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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
第三幕~.。.:*✽桜紅の契り✽*:.。.~
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第二集:東月湖


 (いぬ)(こく)初刻(しょこく)、タリアと(ほむら)藁葺屋根(わらぶきやね)の家の玄関前にいた。


 タリアが手頃な木の棒で地面に円形を描き、(ふち)に添って天上界(てんじょうかい)の文様や神聖文字(しんせいもじ)天名地鎮(あないち)を手際よく(つづ)り構成する図は、境界円(けいかいえん)だ。別名――界道(かいどう)は、鬼界(きかい)狐界(こかい)狼界(ろうかい)鹿界(しかかい)下界(げかい)五界(ごかい)すべてをいとも容易く行き来できる。書かれた図形の境界円(けいかいえん)は神々の神力(しんりき)に反応し効果を発揮する、五界(ごかい)の者は扱えない。


 「――よし、完成した」


 雪が降っておらず積雪していない時間帯で助かった。流石(さすが)に雪の上に境界円(けいかいえん)は描き(にく)い。タリアが木の棒を置き、(ほむら)と二人、境界円(けいかいえん)に入る。


 「じゃあ、行くよ」


 「うん」


 「――(われ)百罪百許(はくずいはくきょ)を授ずけられし神、地上に並ぶものなし」


 タリアが夜の静寂で唱えた。二人は目映い光の粒に包まれ、一瞬にして目的地に到着する。(ほむら)夕餉(ゆうげ)後に「ちょっと俺に付き合って」と誘ってきた、鬼界(きかい)だ。


 鬼界(きかい)の気温は平均24~30℃と暖かい。

 活動活発な火山や休火山が大小数多(あまた)にある。アルケー火山は地上で最も大きい。タリアが(ほむら)鬼界(きかい)を訪れたのは、今回で三回目だった。


 二人は手袋や外套(がいとう)を脱ぎ、能力で収める。


 「…………」


 (ほむら)に指示され鬼界(きかい)の東に移動したはいいが、辺りは暗い。きょろきょろ回りを見渡すタリアの右手を(ほむら)が掴んだ。


 「こっちだよ」


 「あ、うん」


 (ほむら)(いざな)われ森の中を暫し歩いた。一帯は芍薬(シャクヤク)の花畑になっている。高貴な香りが周囲にふんわり漂っていた。いま下界(げかい)は冬季の真っただ中だ、芍薬(シャクヤク)の開花は五月とまだ先は遠い。タリアは鬼界(きかい)の気候で一足早い春の体感をし、下界の春容(しゅんよう)が益々、待ち遠しくなった。


 「タリア、もう着くよ」


 「わかった」


 可憐な花々が咲き誇る小径(こみち)は楽しい。タリアは足取り軽く奥に進み、(ほむら)と共に森を抜けた。風光明媚(ふうこうめいび)な煌きが出迎えてくれる。


 「――タリア、東月湖(とうげつこ)だよ」

 

 「……わあ、凄いな!!」


 東月湖(とうげつこ)の水深は平均2m、外周は15km、水域面積は6.2平方kmもある、広大な湖だ。左右の縦線に雲模様が彫られた石畳の橋があり、最奥に湖面とほぼ同じ高さの(てい)()わば水榭(すいしゃ)があった。

 開放的な作りになっている。二層になった金瓦(きんがわら)の屋根は宝形造(ほうぎょうづくり)の形状で柱は六本、周りを閉ざす壁はない。(てい)の平面は六角形だ。


 夜陰(やいん)の湖面に映る新月の輪の倒影(とうえい)が素晴らしい。


 「……綺麗だ」


 明鏡止水(めいきょうしすい)の水面を乱舞する幻想的な淡い光子(こうし)の正体は火蛍(ひぼたる)だ。鬼界(きかい)に生息する蛍で山吹色(やまぶきいろ)に発光する。熱を持たない冷火は陰の象徴と古来の人々は恐れていたが、儚さを主張した蛍の生命を燃やす神秘的な姿に人々は注目し始め、いつしか風物詩と変わっていた。


