第二十三集:誘拐
タリアは呉服店で働く女鬼のイーハンに貰った、いま鬼界で流行っている化楽飴の効力で、六歳児の子供となっていた。
遥か昔の自分の容姿にタリアも興味津々だ。鏡の前でくるくる回っている。
深衣や髪飾りの鬼角も一緒に縮んでいた。姿形は変わらない。便利な飴玉だ。
幼くなったタリアを焔が片腕で抱き上げる。ぐんっと視界が上がりタリアは焔の首にしがみ付いた。
「う、わ……」
「……大丈夫タリア? 痛みはない?」
「平気だよ焔。イーハン、ありがとう。とても面白い体験だ」
イーハンも十分反省している。タリアに化楽飴をあげた行為に意図はない。気遣いの根底にある思いやりだ。責めてはいけない。
「うぅ……、いえ……。すみません、……ありがとうございます、タリア様」
「孤魅恐純様!! ウチのイーハンが!! 誠に申し訳ございません!!」
店主が首を垂れた。凄まじい勢いだ。
「タリアが面白いんだ、別にいい」
焔の機嫌は良い。店主の謝罪をタリアに代わって許した声音も弾んでいる。
「焔、衣装は決まった?」
「うん決まった。選んだ衣装は秘密にするよ、明日をお楽しみに」
「ハハッ、明日が待ち遠しいな」
互いに数百と試着した。組み合わせは自由だ。焔の美的感覚は優れている。焔が精選した婚礼衣装なら不安はない。
「こ、孤魅恐純様ッ!! 少々、宜しいでしょうか? 紅蓋頭なのですが……」
「待っててタリア」
子供嫌いな焔だがタリアを下す動作は優しい。
「ああ」
店主に呼ばれて焔は高床式の畳がある中央に戻った。タリアは歩行動作を確かめてみる。縮小した足長に若干の違和感はあるが問題はない。
「――ん?」
ふと子供の泣き声が耳に届いた。タリアは重々しい両開き可能な玄関の引き戸を、「ぐぬぬぬ……」と両手で左右に開ける。六歳児になった反動で腕力は無いに等しい。
「ハア……」
呼吸を整え、辺りを見渡した。鬼人や遊女が疎らに行き交っている。勘違いかと思い戸を閉めかけた矢先、通路を挟んだ反対側に涕泣する小鬼を発見した。
焔は店主と話している。イーハンも散らかった衣装の後片付けに忙しい。
タリアはこっそり小鬼のもとに走った。
「――どうしたんだ、キミ。迷子か?」
「……うん。ぐす……、ママと逸れちゃった」
小鬼は一本角の青鬼だ。泥塗れの破れた薄花色の浴衣に草履を履いている。背丈は120㎝未満、青い短髪で虹彩も青い。目鼻立ちがよく卵型の輪郭だ。
「キミは何歳? 名前は?」
「ろくさい、幹丹……」
「幹丹、私はタリアだ。家の方角はわかるか?」
「……あっち」
幹丹は西を指差した。親が六歳の子供を連れて歩く距離だ。然程、遠くはないだろう。
「じゃあ私が送ろう。おいで」
「……ありがとう、お兄ちゃん」
タリアは幹丹と手を繋いだ。歩幅が同じで助かった。
「幹丹は兄弟はいるの?」
「いない……、お兄ちゃんは?」
「あー……、私は兄と姉がたくさんいる」
天上皇創りし上級三神、上位神の兄姉は十一人いる。タリアは末弟だ。
上級三神下位の、中級三神や下級三神の神々の家族を人数に加えたら数百、数千といた。正直、全員は憶えられない。
「いいな……」
「ひとりは寂しい?」
天上界随一に美しいと謳われ、遠巻きに崇められいたタリアは、孤独の辛さを知っている。つい最近まで、鮮やかで眩しい孤立の沼に沈められ藻掻き苦しんでいた。いまは焔と出逢って拠り所ができ、煢然と決別しているが、数千年で刻み込まれた寂寞たる過去が消えることはない。
タリアは下界に誕生してまだたった六年の幹丹が寂寥感や虚無感に圧し潰されていないか心配になる。
「ううん、だってママがいるし! ボクね、ママが大好きなんだ!」
幹丹は小首を振ってはにかんだ。六歳臼歯で歯が抜けたすきっ歯の笑顔は可愛い。
「愛されてるんだね」
「エヘヘッ、こっちだよ!」
駆け出す幹丹に引っ張られ、タリアは路地裏に導かれた。ゴミ箱がひとつある。何もない暗い道だ。
