第五集:電蔵主庵
「――私を御捜しかな」
前触れなく現れた男は闇を背負い、ひっそり佇んでいる。身構えたタリア達が声を発する間もなく、継いで左右に控える男二人に命令した。
「男で構わん。持てるだけ持って行け」
「承知!!(持てるだけ持つ!!)」
「了!!(持てるだけ持つ!!)」
二人は村人を軽々と両腕に一人ずつ、「持てるだけ持ち」、瞬時に立ち去る。一秒と満たない速さだ。
「助けてくれえぇぇ!!」
「嫌だアアアア!!」
村人の悲鳴が夜空に木霊した。四人が攫われ、うち二人が腰を抜かしている。
「ハオティエン、ウォンヌ!!!!」
「任せて下さい!!」
「勝運、天にあり!!」
タリアに名を呼ばれた神官二人が、軍刀の柄を握り、枝分かれに飛んだ。一筋の光の残像が二人の身体的能力の高さを示していた。
「ハア……、神官か。天上臭いわけだ」
男は裏地のある正絹で上品な袷仕立て、紬の正絹着物を着ている。藤紫色だ。羽織は袖を通さず両肩に掛けていた。足袋に鼻緒が紫の草履、印象的なのは紫陽花模様の紫の番傘だ。
「タリアは運がない。コイツは雷狐、電蔵主庵」
焔が男の正体を告げ、タリアを自分の後ろに押しやった。電蔵主庵が番傘を閉じ、薄気味悪い笑みを浮かべる。
――雷狐、雷から生まれる狐だ。狐の中でも神に等しい雷神で鬼神同様、天上界の天敵と言うべき存在にあたる。しかも、三毒狐のひとりだ。
「子鬼の君、何処かで会ったかい?」
悪名轟く電蔵主庵は、美しい狐であった。狐耳で尾が九本あり、目元に紫の線が二本、瞳や睫毛は藤紫色で同色の長髪は前髪と一緒に後頭部の高い位置でひとつに結んでいる。結び目に挿す紫陽花は自然の花だ。肌は若干紫だが黄金比率の顔立ちで198㎝の高身長、推定960歳の狐界の重鎮、この色気と余裕を備えた容姿に人間は騙されやすい。
「紫狐は電蔵主庵、って習うだろ?」
「フフ、面白い。鬼と神官、珍しい組み合わせだ」
電蔵主庵の視線がタリアに移り、「おや」と瞼を細めた。
「ああ、これは申し訳ない。豊かさと開花を司る神――三美神のひとりタリア嬢、地上界でのお噂は兼がね聞き及んでおります。お目にかかれて光栄です」
含みのある言い方だ。タリアは歯牙にも掛けず、追及する。
「村の少女を襲い、臓器を奪った罪人は電蔵主庵、君なのか」
「いいえ、滅相もございません」
電蔵主庵は肩を竦め否定した。
「今し方、村人を攫った!!」
「はい。目撃された今し方は認めます」
電蔵主庵は微笑し肯定した。そして予想だにしない人物に話かける。
「――村長。残念だが神の介入は面倒だ、我々は退却する」
「た、いきょだと!? ふざけるな!! 村の若い女の臓器やりゃ、嫁や子を生き返らせてくれる約束だったじゃねえか!」
「……や、くそく? オイ……ッ、約束ってなんだ村長!! 村長おめぇ!! 裏切ってやがったのか!!」
単衣を着る村長のダンに作務衣を着る若い村人が食って掛かった。転がる松明、村長は村人をつんのめる形で前に押し倒す。
「うるせえ!! 俺はここで生まれ育ったんじゃねえ!!」
「……クソッ! 何で!! 何でもっと早く気づかなかったんだチクショウ!! 見回りはアンタが仕切ってた!! 全部……ッ、全部アンタが……!」
憤激の熱い涙を搾る村人を村長は鼻で笑い、開き直って暴露した。
「ああそうだ!! ジアンも! エマも! ヨウリンも! 俺が外に呼び出したんだよ!! 村に関わる大事な話があるって神妙に言やぁ、あいつらひょこひょこ出て来やがってなあ!! お前ら引き連れて森回ってる間に狐共に襲わせた!! 俺の嫁と子が蘇るにゃ犠牲がいるんだよ!!」
