第三集:火鬼と五事官
鬼界の東、東月湖にて、奇奇怪怪な案件が発生する。
――人間の男が突然、凍結し雪の結晶となって砕けた。
上位神タリアは男神だ。神々は天上皇が愛する人間の命を摘み取った罪人に制裁を科す務めがある。
「――ベンヌ」
タリアは金色と赤で彩られた羽毛を持つ天上界の火の鳥、不死鳥、ベンヌを解き放った。下界の通り名は鳳凰で、体高は凡そ二メートル、体重は二百キログラム前後ある。小雨覆、中雨覆、大雨覆、小翼羽はやや濃く、初列雨覆、初列風切、次列風切、三列風切はやや薄い、羽根の濃淡法は神秘的で美しい。
ベンヌの先天的な性質は人懐っこく基本の気質は穏やかだ。因みに性別はない。輪っかになった数メートルある尾をゆらゆら揺らしていた。
焔は臆せずベンヌに近付き嘴を撫でる。
「タリアの友達か」
「ああ、ウリに言伝を届けてもらう」
五事官の長ウリは中級三神の神官、界事を司る男神だ。
鬼界、狐界、狼界、鹿界、下界、五界の界事を担い、神々は五界で生じた猟奇事件や怪奇事件に遭遇、又は累が及んだ場合、何らかの方法で彼に報告、救助要請を行う義務付けがされてあった。
タリアはベンヌの脚に手紙を括りつける。
「……じゃあベンヌ、よろしくね」
「フィ――、ヒョロロロロロォオ」
聖なる鳥ベンヌが天に昇った。金や赤の煌きが夜空に陽性残像を滲ませている。ベンヌは神鳥だ。清らかな鱗粉が邪を祓い、空気が浄化された。
「さて、行こうか」
歩き出すタリアを一旦、焔が制止させる。
「タリア、俺が先頭だよ」
「……ありがとう」
人間の男が飛び出して来た苔が生い茂る森に道はない。焔が先導してくれた。
鬱蒼と繁茂する枝葉、鬼界に到着した際、高貴に香る春を体感させてくれた芍薬の花畑はない。剥き出しの根は立派だ、地球の息吹きが窺える。
「コホッ、……」
タリアは天上界では味わえない、緑の匂いに噎せ返った。濃厚なフィトンチッド、樹木が発散する化学物質は、決して臭くはない。
「タリア、大丈夫?」
「ああ、すまない。大丈夫だよ」
静寂な空間に二人の会話が一言一句、鮮明に響き渡る。森閑を恐れない焔とタリアは休憩せず、落ち葉が積った土を踏み、月光浴びる木々を潜っていった。
男の痕跡は辿り易い。乱暴に折られてある枝、人間に限った足跡が目印だ。
「――あ、タリア結界がある」
暫くして焔が立ち止った。二つの木に札が貼られてある。茶色く色褪せた札は所々、破けている、かなり古い。胡坐を掻いた鬼が描かれてある。
タリアはジッと古札を観察した。
「……鬼札か?」
迷誘の鬼札に似てなくもない。タリアの零す独言に、覗き込んだ焔が答える。
「ん? ああ、鬼札だ。数世紀前のかな、いまの鬼札じゃないね」
鬼界の鬼族、焔の情報は有難い。迷誘の札――邪札は、四界と下界を接合する札で、四界同士を繋ぐ禁界道とは別だ。
「つまり男が逃げて来た北のじゅひょう村は下界か……、狼界じゃない」
タリアはひとつの結論を導出した。死んだ男に必ず狼族は関わっている。下界の北で何か、誰かが、惹起しているのかもしれない。
タリアが黙考していた矢先、ジジジジと奇妙な機械音が鳴り始める。一部の風景が振動し磁界が安定した数秒後、ホログラム化する、ひとりの男神が実寸大で出現した。
――五事官の長、ウリだ。
立体映像は彼の能力、届伝力である。
届伝力は五界で任務に従事する神々と通信が可能だ。タリアも常日頃、ウリの能力にお世話になっていた。
ウリは亜麻色のロング丈、長袍を着ている。五事官の服装規定だ。両サイドに入ったスリッド、ロング丈で幅の柔らかい袖口、立ち襟は白襟との二重襟で、袖は折り返しカフス白袖になっている。三つ葉のチャイナボタンは金色だ。褌衣は白、花柄が刺繍された布製の靴はつま先に丸みがある。
背丈は178㎝、容貌は可愛い。
