第二十一集:四人の親子
天地を結ぶ天光柱の光に包まれ、ハオティエンとウォンヌは天上界に帰還した。中央往来の間を抜け、下層に屋根のない二階造りの楼門を潜る。
「――お?」
「――奇遇ですね」
戦いを司る男神と界事を司る男神に出迎えられた。ハオティエンとウォンヌの溜息は深い。
「……はあ」
「……マジかよ」
五法殿に向かう途中で二人は輝堕王の一件を注進する予定だったが、又もや、折悪しく武官の長アレスと五事官の長ウリとばったり遭遇してしまう。二人は露骨に項垂れた。
アレスが怒筋を浮かばせる。関節を鳴らした拳の準備は万端だ。
「よーしお前ら、歯ァ食い縛れ」
「暴力はいけませんアレス殿、お疲れ様です二人共」
アレスを諫止するウリが任務帰りの二人を労った。ハオティエンとウォンヌは姿勢を正し、ウリに拱手する。
「お疲れ様ですウリ様」
「お疲れ様です」
アレスの青筋がピクピク痙攣した。自分は完全なる無視だ。
「コイツらマジで腹立つ!! 俺はお前らの上司だぞ!?」
怒鳴ったアレスを二人は相手にしない。ウリがアレスを宥め、ウォンヌに訊ねる。
「まあまあアレス殿、ウォンヌ、タリア殿に会えましたか?」
「タリア様だあ!? ウォンヌ!! お前タリア様に会いに下界に降りたのか!? いい御身分だな!?」
「アレス殿……」
アレスの横槍にウリが睥睨した。五日の完徹で機嫌が些か悪い。
幼馴染のアレスはウリの性格を熟知している。いまは刺激してはいけない期間だ。
「ゴホンッ!! あー、いいぞウォンヌ」
アレスは咳払いし催促した。突然、紳士的な対応になり、逆に不気味だ。ウォンヌも戸惑いを隠しきれていない。
「……? ええ、とはい……。タリア様に会えました。実はウリ様に口頭になりますが報告がありまして……」
「いいですよ。何でしょう?」
五事官ウリの決断は早い。ウォンヌはハオティエンと目配せし合う。ハオティエンが頷き、ウォンヌは一呼吸置いて切り出した。
「――堕神の王、輝堕王に際会しました」
「――――!!」
平素は感情を表に出さない冷静沈着なウリが息を呑んだ。隣に立つアレスも喫驚している。
「タリア様がおられる村人の子供が魔女と称す者のりんごを食べ、手足が黒く変色していたんです。子供は魔女に『りんごの呪いだ。三日後に死ぬ』と宣告されていました。タリア様が子供の身を案じ、……子供がりんごを食べたと話す北東の森に赴かれ僕とハオティエンも同行を……。女の堕神が魔女の正体でした。排除すべく臨戦し、止めを刺したのですが堕神は呪神に堕ち、……俄然に現れた輝堕王が呪神を消滅させたんです」
ウォンヌは簡潔に説明した。ウリとアレス同様に、ウォンヌとハオティエンも未だ内心で動転している。呪神に堕ちた堕神を見るのは、二人共初めてだ。
怨みや鬱憤、怨毒や惆悵、血肉に餓えた渇欲、自我を失う哀れで醜い呪神は酷く恐ろしかった。上級三神以下の神は呪神の剥き出しの堕力に心身を容易く穢され堕とされると習うが、正に事実で、二人は上位神タリアの清い壁がなければ「こっち」と誘う常闇の囁きに耳を傾けていたかもしれない。
「……はあ。呪神に輝堕王ですか。呪神はまあ事例はありますが……、問題は輝堕王です。彼と相まみえた下位の神々は皆、消滅させられています。故に彼に関する詳細は不明に等しい。上位神は彼について語りません、数千年と沈黙を貫いている。僕やアレス殿も彼の相貌は知らないのです。輝堕王自ら呪神を消滅させた論点も含め、アナタ方ふたりの聴取は後程、僕が直々に五法殿で行います。いいですね。神兵ハオティエン、ウォンヌ」
ウリは目頭を親指と人差し指で押さえ、溜息交じりに命令した。
「はいウリ様……」
「わかりました」
二人は下命を拝する。徹夜も覚悟の上だ。
「まったく、無事で良かったよ。ウォンヌ、ハオティエン」
