第一集:愛し方
※キスシーンがあります※
おせち料理やお屠蘇、年糕、雑煮、柚子、年年有魚、餃子で新年を祝い、年が明け、睦月も半ばだ。
村は冬の装いで一面、雪化粧で冬木立だった。下界の冬季は物寂しさがある。
「ふう……、疲れたな」
――午の刻の正刻。
上位神タリアは柄の先端に取り付けられたスプーン状の幅広の刃、円匙で雪かきを行っていた。下界の暮らしは中々に大変だ。人間は各々の知識で編み出す生活の知恵があり、心豊かに自然界の法則に逆らわず、大きな循環の中で調和し生きている。
「人間は素晴らしいよ、父上」
上位神タリアは人間ではない。天地、宇宙、万物を創造した天上皇が創りし最後の男神で、豊かさと開花を司る天上界の神だ。一方でカリスの一柱、美と優雅も司っている。魅力、美貌、創造力に溢れており、神々が崇拝する容貌は天界随一と名高い。
ぱっちりとした二重瞼で上向きの長い睫毛、世界を映す虹彩は淡い桜色だ。鼻筋が通る鼻は高く小鼻は小さい。水分を含んだ縦横比の1:3の唇にシャープな顎、しっとりとした滑らかな肌、細い首筋にすらりと伸びる手足、括れた腰は細く、十八歳前後の外観年齢だ。
黄金比に当て嵌まる儚さを備えた顔立ちは天地の誰をも虜にしていた。
前髪と後ろ髪が同じ長さの長い桜色の髪は、一本一本艶があり瑞々しい。焔に貰った髪飾りの一種、水晶や桜が可憐なホワイトとピンクゴールドのヘッドドレスを、頭部のやや前方に付けている。自由自在に曲げられる仕様で扱いやすい。
普段着は撫子色の深衣だ。衽の先を腰に巻き付けて着るワンピース型で、衣と裳が繋がっている。体を全体的に覆う、ゆったりした一部式の衣服だ。
上衣は比較的ぴったりと引き締め、下半身の裳は緩やかに、ローズゴールド縁のスリットは開けず、三角形に形作る長い衿を背中に回し、ローズゴールドの絹の帯できっちり締めていた。袖口にあしらわれた桜や桜の花びらの刺繍は金糸だが華美すぎない。繊細で上品に散らばっている。靴は白い革靴のブーツで、踵に届く裾を踏んで躓かぬよう、前部が跳ね上がった形だ。
そして深衣の上に、マント型で袖無しの外套を肩に羽織っていた。冬季の対策のひとつだ。首元で固定する紐の先端のぽんぽんが愛らしい。色は桜色だ、外套の縁のラビットファーはフードにも付いている。
両手の桜刺繍が可愛い白いムートンの手袋は、鬼界の凛活街で焔が選び買ってくれた。
ふと、紅い影が地上に落ちる。
「――タリア、こっちは終わったよ」
鬼界に住まう鬼族、天地に悪名を轟かす三災鬼のひとり、火山が生んだ火鬼の孤魅恐純――焔だ。藁葺屋根に積もった雪を下ろしてくれていた。焔は現在、紆余曲折を経て、タリアと一緒に住んでいる。タリアの恋人且つ婚約者であった。
焔の服装は騎士服だ。赤銅色のチェスターコートを基調とした上着を纏っている。
肩にショルダーストラップのエポレット、腰に紅いベルト、幅広い金のボタンが付く袖口は折り返されたデザインだ。服の裏地は白で縁の線と飾緒は金色、ウエスト部分は狭く全体的にタイトな作りになっている。乗馬ズボンは丈長のコートで隠れているが上着と同色だ、足はオーナメント柄のグリーブを付け黒いロングブーツを履いていた。
腰に差す刀は鬼灯丸だ。柄は鮫皮を巻き付けた上に黒漆を塗り、平織りの紅糸で平巻に締めてある。紅葉の目貫に朱殷の鞘、刀身は火鬼の能力で形成された炎だ。抜刀された際に拝める。
紅い外套は、タリアと同一の形状だ。上位神エルの贈り物でタリアとお揃いだった。
焔は見目麗しい上位神タリアの隣に並んで立てるほどに、眉目秀麗だ。上下長い睫毛や瞳は朱色で、筋が通った鼻は高い。目鼻立ちは濃く、小顔で輪郭はすっきりしている。潤んだ唇は色気があり肌は上質、二十歳前後の外見年齢、洗練された外形に欠点はない。
朱色の長髪は後頭部で束ねられていた。海老色の鬼角が二本、頭部に生えている。
二人の左耳に吊るされた朱と桜色が織り交ざる菊結びのロングタッセルは、天上皇に賜った、タリアが焔に嫁ぐ前約の証だ。三百年、外れない。