髪型は前髪を眉の上で切り揃え、後ろは首の辺りで揃えていた。要は金髪のおかっぱ頭だ。虹彩、睫毛も金色で、二重瞼は彫が深い。目元に沈殿した隈が印象的だ。
両耳に横五センチ、縦ニ十センチの神札のピアスをぶら下げている。天上界の風で若干、左右に踊っていた。
ウリが無言で拱手する。
「…………」
天上皇に一番近しい神聖な上位神に、下神は直接の接触及び対話は許されない。許可が必要だった。
天上界の掟をしっかり守るウリにタリアは微笑んだ。
「いいよウリ、容認する」
「こんばんはタリア殿、ベンヌ殿の言伝、拝読しました。……小無沙汰しております、アナタもいたんですね」
ウリはタリアに首を垂れた。そしてタリアの横で双眼に殺気を宿す人物、焔に目線をずらし、冷ややかな挨拶をする。
「ハッ、二乗って老視なの? 気の毒に」
ウリの強調した箇所を、見下す焔が鼻で笑った。二人は仲が悪い。
「やめなさい二人共。焔、彼は二乗じゃないウリだ」
「二乗で充分だ」
タリアが訂正するが焔は呼称を改めない。
「はあ……、すまないウリ」
代理で謝ったタリアにウリが片手を上げる。
「いえタリア殿、お気になさらず。僕こそ申し訳ございません」
ウリはタリアを気遣った後、簡潔に謝罪し、言葉を継いだ。
「北の樹氷村、調べました」
――早速、本題に入った。
五事官は忙しい。タリアも成る丈、急いで用件を済ませる。
「ありがとう。私もいま四界じゃなく、下界の北にあるとわかったんだ。どんな村だった?」
「下界で最も寒い、永久凍土の雪国、ヴェノヴァ、人口は約30万となっています。樹氷村はヴェノヴァの北、最奥にありました。一月の最低気温は、えー……ああ、マイナス60℃となっています」
「……マイナス60℃」
想像ですでに身が凍った。背筋が震える。タリアは数千年の人生で氷点下を体験した試しがない。
「…………」
詳説の途中でウリが眉間に皺を刻み、口を噤んだ。
「……ん? どうしたんだウリ? ウリ?」
促すタリアにウリは一呼吸置き、目頭を押さえつつ告げる。声音は凛としていた。
「――、樹氷村は現在、廃村です。数十年、誰も住んでおりません」
「……誰も?」
聞き直すタリアにウリはきっぱり断言する。
「はい、誰も」
金色の瞳は一切、ぶれない。ウリは信頼するに足る五事官だ。タリアも疑ってはいない。
人間の男は確かに最期、「北の、じゅひょ、う村」と言った。耳にまだ彼の声が残っている。けれどウリの調査では、樹氷村は存在しない。
やはり状況の確認に向かうしかない。
「ありがとうウリ、私は焔と樹氷村に赴くよ」
「はい。承知しております。タリア殿の言伝に狼族、と書かれてありましたので、そちらに武官を送っております」
ウリはタリアの行動を見越し、応援を手配していた。流石は五事官を束ねる長、臨機応変な対応力だ。
「……武官? いらない、タリアと二人がいい」
しかし案の定、焔が怪訝な顔で拒否する。焔は武官が大嫌いだった。
「鬼族のアナタの命令に僕が従う意義はありません」
「……チッ」
露骨な焔の舌打ちにウリの蟀谷に怒筋が浮かんだ。
「……タリア殿、孤魅恐純は無作法です。気高い上位神のアナタに相応しいと思えません。婚約の破棄はなさらないんですか?」
ウリが焔の地雷に爆弾を投げつける。解消、破棄、は焔に使用してはいけない禁句用語だ。タリアが焦って焔の胸元にしがみ付いた。
「ちょ、ウリ!! だめだ焔、落ち着いて!!」
「……殺す」
焔が灼熱の火の玉をウリに投擲する。無論、立体映像のウリに攻撃は命中しない。
「ああっ、やめて焔!!」
煌々と一帯が炎上した。焔は怒りのまま第二発を繰り出し、周囲が燃え盛る。五分後に鎮火したものの、周辺は焼け野原と化していたのだった。
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