中させ、涙滴形の光の壁を盾に神力で防いだ。
「無駄だ」
「……っ」
曲がる弾道がハオティエンの太腿や肩を貫通した。防戦一方のハオティエンを助けるべく、ガタガタ膝を振るわせながら立ち上がったのは村人の青年だ。
「ん、――の野郎! クソッ、……クソッ!! 俺はっ、ハアハア……死なねえ! お前なんかに……! ウッ……クソ、殺されてたまるか!!」
振り絞る勇気でゴツゴツした不揃いな石を投げ始めた。人間の彼がいまできる精一杯の反撃である。一心不乱に生に縋る姿は無様で愚かしく、実に人間味に溢れていて格好が良い。
「下等生物が」
「ヒィ……ッ」
ウタロウの視線が村人に外れ、お陰でハオティエンに突破口が開いた。たかが黒狐一匹に負けては、武官の名が廃る。
ハオティエンは脇構え唱えた。
「守地天無栄――誠尽す武人なれ」
栄誉を求めず天は地を守る。踏み出した一歩の軽功で数メートル先のウタロウと間合いを詰めるや否や、切っ先を走らせ、乱射する腕ごと体を左薙ぎにし、刀を引いて心臓を刺突、腋窩を深く抉った。
「ゴフッ……」
ウタロウは吐血し息絶える。ハオティエンは血振りした刀を鞘に収め、踵を返す。
村人は気力、体力、精神力、魂を削られ、腰を抜かしていた。息をつかえさせ、濁る声音で確認してくる。
「ハッ、ハッ……、死んだん、だよなアイツ……」
「ああ。穏便に取り計らう」
人間の心身に害を及ぼす四界の死体は、界事を担う五事官と罪や穢れを祓う許万官が対応する決まりだ。解剖好きな医研官も降りてくるに違いない。
「お、わった、のか……」
「ああ。明日はきっと晴れる」
「そ、か……そ、うか……。ウ、ウゥ……ありがとう、ありがどな……、殺されちまった奴らも泛ばれる……」
「ああ……」
人間の謝意は武官の誇りだ。ハオティエンは救えなかったひとりの男を一瞥し、人間の儚い命の尊さを脳裏に焼き付け、相槌を打った。
「お前は、ハァハァ……、俺の……、命の恩人、だ」
青年は地べたを這い、ハオティエンの短袴を掴んだ。自分が着る甚平の裾を躊躇わず破り、出血箇所の上、心臓に近いところに布を巻き付け、血流を一時的に止血する。
備えあれば患いなし、人間の生きる知恵だ。
「痛てぇだろぉ、我慢しろ、よ! こっちも酷でぇ……、ハァハァ……、っと無茶しやがる……ッ! ぁ、んな化物、に! お前、本当に、ハァ……付き人かよ!」
黒軍服は所々、朱殷に滲んでいた。人知を超えた戦いに勝した人間に青年は懐疑を抱く。
「(……付き人?)」
ハオティエンは付き人の単語に疑問符を浮かべ、先刻の、タリアと村人の会話を思い出した。
『皆さん落ち着いて、私は通りすがりの――旅人だ』
『そっちの二人もお前の仲間か!?』
『ええっと二人は……、そう! 私の付き人です』
ハオティエンとウォンヌは旅人タリアの付き人だ。タリアの設定に乗ってハオティエンは顎を摩りつつ、しどろもどろに答える。
「タリア様は……かみ――じゃない。法力に長けておられる。道士界で有名な方だ。付き人の俺も……えぇ、と、修行の身で旅に同行させて頂いている」
法力に道士、修行の旅、設定の追加は致し方がない。
「……道士……、様……!? あぁ、あ、申し訳ねえ申し訳ねえ……!」
青年は三跪九叩頭の礼を、動けない体満身で表現した。ハオティエンは発言の訂正ができず狼狽する。
「あ、いや――」
「神は、俺ら村人を見捨てちゃいなかった……! ありがと、ぅ……ございます!! ありが、どうございます……ッ」
「……はあ、参ったな。兎に角、タリア様と合流しなければ……。五事官、五事官、誰かいないか。こちら下界にいる武官ハオティエン――」
ウォンヌの生死は度外視だ。ハオティエンは逸る気持ちを抑え、神力で天上界に通信を試みたのだった。
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