 「タリア、足下に気を付けて」


 「ああ、ありがとう」


 タリアは(ほむら)に右手を引かれる。石橋を渡り、数十メートルと近い、水榭(すいしゃ)まで案内してくれた。


 水榭(すいしゃ)の内部の頭上は青龍(せいりゅう)朱雀(すざく)白虎(びゃっこ)玄武(げんぶ)四神(しじん)彩画(さいが)で装飾されてある。入口手前の二本の柱に対聯(ついれん)対句(ついく)鬼語(きご)で記されてあった。タリアは鬼界(きかい)の言語、鬼語(きご)が読めない。


 「ねえ(ほむら)、これは何て意味だ?」


 「ああ。左の柱は白天上清(はくてんじょうせい)、右の柱は紅地下穢(こうちげわい)、だよ。天上界と鬼界(きかい)を示している、深意(しんい)はない」


 「へえ、成程……」


 ふたつの句を並べ、対称、強調させる技法は面白い。音韻と形式、華麗で凝らされた美文的(びぶんてき)な文体は鬼界(きかい)の宝である。


 「それよりタリア見て、一等星があるよ」


 刹那(せつな)(ほむら)が話を切り替え星々を指差した。


 「わあ! 光華(こうか)だ!!」


 ひと際明るく輝く三つの一等星、しし座のレグルス、おとめ座のスピカ、うしかい座のアークトゥルスを結んだ春の大三角形や、おおくま座の柄杓(ひしゃく)の形をした北斗七星、春の大曲線の星座が星列している。


 光輝燦爛(こうきさんらん)な夜空は、まるで万華鏡の世界だ。


 「俺は興味ないけど、タリアは好きだと思って、気に入った?」


 「ハハッ、キミは正直者だ。気に入った、とても感動しているよ。ありがとう(ほむら)


 五界(ごかい)の星々は二次元的、天上界は三次元的、タリアは双方の美点を再認識した。礼を告げるタリアに、(ほむら)(まぶた)を半分に下げ微笑んだ。眼差しは至極、優しい。


 「良かった。気に入ってくれて」


 (ほむら)はタリア一辺倒(いっぺんとう)の知識を蓄えている。タリアのために、タリアを喜ばせたく、今宵の散歩(デート)はここを選んだ。


 「――タリア」


 突如、閃々(せんせん)たる背景を背に(ほむら)が片膝を突き、(ひざまず)いた。手を繋ぐタリアの右手の甲にそっと口づけする。折よく一斉に火蛍(ひぼたる)がふわり舞い上がった。


 「――――ッ」


 目を見張るタリアの桜色の虹彩(こうさい)清麗(せいれい)で満ちた鮮やかな美景(びけい)が反射する。泡沫の尊い瞬間だ。


 「俺はタリアを悠久(ゆうきゅう)に愛すと誓う。タリアの魂が消滅したら俺も死ぬ、タリアがいるところに俺もいる。俺の心体、全部をタリアに奉ずる。現世、来世、死して尚、俺はタリアの傍らにいるよ」


 誓言(せいごん)した(ほむら)の表情は凛々しい。寂寞(せきばく)たる過去と決別した固い意思に迷いはない。


 タリアは(ほむら)の指先を握り返した。火鬼(ひおに)孤魅恐純(こみきょうじゅん)と出逢い、彼の篤実(とくじつ)な愛のお陰でタリアも又、神々しく(よど)んだ煢然(けいぜん)(おもり)を切り離せている。