「――お疲れ様。ありがとう焔」
「寒いでしょ、タリア」
焔はタリアが薦めた牛革素材の黒い手袋につく粉雪を適当に掃い、タリアの頭上を彩る粉雪を優しい手つきで取り除いた。
「まあ、冬の寒さを楽しむよ」
天上界は春気候だ。極寒を味わえる機会はない。
「今日は鍋にする?」
「鍋……!! いいな!!」
鍋は冬期の醍醐味だ。旬の味覚が凝縮された鍋は兎に角、美味しい。
「ハッ、タリアは食べるのが好きだね」
「食は文化、食は命の源、大切だ」
下界の伝統や習慣を神々は把握し、尊重し、保護していく使命がある。
「一理ある」
頷く焔がタリアの首裏に左手を添え、頭をぐっと引き寄せた。
「わ……、ん……」
タリアは突然、焔に口づけされる。互いに唇が冷たい。
「……ぅん……」
けれどタリアの下唇を啄み、焔が捻じ込んだ舌先は熱かった。タリアは焔に、ゆっくり丁寧に口腔を掻き回され、蹂躙される。
「ん……ぁ……、んん……っ」
じっくり甘やかす性急にないキスだ。焔の手の平に力が加わり、タリアは爪先立ちになった。焔の体重を口で受け止めている状態だ。
「……んんっ!」
深くなった口づけに、タリアの背筋がぞくぞく震える。息苦しいタリアが、焔の胸元を叩いた。
「んぅ、待っ……」
離してほしいが離してくれない。
「んんっ……ン……」
思考を溶かされる。二人の混ざり合う唾液をタリアは止む無く嚥下した。喉が動く様子に満足した焔がようやくタリアを解放する。
「ハッ……」
相変わらず、焔の呼吸に乱れはない。
「……加減してくれ焔……」
「俺の命の源はタリアだ、無理だね」
焔はきっぱり断言しタリアの目元にキスをした。
「……外はだめだ。村人が来る。冷や冷やした……」
婚姻する間柄だが、流石に人前は恥ずかしい。
「家の中に入る?」
劣情を孕んだ双眼に見下ろされる。
「…………っ」
言外に匂わされた意味を察するタリアは息を呑んだ。
「……したい」
焔が直接的な物言いをした。
村人の懇願で予行練習の祝言を挙げ、予行練習の初夜を迎え、二人の関係は一歩、前に進んでいる。タリアは純潔を失った尊い闇夜の体験に悔いはない。
しかしその日を境に、昼夜を問わず焔に求められ、タリアは抱かれていた。焔の体力は底が知れない。一度行為が始まれば数時間は激しい愛をぶつけられる。
タリアは毎回、強い快楽に気絶を余儀なくされていた。悩ましい問題だ。
「……今日はだめだ。キミと鍋料理を作る、失神したくない」
「失神させない」
「……してしまう。自信がない」
「ああ、気持ち良くて?」
「……っ、焔!!」
墓穴を掘ってしまい、タリアは含羞で一喝する。
「ごめんタリア、不適切だった謝るよ」
焔は謝罪しつつタリアを抱き締め、訥々と言葉を継いだ。
「……はあ。殺す以外の悦楽をタリアで覚えた。俺の愛し方は濁っているね」
自然が生んだ渾沌を忌み嫌う者は多い。焔は不確かな愛を信じず、殺戮に身を投じ数百年、醜悪の、悽惨な、奸凶、自分で築いた死屍累々たる禍々しい山に君臨していた。
――焔は純粋でない生粋の悪の人生を歩んできている。
「タリアに注ぐ愛は執着や嫉妬、束縛に満ちてる。俺が怖い?」
「怖くない。キミの愛は素直だ。私に安心をくれる。愛し方に正解はない。ただ焔に愛されている私が正解と言えば正解になる。愛し方の正解は他にない、二人だけの間にあるんだ。そう思わないか?」
誠実で時に意地悪な、着飾っていない、有りのままの焔がタリアは好きだ。
「……思う。思う、ありがとう。はあ、敵わないなタリアに」
「……私はキミに負けっぱなしだ」
「じゃあ、お互い様だね」
氷の結晶が光を乱反射させ、空気中で煌き舞っている。額を擦り付け、微笑み合う二人を、六角形の雪の花がそっと見守っていたのだった。
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