アレスが安堵した様子で太息を漏らした。ハオティエンが脱いだ黒軍帽を左脇に挟み吐露する。
「輝堕王は俺やウォンヌを消滅させる気でした。いまある俺達ふたりの魂は……、タリア様のお陰で存在しています」
十二枚の栄光を授けられし元上級三神の上位神、輝堕王が放つ空気は歪で禍々しかった。知恵、美に溢れ、光を司る神だったと到底思えない。
物々しい出で立ちに圧倒され、全身が粟立ち、重い殺気に圧し潰されかけ、竦んだ足の感覚を、いまも鮮明に憶えている。武官が情けない、滑稽だ。
「タリア殿は下神の真心に応えて下さる男神です。決して忠義を尽くす者を無下にしない。アナタ達が頑張った過程の結果です。自分を卑下してはいけません」
ウリが諭す口調は優しい。ハオティエンは俯きかける顔を上げた。
「――はい」
思案に暮れている暇はない。一歩一歩、鍛錬を積み、信念を曲げず、その進んだ先に未来はある。上位神タリアを堕神に勧誘した輝堕王の真意はわからないが、タリアの純白で神々しい二翼に庇われた際、一生を捧げられる上位神は、やはり彼だけだと悟った。ハオティエンが横目で窺うウォンヌも同じ眼差しだ。
刹那、ウリの金色の両目がハッと見開かれる。
「ウォンヌ、タリア殿にお怪我はありませんよね?」
「はい、ありません」
「……はあ。タリア殿のことです。きっと輝堕王を警戒せず、お喋りしたんでしょう?」
「……まあ」
さすが五事官ウリだ。タリアの言動を見抜いていた。
天上皇創りし元上位神、輝堕王は紛れもないタリアの兄である。しかし現在は天上皇を裏切った天上界の宿敵、堕神の王だ。タリアの危機感の無さに常々、ウォンヌとハオティエンは誠意を持って諫言しているものの、当の本人は輝堕王を「エル」と昔の名で親しく呼び、火鬼を紹介し、剰え抱き締められる始末であった。後者は致し方がないが、想起すると頭痛に襲われる。
「彼は遥か昔――追放される以前はタリア殿を大層、可愛がっていたと浮説があります」
「……はい。輝堕王はタリア様と再会し喜んでいました」
態度の違いは一目瞭然だった。愛する末弟に破顔した仮面の奥の素顔は飾り気のない本物、偽りはない。噂は真実だ。
「成程、兄弟愛は素晴らしいです。ですが輝堕王の偽悪にない暗晦に塗れた愛は、崇高なタリア殿の真善美を蝕む猛毒となります。難儀な案件ですね。はあ胃痛が……」
ウリの語尾の一言で思い出し、ウォンヌが胸ポケットを探り始める。
「――あ、タリア様が『ご苦労様』とこれを」
「…………」
ウォンヌがウリに小さな箱を手渡した。
「以前、華陀様に頂いておりました。ストレスで痛む胃に効果があります」
治癒の医神、医療を司る神、医研官の長華陀に貰った胃腸薬だ。万全を期すウォンヌは常時、多数の薬を携帯している。
神々は風邪を引かない。天上界の常識だ。けれど様々な疲労で神力が低下し不調になったりする、対策は欠かせない。
「……胃腸薬、ですか。タリア殿……」
複雑な面持ちで呟くウリに、プッと吹き出すアレスが爆笑した。
「アハハハッ、いやあ、タリア様!! 上位神が下神に胃腸薬だぞ? 発想が無垢で可愛いな~!! 俺にくれ、ウリ!!」
「アレス殿は頗る元気でしょう、あげません。はあ……。私の胃を心配して下さり有難いですが、私の胃を一番に攻撃なさっている自覚はないんでしょうね。タリア殿は」
「ハハッ、ねえな!」
アレスが一笑し諾う。
「ないでしょう」
「ないですね」
ハオティエンとウォンヌも同調した。ここにいる全員が上位神タリアに一喜一憂、且つ、悲喜交交させられている。タリアに魅入られた定めだ。
「アナタ方もご注意を」
ウリの警告にぐうの音も出ない。黒軍衣を着る武官三人は揃って口を噤んだのだった。
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