第二十七集:愛の痛み
未の刻の初刻、村は好天に恵まれている。タリアと焔は婚儀仕様の部屋の飾りを片付け、外の提灯や紅い布を畳み、庭の掃除を行っていた。
長柄のやしば箒で落ち葉を掃いている。季節は師走の歳末だ。凛と澄み切った寒さでタリアの鼻の頭部は赤い。
桜色の外套や白い手袋で体は暖かいが顔面は剥き出しで冷たかった。天上界の春の陽気が恋しくなる。
本格的な冬を迎えたいま、桜舞殿の桜に思いを馳せていると、四人の村人達が訪ねて来た。
「――おう、いたいた桜道士様に鬼の兄ちゃん!」
「――こんちは!!」
「――桜道士様! 鬼の兄ちゃん! ちわっす!!」
「――今日も仲睦まじいな!!」
皆、尻端折りの格好だ。長着で素足にわら草履を履いている。土を反転、耕起させる強靭な打ち鍬や、粘質土の田んぼを耕す引き鍬、打ち鍬と引き鍬の中間的な鍬の打ち引き鍬を肩に担いでいた。揃って泥だらけだ。
「こんにちは皆さん、精が出ますね」
天気が良い。農作業に励んでいたのだろう。
ひとりの村人が抱えていた藁蓆を袋状とする叺を、ドカッと地面に置いた。
「桜道士様、お米、ウチの嫁っこが桜道士様にって!」
「ウチの野菜も食べてくれな!!」
野菜が入っている麻の繊維を編んで作った麻袋も手渡される。
「うわっとと……、ありがとうございます皆さん」
ずっしり重い。ジャガイモや人参がぎっちり詰まっていた。村人達の厚意に感謝する。暫くは食料調達に困らない量だ。
「タリア、貸して」
「あ、……」
ひょいっと焔が荷物を持ってくれた。
「……ありがとう焔」
天上界では下神が上位神を輔翼する行為は義務だ。自分で行使した権利にない。けれど鬼界の火鬼、焔は天上界の掟に関係なく、選択を強いられていない自分の意思で自主的にタリアを特別な存在として丁寧に扱ってくれる。
「(焔の前じゃ私は何者でもない。ただのタリアだ)」
火鬼と上位神である立場は変わらない。だが接し合う根底に正直な愛があり、素直に甘えられた。
「お安い御用だ」
玄関口に焔が運んでくれる。叺も同じ場所に移してくれた。さりげない気遣いだ。
「いや~桜道士様、昨日はほんにありがとうな!」
「俺ん嫁も号泣だったでな!!」
「おーおー、天女やった! 花嫁衣裳も豪華で!」
昨晩の話題で盛り上がる村人達に、突如、現れた人物が質問する。
「――タリア様が花嫁衣裳を?」
天上界の中級三神、四番目の階位の神官、武官ウォンヌだ。ハオティエンもいた。二人は黒軍衣に黒いミニタリーコートを着ている。下界が冬季の際の、武官の制服規定だ。
「おお桜道士様ご一行の! 桜道士様と鬼の兄ちゃん、昨日俺ら村人んために祝言を挙げてくれたんや!!」
「そ~いや、お前えら二人、おらんかったな?」
「っといけねえ、おめえら飯さ食いっぱぐれちまうぞ!!」
「母ちゃんにどやされるぞ!! じゃあ桜道士様、昨日ん話はまた今度!!」
「え、あ、……皆さん!! 待って!!」
村人達は慌てた様子で挨拶し、引き留めるタリアの声は届かず、颯爽と去って行った。ウォンヌとハオティエンが半眼で拱手している。許可したくないが致し方ない。
「……はあ。いいよ二人共、認許する」
「タリア様ッ、祝言って!? 相手はコイツ……!! 孤魅恐純と、ごご、ご結婚なされたんですか!?」
「孤魅恐純との婚姻は、三百年後と仰っていましたよね!?」
ウォンヌ、ハオティエンが開口一番、矢継ぎ早に問い質してきた。
「お、落ち着いてくれ二人共!! 成婚はしていない!! 予行練習だ予行練習!!」
「予行練習って!?」
「予行練習って!?」
息ぴったりのおうむ返しだ。タリアが簡潔な説明をする。
「……三百年後に私と焔が共になることを知った村人達に懇願されたんだ。村人達は人間、百年と生きれない」
「はあ……、だから予行練習で火鬼と婚儀を? タリア様は人が良すぎます、普通しないですよ予行練習なんて」
タリアの言葉尻を奪うハオティエンが溜息を吐き、手の平で顔を覆った。