唾を飛ばしながら怒鳴る村長は手前勝手だ。ふてぶてしい彼に、慎みを崩さずタリアが諭す。
「村長さん、死んだ人間は生き返らない。下界の道理で摂理だ」
「道理なんざ関係ねえ!! 蘇るんだよ!! 俺は見た!! こんっ両目でしっかりとなあ!! 雷で未完成だったが内臓さえありゃ人間になるんだ!!」
「ハア、馬鹿だねアンタ。雷の幻影さ、雷狐の十八番の能力だよ」
焔が村長に呆れ気味な口調で教えた。村長は電蔵主庵を一瞥する。僅かに口端が吊り上がっていた。
「……冗談だろう、なあ!! 電蔵主庵!! 俺はやれるこたぁやった! 病死しちまった俺の嫁や子は蘇るんだよなあ!?」
「フフフ、須臾の夢に耽りさぞ楽しかったろう? つまらん暇潰しだったが女の若い心臓は味見した、美味かったぞ」
村長を嘲笑う電蔵主庵は生粋の悪だ。人間の感情を弄ぶ所業に容赦はない。
「う、そだ……。あ、あぁ……、やめろ、ジアン!! ち、がうんだ!! 俺ァ……!!」
村長は完全に壊れてしまった。幻覚幻聴に怯える村長の体を、隙を突いた村人が羽交い締めにする。白目で意識を失った村長の結末は、冷血たる電蔵主庵の予想を外した。
「人間同士殺し合わんのか。興が冷めた」
彼が物語の最後に描いた享楽に溺れられる最高の快事、同士討ちを助長する計略は水の泡だ。電蔵主庵は番傘を再び差した。途端に霧雨が降り、雷鳴が響き渡る。
稲妻が電蔵主庵の零れた白い歯を照らすや否や、雷が落ちた。
「――――ッ」
狙いは人間、彼の期待に沿えなかった村人二人だ。途轍もない轟音が空気を裂き、地面が揺れる。どんなに屈強な人間であったとしても、雷に打たれては一溜まりもない。
けれど、二人は生きていた。
「フィ――、ヒョロロロロロォオ」
金赤の炎を纏う神秘的な鳥が天へ昇る。一弾指の間にタリアが解き放った、聖なる鳥ベンヌだ。
金色と赤で彩られた羽毛を持つ天上界の火の鳥――不死鳥が、電蔵主庵の攻撃から村人二人を護った。タリアの意思で変幻自在なベンヌは、役目を終えて下火する。
「タリアが飼ってる鳥? 綺麗だったね」
「飼っている、は語弊だ。ベンヌは私の友達だよ」
場の状況に適さない焔の質問に、タリアは苦笑し簡潔に答えた。相も変わらず度胸がある子鬼だ。
「さすがはタリア嬢、度肝を抜かれました」
「電蔵主庵、君は――」
「地上は競う者が少ない……、良い機会です。少々、私と遊んで下さいませんか」
殺気を帯びた電蔵主庵の眼光は鋭く、タリアに重圧をかける。余地はない。
電蔵主庵はタリアの否応無しに鞭のように操る電流を、尖った爪先から繰り出した。恐らく触れたら切断せれてしまう。
「……くっ」
予測不能な鞭の動きは避けれない。
「(せめて焔を――、間に合わない!)」
タリアと焔の眼前に迫った瞬間、ふわり、焔がタリアの肩を抱き寄せる。力強い腕、タリアを超える背丈、目線を上にあげればそこには凛々しく美麗な外貌の青年がいた。
「大丈夫」
そう低く呟き、電流の鞭を火で焼き払った。「ね」と補足する、タリアを見下ろす焔の眼差しは究極に柔らかい。
焔は首を斜めに傾け、転じて「殺す」と独り言ち、半眼で電蔵主庵を煽る。
「弱い狐は俺が相手をしよう」
「フハハハッ、貴様だったか孤魅恐純!!」
瞳孔を開く電蔵主庵は焔の鬼界の通り名を叫んだ。ただそれは、五百年前封印された火鬼と同じ名であった。
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