第二十六集:鬼火が灯る花嫁行列
※キスシーンがあります※
戌の刻の正刻――、青い月夜が地上を見守っている。
「そろそろか?」
「おお、あっちだあっち」
「お……、来たぞ!!」
村人達はぶら提灯を片手に、田んぼ道の中央付近で隅に寄り、並んで立っていた。彼らが視線を送る先で刹那、ぽつん、ぽつん、と二つずつ、闇を食らいし禍々しい鬼火が灯り始める。
村人達は驚かない。むしろ「おお」と小声で感嘆の声を上げていた。
神楽鈴と箏の調べが一帯に響き渡る。すべての穢れが祓われ、鬼火の濁りも消えた。澄んだ鬼火は朱色の透明度が増し、妖しくも美しく揺らめいている。
鈴の音に合わせ、ふたつの紅い影が近づいてきた。
「――桜道士様、なんて見目麗しい!」
「――鬼の兄ちゃんもかっこいいな!」
黒影の正体は天上界の上位神タリアと鬼界の火鬼、孤魅恐純だ。タリアは焔の左手に右手を添え、歩いている。
焔が鬼力で作った夜叉大師が、タリアの左後ろで朱傘を掲げており、更に後方に火の犬が数匹連なっていた。謂わば火鬼流の花嫁行列だ。
幻想的で煌びやかな火の粉が闇夜に映えている。
タリアと焔は鬼界の伝統的な龍鳳服と呼ばれている紅い婚儀衣裳を身に纏っていた。タリアの花嫁衣裳の柄は牡丹、祥雲、桜だ。頭に紅蓋頭を被っている。長い裾で靴は見えない。焔は竜と鬼、火の柄の花婿衣装だ。黒い靴は厚底で高い。タリアと焔、双方の襟は黒い毛皮の宝石と名高いミンクで暖かく仕立てられていて、衣裳に繰り広げられる織り、染め、刺繍等の技法は圧巻の一言に尽き、光沢が宿った絹に施されている繊細な鳳凰刺繍は特に贅沢で、絢爛豪華な装いであった。
――二人の婚姻は三百年後の予定だ。
しかし百年と生きれない村人達のため、今宵、二人は予行練習の祝言を挙げる。
「桜道士様ッ、おめでとうございます!」
「鬼のお兄ちゃん! おめでとー!」
「よっ、ご両人!」
「グス……、おめでとう!!」
魔女のりんごを食べ命が危うかったユアンや、タリアの準備に付き合ってくれたユアンの母親、日頃お世話になっている村人達が慶祝してくれた。
二人は田んぼ道を抜け、お披露目が終了し、藁葺屋根の家に終着する。
家は透かし彫りの紅い紙提灯が幾つも飾られていて、淡い光がじんわり滲んでいた。鬼界の習わしで玄関、外装、すべてが红一色だ。門出を祝う意味があるらしい。
ちらほら舞う初雪の白と、吉兆を表した赤が見事に調和している。
「お前達は外で待機しろ、タリア」
指示に従う火の化身達は賢い。
「……ああ」
焔に促され、タリアは中に入った。普段と異なる床、壁、机、椅子、食器――、一面が赤で統一された部屋は婚礼の間になっている。囲炉裏は木の蓋で閉められていた。
「こっちに」
「ありがとう焔」
タリアは真ん中にある側面と脚の装飾が凝ったダマスク柄の紅い椅子に座る。ブレード装飾の金色のタッセルで高級感があった。布地も手触りが良い。
婚儀は新郎新婦の二人で厳かに執り行う。進行を務めるのはユアンの母親と村人の女性陣、四人だ。白い直裾袍で正装していた。四人は揃って低頭する。
「――謹んでお祝い申し上げます。紅布をお取り下さい」
「…………」
白い椿の花束で装う竿をユアンの母親に渡された焔が竿を使い、タリアが頭に被っている紅布、紅蓋頭を慎重な動作で捲り上げた。
白粉で透明感ある肌、長い上下の睫毛、紅をさした艶やかな唇、魅力と儚さを増幅させる化粧をしたタリアは花嫁衣裳に劣らない輝きを放っている。桜色の長髪は頭上で束ねていた。金と赤のフリンジ簪や桜柄のティアラ、七点が髪に挿してある。
再び四人が首を垂れた。
「――万福であられますよう」
「――子宝に恵まれますよう」
「――末永い紲になりますよう」
「――萬事如意であらせますよう」
四人の祝辞でタリアと焔は両手を握り合い、焔がタリアの隣に座する。焔はタリアに釘付けだ。