「ハオティエンに同意です!! 上位神下位の神々すら拝めない神聖な花嫁姿を人間にご披露なさったんですよ!? ご自覚がおありですか!?」
ウォンヌに諫められる。天上皇創りし汚れなき上位神の婚礼は、天上皇と上位神のみで挙行され、公的にしない。上位神外の参加も許されておらず、村人達がした体験は正に貴重だ。ウォンヌが息巻くのも無理はない。
「すまない二人共、村人に世話になっている以上、断れなかったんだ。彼らは善人、成る丈、願いは叶えてあげたい。三百年後の私の挙式は謁見の場を設けさせよう。約束だ」
上位神タリアは下神の意見を度外視しない。
「……はあ、約束ですよ」
「……まあ、はい……。約束、忘れないで下さいよ……」
ハオティエンとウォンヌはタリアの誠意に弱い。偽りのない桜色の虹彩にいつも、怒りが吸い込まれてしまう。
「――で、何でいるの壱と弐」
焔が邪魔者二人を睨んでいた。刺々しい口調だ。
「ハオティエンとウォンヌだよ、焔」
「――何でいるの壱と弐」
焔は改めない。語法の悪さは折紙付きだ。慣れが生じているタリアの諦めも早い。
「……はあ。ハオティエン、ウォンヌ、私に用かい? 任務か?」
「聊爾、不躾でありますが僕はタリア様がお元気か拝顔に……」
「あー……、俺もです。下界の寒冷は骨身に応えるでしょう」
ウォンヌとハオティエンは、単に地上で暮らすタリアを憂慮し会いに来たまでだ。取り立てて用件はなく、緊急にない訪問に申し訳なさそうに答えた。
下神の心配は上位神冥利に尽きる。
「ウォンヌ、ハオティエン、ありがとう。私は元気、ッだ……」
心身に問題はない。しかし突然、腰付近がピリッと痺れた。タリアは痛みで語尾を濁らせ、前屈みになる。焔がやんわり背中を擦ってくれた。
「タリア、大丈夫?」
「……平気だ」
両頬を薄紅に染めて俯くタリアにウォンヌが焦る。
「タリア様!? 平気と思えません!! ウ、ウイルスじゃ……!?」
「ウイルス!? まさか風邪ですか!? いや、上位神が……」
「……、……ッ」
ウォンヌの推測にハオティエンも動揺した。狼狽する二人にタリアは口を開きかけ、恥ずかしさで下唇を噛んだ。
黙すタリアに代わり、焔が否定する。
「風邪じゃない。タリアは筋肉痛なんだよね、初夜のせいで」
「――ッ、焔!!」
直接的な表現にタリアは赤面し、一喝した。頭上がボフッと爆発する。含羞の湯気だ。
誤解は解けたものの、ウォンヌとハオティエン、二人が受けた衝撃は大きい。
「……、しょ、しょ……タ、タリアさ……」
「孤魅恐純……、嘘は、……よくない。嘘は……」
「嘘じゃない。ね、タリア、俺は嘘つきじゃないよね」
時に焔は意地悪だ。事実の証明はタリアしかできない。
「……虚言じゃない」
小声で認めた。焔がタリアを抱き締める。
「ハ、可愛い……」
「孤魅恐純お前ッ……超えてはならない一線をッ、無垢なタリア様に……!!」
「婚前で……ッ、貴様は……万死に値する……!!」
ウォンヌとハオティエンが軍刀を抜刀した。ふたり共若干、涙目だ。
「愛し合う仲で、俺はタリアを抱く特権がある。昨晩、何度、啼かせたか……、抉られて悦楽に浸るタリアは可愛かったな」
焔の生々しい言説で、二人の脳裏にタリアのあれこれが過る。
「タ、タリア、様……」
「――――」
「ああっ、ウォンヌ!! ハオティエン!! しっかりして!!」
ウォンヌとハオティエンが倒れてしまった。二人は返事をしない。屍状態だ。
「ウォンヌ!! ハオティエン!!」
「ハ……」
タリアが必死に二人に呼びかける傍らで焔は欠伸をしている。風花が舞う午後、眩しい太陽が、騒々しい四人を照らしていたのだった。
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【追記】
第二章はここまでになります。次回から第三章です。
ここまで読んで頂いている読者様のお陰で、日々、頑張って更新できています。
三章もどうぞ、よろしくお願いします<(_ _)>




