第ニ十集:村人のお願い
巳の刻――タリア達は村に帰って来た。村人達がタリアと焔が住まう藁葺屋根の家に集まっている。
「――帰って来たぞ!!」
「――桜道士様だ!! おかえり!!」
魔女もとい堕神に「りんごの呪いだ。三日後に死ぬ」と宣告された子供、ユアンが出迎えてくれた。すっかり元気になっている。手足も黒くない。
「ただいま。ユアン、体調は? 体は痛くない?」
「痛くないよ!! ありがとう桜道士様!! 魔女さんいたの?」
「ああ。魔女さんはいなくなった、安心して森で遊べるよ」
堕神は呪神に堕ち、堕神の王、輝堕王が罰し消滅した。森の霧も晴れ、陽に満ち満ちている。念には念を入れて神下札を木々に貼り付けてきた。浄化効果がある。堕神や四界の者は澄み切った聖域が嫌いだ、聖なる土地を縄張りにしない。数百年は安全だ。
「やった~!!」
「桜道士様ッ、ありがとうございました!! ありがとうございました!!」
「ありがとう桜道士様!! 御恩は一生、一生、忘れません!!」
ユアンの両親が平伏した。何度も何度も首を垂れる。
「ああっ、やめて下さい!!」
平身低頭されるのは苦手だ。タリアが二人を立たせた。タリア達が森に行っている間に、事態を聞きつけ集合していた村人達が、二人を「良かったなあ」と慰めている。村人達は一度、狐界の三毒狐、電蔵主庵の一件でタリア達に助けられており、改めてその法力に感服した。
「桜道士様達がおられて、わし達の村は安泰だ!!」
「ユアンも助かった!! なんて幸運な村だ!!」
「桜道士様がいて下さるんだっ、村に危難はやって来ねえ!!」
「あ~ありがてえ! ありがてえ!」
村人達は両手を上下に擦り合わせタリアを拝んだ。タリア達がいなければユアンは最悪の状況を迎えていたかもしれない。電蔵主庵に植え付けられた恐怖の根は、村人達の心の奥底に、確かな悲しみで根付いている。燻って消えない恐れと、日々、村人達は戦っていた。過去の惨劇に縛られながらも明るい未来を望み、必死に足掻いて藻掻いて生きる彼らの心境を、タリアも重々に承知している。
「アハハ……、いえ、ユアンが無事で何よりです」
時に脆く、時に無様で、時に卑怯、されど時に強く、時に兵で、時に貫く意思は鉄石の如く重い。それが天上皇創りし、天上界が愛す、か弱きも尊い人間だ。
「タリア様、俺とウォンヌは天上界に帰還します」
「ウリ様にご報告致しますが何か言伝はありますか?」
ハオティエンとウォンヌが村人達の手前、小声で話しかけてきた。報告の内容は先程、期せずして遭遇した堕神の王、輝堕王の一連に相違ない。犠牲者はいないが五事官は重大な案件として扱うだろう。五事官の長ウリの反応が容易に想像ついた。
タリアも動揺はしている。輝堕王、元上位神ルキと対顔したのは凡そ三百年ぶりだ。だが三百年前は一瞬で言葉を交わせなかった。神々に偶然やまぐれはない。すべては必然の導きだ。
今回の対話で得た確信がひとつある。彼の性格に変化はない。兄妹弟想いで他の神々を嫌悪し人間が嫌いだ。四界は彼の範疇にない。焔とタリアの関係を寛大に祝した理由だった。手放しで喜べないタリアの代わりに、焔が礼を述べてくれている。
堕神に堕ち、闇が支配するルキの体は、至極冷たかった。遥か昔は光を齎す神で神々しかったが、いまは暗黒を纏う堕神で禍々しい。
上位神エルは弟ルキの堕落をいまも尚、自分の愛が足りなかったせいだと嘆き苦しんでいる。エルはルキを諦めていない。天繋地で己の役目を全うし、ルキが自分の過ちを認め、天上皇に許しを請う日を願い待ち続けていた。不撓不屈の精神だ。
「あー……言伝か。ご苦労様と……、胃腸薬も渡しておいてくれるかな? きっと役に立つ」
毎日の任務で疲労困憊なウリの胃に穴が空いては困る。片頬を掻き頼んだタリアにウォンヌが首肯した。
「了解です」
「失礼致します」
ハオティエンとウォンヌが拱手する。村人の視界に入らない位置に移動し、渦状の風を巻き起こし天上界に昇った。見上げる太陽の日差しは眩しい。
ふと焔がタリアの顔を覗き込んだ。
「タリア、平気?」