四人の女性は次の段階に移った。ユアンの母親が用意されてある漆塗りの赤い茶碗を持ち、タリアの正面で会釈した後、菓子を紅い箸で摘まんだ。
「桜道士様、お召し上がり下さい」
タリアは一口、食べる。
「ありがとうございます」
彼女は茶碗を変えず、焔に同じ菓子を勧めた。
「お召し上がり下さい」
「ああ」
焔も一口、食べる。
女性は茶碗を元の位置に戻した。他の三人に目配せする。速やかに全員が横一列に整列した。
「――前途洋々であられますよう祈願し」
「――異体同心であられますよう祈願し」
「――お二人のご盛運を祈念致します」
「――お二人の海誓山盟を祝福致します」
四人の言祝ぐで恙なく婚儀が終わる。彼女達はタリアと焔に拱手し、背を向けずそのままの姿勢で足音を極力抑えて下がり、家を出た。残されるタリアの早鐘を打つ心臓は速い。
焔がゆっくり立ち上がる。
「――タリア」
「……あ、ああ」
差し出された焔の右手に自分の左手を重ね、紅い天蓋付きのベッドに案内された。丸太のベッドが改造されてある。華燭に満ちた空間だ。
筒状の円形枕が二つ、目に留まる。ベッドの片隅に二人は腰を掛けた。
「綺麗だね、タリア」
「……ありがとう。焔が選んでくれた衣装のお陰だよ」
焔はやはり美的感覚に優れている。洗練を極めた衣装は着膨れもせず着心地がいい。
「三百年後の花嫁衣裳はもっと凄い、もっと華美だ。ま、楽しみにしてて」
「ハハッ、待ち遠しいね。焔もとても格好良いよ」
「本当? 惚れ直した?」
「ハハッ、ああ。私は日々キミに惚れ直してるよ」
聞き返す焔にタリアは素直に認めた。焔は博学多才で共にいて学ぶことが多い。それに一番は誠実だ、寛大で優しく、万華鏡の如く多彩な愛で包み込んでくれる。
タリアの笑みは神々しい。華やかで可憐で純粋だ。
「――ッ」
「ぅわ――!?」
タリアは突如、焔に押し倒された。性急な口づけをされる。反射的に引く体を抑え込まれた。
噛み付かれ、貪られる。
「……ぅん……ッ」
息苦しさで喘いだ瞬間、舌を捻じ込まれた。
「んぅ……んんッ……」
口腔を掻き回される。狂おしい衝動が伝わってきた。逃げる舌をいとも簡単に搦め捕られてしまう。
「……ん、ン……」
舌同士が擦れ合う甘い痺れで脳内が溶けてきた。執拗に蠢く熱い焔の舌に、全身を火照らされる。舌をきつく吸われ背筋に震えが走った。
吐息や唾液が混じり合い、意識が遠退く寸前で、ようやく塞がれた口が解放される。
「……ぅん……ぁ……」
糸を引く線が艶めかしい。
「ハッ……」
相変わらず、焔の呼吸は一切の乱れがない。
「……うわっ、ちょ、焔……」
焔がタリアを抱き抱え、ベッドの奥に運び、服を脱がし始めた。覆い被さってくる焔の目元がほんのり赤い。愛欲を孕んだ虹彩だ。
「……抱きたい、我慢できないタリア」
焔が甘美な声音で懇願してきた。
――昨晩、約束している。今日の予行練習には、初夜も含まれていた。タリアは羞恥心で顔を背けながら許可をする。
「……え、と……お手柔らかに頼む……」
両手を左右に開いたタリアの耳介は真っ赤だ。性的経験がなく、初めての体験になる故、焔に身を預けるしか術はない。
「……タリア」
「……なんだ?」
「……俺はタリアを愛してる」
「……私も焔を愛してるよ」
愛の囁きで二人は互いの想いに陶酔した。焔は初めてのタリアに容赦がなく、タリアが気絶するまで行為は続き、気づけば朝を迎えていた始末だ。
卯の刻の初刻、タリアは疲れ果て眠っている。泣き明かした瞼は涙で潤んでいた。
「……泣き顔、可愛かったな」
元凶の焔に反省の色は窺えない。悔いのない満足げな表情だ。
「……ん、ほむら」
「……寝てていいよ、俺も寝る」
「……んん……」
夢現なタリアは一瞬で夢に誘われる。焔はタリアにそっとキスをし、口元を綻ばせたのだった。
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