 「ありがとう(ほむら)、私も生生世世(しょうじょうせぜ)、キミに恋情と愛情を捧げよう。さあ(ほむら)、立って」


 タリアと焔は君臣(くんしん)にない。対等な立場だ。タリアは(ほむら)を立たせた。


 「……指頭(しとう)がほんのり冷たい、タリア寒い?」


 「いや、平気だ。冷たいかな?」


 タリアは特段、体温の低下を自覚していない。(ほむら)は眉間に(しわ)を刻んでいる。


 「冷たくなってる。帰って湯浴みしよう、温まるよ」


 タリア自身も気づかない些細な変化を、(ほむら)は絶対に見逃さない。


 「……もう少しいたい。五分でいい」


 火蛍(ひぼたる)が名残惜しかった。タリアは妥協案を提示し、「お願い」と懇願(こんがん)する。意図せず上目遣いだ。


 潤んだ瞳に射抜かれた(ほむら)は、血流を駆け巡る(よこしま)な衝動を、奥歯を噛んでぐっと耐え、溜息交じりに承諾し(あご)をしゃくった。タリアの願いだ、叶えてあげたい。

 

 「……っ、はあ。あっちの椅子に座ろう、五分だよ」


 「ああ、ありがとう」


 二人は来た道を戻る。東月湖(とうげつこ)周縁部(しゅうえんぶ)に木製の長椅子があった。(ほむら)の「あっちの椅子」の位置を、タリアが視界に捉えるや否や、長椅子の後方の、夜色に染まった木立(こだち)がガサガサ揺れる。直後、ひとりの若い男性が飛び出してきた。


 「――ダッ、ダズゲ……デ!!」


 肌襦袢はだじゅばんを着る男の頭部に、鬼の角がない。彼は正真正銘、下界(げかい)の人間だ。


 ハッとしたタリアが男に走り寄る。


 「――大丈夫か!?」

 

 「……ア、ア……ァ……」


 男は体中、怪我が酷い。殴られた痕跡がある。男を見下ろす(ほむら)が小首を傾げた。


 「……人間? 東月湖(とうげつこ)禁界道(きんかいどう)はない。下界と接する狭間(はざま)も――多分、ない」


 禁界道(きんかいどう)鬼界(きかい)狐界(こかい)狼界(ろうかい)鹿界(しかかい)、が結合する道だ。


 「確かに……、妙だ」


 下界と異界(いかい)狭間(はざま)は道幅があるが、長椅子の後ろは単なる林地(りんち)だ。獣道ですらない。となれば、男は禁界道(きんかいどう)を通ったのだろう。しかし(ほむら)(いわ)く前者はない。後者の「多分」は、狭間(はざま)には解明されてない点が多く、未知な要素があるからだ。


 「(……禁界道(きんかいどう)狭間(はざま)……どっちだ?)」


 「ア……、オレ……」


 「――ッ! ゆっくりでいい! なにがあった!?」


 「……ッ、北の、じゅひょ、う村……、アガッ、アア!!」


 タリアの質問に返答する間もなく、男は突然凍結し、パサリと(くだ)けた。雪の結晶となって体が崩壊する。


 「……、いったい……」


 「……へえ。氷か、氷は狼族(ろうぞく)の能力だよ」


 (ほむら)が肩を竦め、情報をくれた。


 「狼族(ろうぞく)……」


 狼族(ろうぞく)が住まう狼界(ろうかい)は極寒地で雪が降り止まない。種族の属性は雪や氷だ。


 狼界(ろうかい)厄害(やくがい)三狼(さんろう)――冴木犀(ごもくせい)(せつ)弦師霜(げんしそう)三厄狼みやくろうと称し、天上界は警戒していた。狼族(ろうぞく)が彼の死に関与している、恐らくだ。可能性は高い。

 

 「……(ほむら)、私に付いて来るかい?」


 唐突にタリアが訊ねた。(ほむら)言外(げんがい)の意を察するまでもない。答えは決まっている。


 「ああ、もちろん」


 「ありがとう」


 「どこに」も聞かず、決断が早い。タリアは一笑し、白い手袋と桜色の外套(がいとう)を取り出し着込んだのだった。

最後まで読んで頂きありがとうございます(*´Д`)


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また次回もよろしくお願いします<(_ _)>

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