第二十五集:相思相愛
※キスシーンがあります※
「――魂天来華」
乱螫惨非と孤魅恐純の攻防が終了した後、タリアは亡き二人の小鬼の魂に慈悲をかけ、神々がいる天上に導いた。目映い光が花々と澄清の空に昇る。
「ふへえ~すげ~ね! タリアちゃん、マジ上位神じゃん!! キッラキラ!!」
「ハハ、ありがとう。ねえ荊、本当に二人を土葬してくれるのか?」
二人の処置に困っていたタリアに、鬼界の西の領地を治める乱螫惨非が、遺体の埋葬を申し出てくれていた。元は彼の悪趣味なアート作品になる予定だった小鬼の子供達、果たして三災鬼の情けを信用していいのか迷ってしまう。
「もちもち~! 今日はまあ~、孤魅恐純とタリアちゃんを祝してさぁ、天赦日にするよ。僕、嫌いな吉日はずぇったい働かないんだ~。アート作りもね、定休日~。僕ね、凶日が好きなの! 自分や人の非運にぞくぞくするんだ~」
地上の暦で定められた暦日にある天赦日は、天が万物の罪を許す縁起の良い日だ。天地、宇宙、万物の創造主――天上皇は、五界の思想に理解を示し、下界の天子によって浸透した吉凶禍福に関する事項を重んじ、選日は大地に幸福や災いが降り注ぐよう神々に役目を与えていた。
五界で験担ぎに拘る者は多い。何をするかは多種多様だ。
「凶日が好きで嫌いな天赦日は働かない、キミは個性的な子だね荊。わかった、子供達をよろしく頼むよ」
乱螫惨非の凶兆を推し量る自覚的な活動は独特で解釈し難いが、信頼するに足る発言ではあった。それに乱螫惨非が生身でない二人をアート作品にする意義はない。彼の型破りな性格にいまは感謝する。
「個性的って、エッヘヘ! おうよ~僕に任せな~! じゃあな孤魅恐純、タリアちゃんに振られて帰って来んなよ!」
「…………」
「――ガハッ!!」
乱螫惨非の余計な一言に、焔が無言で乱螫惨非の鳩尾を殴った。乱螫惨非が焔の拳の威力で後ろにズザザザと地面を滑り、何とか両足で踏ん張る。火鬼の一撃を耐えた乱螫惨非の体はやはり頑丈だ。
乱螫惨非は両手を両膝に突き、腰割り体勢で、ぷるぷる震える左手を上げた。
「んじゃあ……ま、タリアちゃん……ッ! ふつつかな孤魅恐純をよろしくね~」
「行くよタリア」
焔が踵を返すことで、抱っこされているタリアも、必然的に視界が動いてしまう。
「あ、ああ……。荊、痛めた箇所は冷やすんだよ! さようなら!」
タリアは上半身を捻って乱螫惨非に挨拶し、西の地を去った。呉服店には戻らず帰途で移境扉を開き、下界の藁葺屋根の我が家に帰って来る。時刻はすでに戌の刻の初刻を回っていた。
「……はあ、疲れたな」
「まあね」
タリアと焔は囲炉裏で寛いでいる。焔が点けてくれた薪の火が暖かい。
「……んー……」
お腹は空いているが眠さが勝っていた。眠気に逆らえないタリアは、部屋の隅にある丸太のベッドに移動した。藁で編んだ敷物が敷いてある。
丸太のベッドは焔の手作りだ。高さがあり毒蛇や昆虫の被害を避けれた。有難い。
タリアが靴を脱ぎ横になると、座っていた焔も立ち上がり、同様に靴を脱ぎ隣に並んで寝る。焔は自然な動作でタリアに片腕を宛てがい腕枕した。向かい合う形だ。
「……タリア、おやすみのキスは? なし?」
焔が自身の額をタリアの額に擦り寄せた。
「……普通のキス?」
「うん、普通のキス」
「……キミの普通は普通じゃないだろう?」
幾度かの口づけで学んでいる。タリアは騙されない。
「だめ?」
「…………ッ」
朱色の虹彩が妖しく灯っていた。恋慕と劣情が孕んだ双眼だ。
「タリア……」
獲物を眼前にお預け状態の焔の声音は甘い。タリアの無意識な焦らしが焔の本能を刺激し、男心を擽っている。
「……ちょっとだよ」
こういった場面でタリアは焔に勝てない。許可するタリアに、焔がゆっくり顔を傾け隙間を埋めた。
タリアは口を塞がれる。