「ああ、平気だよ。ありがとう焔。醜態を晒してしまったな、すまない」
上位神たる神が情けない。ルキと再会し感情が乱れ、最後は涙が流れていた。謝るタリアの目元は薄っすら赤い。焔は長い上瞼の睫毛を半分下げ、タリアの艶めいた目尻に唇を寄せる。
「醜態じゃない。タリアは常に美麗だ」
「あ、りがとう……」
「……キスしたい」
蜜を含んだ低声で囁く焔が、タリアの潤う下唇を指頭で撫でた。鼻先が触れる距離だ。
恥じらうタリアの両頬が淡く灯る。
「あ、だめだ焔……、外じゃ……」
焔の胸元を押したが微動だにしない。
「可愛い……」
タリアが抵抗する非力な左手を焔が右手で包み込み、口づける瞬間、何かが二人の腰付近に激突してきた。
タリアの外套が引っ張られる。犯人はやはりユアンだ。
「桜道士様!!」
「な、何かなユアン」
「…………」
タリアに手を離され、焔が不機嫌になる。
「僕、将来は桜道士様とケッコンする!!」
「……クソガキ」
「ギャアアア!!」
焔がユアンの頭部を鷲掴みした。ギチギチ締め上げている。五歳児相手に容赦がない。
「落ち着いてくれ焔ッ、いけない!!」
「……殺す」
「やだ~!! イダイよ~!! だずげで桜道士様ァア!!」
「――――ッ、何かひとつ、私がキミの命令に従おう!!」
タリアの苦渋の決断でユアンは解放された。焔の虹彩が燦々と煌いている。
「タリアいいの……?」
上位神に二言はない。
「……もちろんだ。如何わしい命令はだめだよ」
「――チッ」
付け足す条件に焔が露骨な舌打ちをした。
ユアンがタリアの後ろに回って焔を警戒する。ぐずぐず鼻を鳴らし涙目だ。
「うぅ……、鬼のお兄ちゃんなんで怒ったの?」
「あ~……ごめんねユアン、私は彼とケッコンする予定なんだ」
「え!! 桜道士様、結婚なさるんですか!!」
タリアの説明が丁度、ユアンの父親の耳に入った。大きな声が響き渡る。
「何だって!? 桜道士様がご結婚!?」
「なあ!! 鬼の兄ちゃんと結婚するってよ!!」
「おお!! そりゃめでたい!!」
忽ち拡散した。村人達にタリアと焔は意図せず祝福される。須臾せず質問が飛び交った。
「結婚の日取りは!?」
「ウチん村で祝言挙げるのか!?」
「結婚して村を出て行かねえよな!?」
息巻く村人の男性陣に囲まれる。タリアは戸惑い、焔の腕中に逃げ込んだ。
「日取りは三百年後になる。式は村で挙げないよ。俺は鬼界がいいけど、まあ村を出て行くかはタリア次第だね」
淡々と焔が答えた。村人達がぽかんと呆ける。
「お、おいおい鬼の兄ちゃん、日取りがおかしくねえか!?」
「さ、三百年後ダア!?」
「俺達は鬼じゃねえっ! おっ死んでるぞ!?」
「鬼の兄ちゃん三百年後はいけねえ!!」
人間の寿命は儚い。天上界や四界の者は数千と悠久の歴史と未来を生きるが、人間は百年とない。
「お前達の事情は俺達に関係ない」
焔が村人達の非難をばっさり切り捨てた。ぐうの音も出ず村人達が沈黙する。するとひとりの女性、ユアンの母親が閃きを口にした。
「予行練習はどうかしら!?」
「よ、予行練習!! いいな俺は賛成だ!!」
「おおっ、俺も賛成する!! 予行練習で二人の式をやろう!!」
「俺も賛成に一票!! 何事も練習は必須だ!!」
「桜道士様ッ、如何ですか!? 私がお手伝い致します!! お願いします桜道士様ッ!! アナタはユアンの命の恩人です!! 桜道士様の花嫁姿を拝めないまま、死にたくはありません!!」
ユアンの母親に継いで女性陣が「私も!!」と挙手する。真剣な眼差しで懇願されては断れない。
「……はあ。わかりました皆さん。予行練習します」
タリアの承諾に村人達が拍手喝采した。焔に一瞥される。
「いいの? タリア」
「ああ。練習、付き合ってくれるだろ焔」
「……何回でも付き合うよ」
ふたりのお揃いの菊結びのタッセルが微風で揺らいだ。焔はタリアを抱き締め、耳元で「楽しみだ」と呟いたのだった。
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