「かんた――」
「――よくやったわよ幹丹」
「――――ッ!」
首の後ろをトンッと手刀で一撃を入れられた。タリアは上半身がゆっくり前方に流れる。無表情の幹丹がこちらを見下ろす姿を最後にタリアは気絶した。
――暫くしてタリアの睫毛が小刻みに震える。
牛車の振動で目が覚めた。石ころで車輪が跳ね、直にお尻に衝撃が伝わってくる。タリアは縄で縛られた両手首を支えに座り直した。
「(体感的に二時間は経っているな……、鬼攫いか?)」
タリアの他に、二人の小鬼が同乗している。どちらも眼に生気が宿っていない。
「着いたよ、お前達!! さっさと降りな!!」
牛車を止めた女鬼は、鬼角が一本の青鬼だ。青い髪を無造作に括る女鬼はおうとつのない平面的な面輪で、秘色の浴衣に、わら草履を履いていた。幹丹が彼女の傍にいる。十中八九、女鬼は幹丹の母親だ。
「(相手は小鬼、更に昼間……油断した……)」
恐らく二人が主犯者、自分と小鬼二人、三人を攫った犯人に違いない。
「ちんたらするんじゃないよ!!」
タリア達は急かす女鬼の指示に従い、牛車を降りた。一帯は物静かで、鉛色の荊棘に囲まれている。荒れ果てた土地だ。
数分もしないうちに青い鬼角が二本ある男鬼が現れた。
「――やっほ~、お疲れちゃん」
「――乱螫惨非様!!」
女鬼が歓呼した鬼の名前にタリアが驚愕する。
乱螫惨非は鬼界の最恐の三鬼のひとり、三災鬼だ。
下界の通り名は棘童子、人型の雑鬼、青鬼と雑鬼の交配種で悪逆無道と悪名高い。
眉目秀麗な顔立ちで瞳、睫毛、唇、爪、と青く、青い長髪はひとつ結びの三つ編みに編んであり、膝下まであった。下瞼は青い粉状で陰影をつけ、目元の立体感を演出してある。
2m50㎝の長身を生かす服装は詰襟で横に深いスリットが入った、錆納戸色の旗袍だ。下に白い褌衣を穿いている。旗袍の荊模様は、藍鉄色の布製で爪先が丸い形のブーツと揃えてあった。
乱螫惨非があからさまな態度で項垂れ落胆する。
「ええ~三体ぃ? すっくな~! まあいいや、は~い御駄賃ね」
「こんなに!! ありがとうございますッ!! 帰るわよ幹丹!!」
「うん……」
女鬼は乱螫惨非に報酬を受け取り、長居せず、幹丹と立ち去った。
タリアが鬼の子供を庇い一歩、前に出る。
「この子達は逃がしてくれないか」
「ん~~? お~~、綺麗な……なんか天上臭いねキミ」
「…………」
すんすん、と空気を嗅ぐ乱螫惨非が核心を突いた。
「お前……、へえ神か! 珍しいな~子供は初めてみた」
「この子達は逃がしてもらいたい」
タリアは再度、要求してみる。刹那、子供達が同時に倒れた。白目を剥いている、息をしていない。
「――――キミ達ッ、しっかり!!」
「そいつら卑賎街の子供っしょ~、餓死寸前で息絶えたんじゃね? 良かったじゃん、魂は逃げたよ天上にさ~」
卑賎街は能力に恵まれない貧困者が暮らす場所だ。鬼界、狐界、鹿界、狼界、にあり秩序や安全はない。お金欲しさに悪い仕事を請け負う者も多く、身形や犯行動機から察するに女鬼と幹丹も又、卑賎街に住んでいるのかもしれない。
「……キミは三災鬼の乱螫惨非だね、目的は何だい?」
「僕の趣味ね~。アート、なんだ!」
「アート……?」
「ん~~、僕の荊でみんなを装飾したいんだ! 僕の作品あっちだよ~」
乱螫惨非の右腕がタリアに伸びた瞬間、ふわり、風が淡い秋の香りを運んだ。緋色を纏う鬼が乱螫惨非の右手首を締め上げる。
「――乱螫惨非」
「イッテテテテ!! でえ~~!? うっそマジ!? 孤魅恐純じゃん!! なんでいんのお前!!」
焔であった。焔はタリアを鋭い眼力で睨んだ。
「……あー……、すまない」
タリアは片頬を指先で掻き、拉致されている現状に取り敢えず謝ったのだった。
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