「……んぅ……ッ、……」
何度も啄まれ、甘噛みされ、唇が半開きになった。焔が艶めかしい動作で下唇を舐め、ぬるり舌を忍び込ませてくる。招き入れた舌先は熱い。
「……んん、ぅん……」
執拗に口腔を貪られた。歯をなぞられ背筋がぞわぞわする。怯んだタリアの舌を起用に焔は搦め捕った。
「んん……ッ、ン……」
角度を変えて口づけが深くなる。きつく舌を吸い上げられ足の指先が痺れた。口の中を蹂躙され嬲られ狂おしい愛情が伝染してくる。
「あ、も、……ぅんッ」
苦しい。一向に解放されない。二人の混じり合う唾液のくちゅくちゅした音が静かな部屋に響いて恥ずかしい。妙な快感に煽られていた。
「んん、んっ、……」
「ハッ……」
焔は上手く息をしている。タリアは酸欠で酩酊していた。頭がくらくらしている。
「ぅあ……、ん――!」
肌が汗ばんできた。刹那、焔に組み敷かれる。右手でタリアの絹の帯を引っ張ってきた。左手は横腹の括れを這っている。タリアは目一杯の力で焔を引き剥がした。
「んんっ、ぅあッ、ほ――むら!!」
「……ハァ、なにタリア」
焔の呼吸に一切の乱れはない。
「な、にじゃない! 終わりだ!」
充分な「おやすみのキス」だ。けれど焔の右手は帯を掴んだままだ。
「……したい」
直球な物言いにタリアが瞠目する。
「――――ッ!?」
タリアもこの状況で焔が何を「したい」か察しは付いた。
「……痛くしない」
焔が先の関係を望んでくる。欲情した瞳の眼光は鋭い。
「……だめだ」
「…………ッ」
拒否するタリアに焔の全身が強張った。タリアは眉尻を下げ、苦笑する。
「すまない違うよ焔、勘違いしないで。私はキミを拒んだりはしない。ただ、今日はだめだ……」
「……明日はいいの?」
焔の問いにタリアは頷いた。明日は特別な日だ。
「……明日は予行練習で、仮だけど夫婦になる。予行練習の……、初夜だ。……明日がいい」
徐々に声が萎んでいってしまう。タリアは自分から誘っているようで居た堪れなくなった。
「……ッ、明日にしよう」
タリアの提案に焔は同意する。タリアを横抱きに横たわった。頗る機嫌がいい。
「明日は緊張するな……」
「ハ、どっちの緊張?」
焔がわざとらしく揶揄ってきた。
「もちろん仮の婚礼だ」
「ああ、そっち。残念」
焔が肩を竦め微笑する。余裕のないタリアは一旦は頬を膨らませるが、焔の胸元に縋り衷情を披瀝した。数千年と密かに抱えている悩みだ。
「いや、どっちも緊張はしている」
「……タリア」
「……数千年、私は恋人がいた試しがない。……純潔で無知だ。キミを退屈させてしまわないか不安だよ」
タリアは性的な経験がない。キスも焔が初めてである。
愛を確かめ合う行為は喜びと満足の源泉と天上界で宣言されており、神々の純度や名誉、価値の概念に関連付きはしない。故に純潔を貫き通す神はいない。
タリアも特段、純潔に執着はない。単に天上界随一に美しいと謳われ、尊いと皆に遠巻きにされ、気づけば孤独に数千年と月日が流れていただけだ。
「自信がない」と呟くタリアを焔が抱き締めた。
「タリアのキスに翻弄させられている俺も明日が不安だ」
「……私がキミを?」
耳を疑う告白だ。聞き返すタリアに、焔が本気の語調で腰を密着させてくる。
「毎回、させられてる。いま堪えてる衝動みたい?」
「……いや、遠慮するよ」
男の生理は平明で繊細だ。当てられた硬い感触に心臓が跳ねるタリアは小首を振った、いまは知りたくない。
「ハハッ。俺はタリアを愛してる、タリアは?」
「私も焔を愛してるよ」
「俺達は相思相愛だ。明日は最高の一日になるよ、絶対に」
「……ああ」
焔が断言するのだから間違いない。タリアは同調の相槌を打ち、瞼を閉じたのだった。
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