第十八集:魔女の正体
村人の子供ユアンは魔女のりんごを食べ、「りんごの呪いだ。三日後に死ぬ」と予言された。手足は黒く枯れ、命を蝕もうとしている。一刻の猶予もない。
タリアは情報を頼りに村の北東にあるひっそり凪いだ森に来た。徒歩数十分程度の村に隣接する所謂里山だ、濃い霧に包まれている。
白い背景にやせ細った木々の枝が歪に伸びる光景は禍々しい。
村人の話によれば、ここは子供達の遊び場だ。普段は明るく危険はないと確聞した。陽が陰に、即ち誰か人間にない者が縄張りに選んだ可能性が高い。タリアは注意深く辺りを見渡し、途上、ずっと喧嘩している三人に溜息を吐いた。
「――孤魅恐純、なんでお前がいる!?」
「――こっちの台詞だよ。足手纏いが二人も、迷惑だね」
「――はあ!? お前が迷惑の根源だろ!? 火鬼!!」
ハオティエン、焔、ウォンヌの押し問答は収拾がつかない。
「やめなさい三人共!! 焔、キミはこっちで大人しくしてて」
「わかった」
焔はタリアに従順だ。大人しくタリアの右隣に並んだ。ようやく諍いが終わる。ハオティエンとウォンヌは、タリアを素早く守れるよう左斜め前に移動し、視界不良の薄暗い周囲を警戒した。神妙な面持ちでウォンヌがハオティエンに訊ねる。
「……なあハオティエン、マジで魔女かな? 妖術?」
「……ウォンヌ、魔女はいない。人間は人間だ」
「ハオティエンが正解だよ」
魔女は空想上の人物だ。人間に超自然的能力は備わっていない。
四界の者か将又、四界と人間の血が混ざった四混種か、ユアンを苦しめる者はどちらかだ。
「ありがとうございますタリア様」
ハオティエンが礼を述べた。ウォンヌが「狡いぞお前」と文句を零している。肩をぶつけ合い進んでいた二人が突如、足を止め叫んだ。同時に咲き誇る黒い薔薇の棘に囲まれた。
「タリア様!!」
「誰かいます!!」
ウォンヌとハオティエンが軍刀を抜刀し警戒する。揺らぐ影が徐々に実体化した。こちらに一歩一歩近付き、程よい間合いを空け停止する。
「――煩い害虫達ね」
ひとりの女が現れた。女は黒いベルベット生地の衣服に、黒い細身のパワーショルダーのロングコートを纏っている。背中のタブは編み上げのリボンでレースアップされてあった。三角形のフードと、両腕、腰の両サイド、首元、帽子部分には黒い薔薇のレースが施されてあり、胸元の立体感がある薔薇の刺繍は繊細で上品だ。ベルベット生地の高級感あるレギンスも薔薇模様で黒い。厚底の15㎝ピンヒールはレザー素材で編み上げハーフブーツだ。
容貌は高低差がくっきりしている。パッチリした目の縁は黒く塗り潰されていて、アイホールの上全体と下瞼は、赤い色で陰影が作られていた。唇は艶紅が引いてある。鷲鼻とこけた両頬、吊り上がった眉が印象的だ。黒いミディアムヘアの髪型はスパイラルパーマで真ん中分けされてあった。
彼女は人間や四界、四混種にあらず、堕神だ。強膜や爪、垣間見える歯、舌が黒い。白い虹彩は不気味だ、斜め45度の姿勢でこちらを射抜いてくる。
「手土産も無しに私の新しい縄張りに来ないでくれない? 死にたくなきゃさっさと帰って、神は大嫌いなの」
「じゃあひとついいかな。魔女のりんごを食べてしまった子供がいるんだ。魔女は『呪いのりんごで三日後に死ぬ』と子に宣した。心当たりはない?」
「さあ? ないわ、りんごは大好きよ」
薔薇の茎が紆曲し女にりんごを運んだ。女は右手で掴み、丸いりんごに齧り付いた。白々しい嘘だ。
ユアンが遭遇した魔女は対峙している堕神に相違ない。タリアは毒々しい雰囲気を醸し出す女を直視する。挑発に乗ってはいけない。丁寧な口調で聞いた。
「魔女と名乗る者はキミだね。目的は? 子供を治す方法はある?」
「タダじゃないわ。アンタは私に何をくれるのかしら?」
「すまない。私はキミに何もあげられない」
「そ、じゃあ帰って目障りよ」
女が追い払う仕草をする。答える気はないらしい。
刹那、ハオティエンがハッと何かに気づいた。目線を宙にやる。
「…………ッ! タリア様! 人間が!!」
「――――!!」
ハオティエンが指差す方向に人間がいた。薔薇の棘に縛られ囚われている。数は十を超えていた。助けたいが皆、ぼろぼろに腐食し死んでいる。ユアンの如く皮膚は真っ黒だ。
「タリア様がおられる村人の人間ですか!?」
「いや、村人は減っていない! 別の村の人間だ!」
女は新しい縄張りと言っていた。恐らく以前の縄張りで殺した人間達だ。近辺で魔女の噂は広まっていない。つまり女がここに移って日は浅い。
「(相手は堕神。穏便に、はやっぱり無理か……)」
十中八九、新しい縄張りで堕神が最初に目撃した人間がユアンだ。幸運なことにユアンはまだ生きている。荒療治になるものの、りんごの呪いが堕神の能力なら本人の消滅で効果は無くなる。今後犠牲者を出さないためにも、理非を論せず、堕神を死罪に処さなければならない。天上界の神々は天上皇を裏切り離反した堕神に慈悲は与えない。それが天上皇を愛する天上界の恒久の掟だ。
「逐一、煩い連中ね……」
女が瞳孔を縮瞳させ小言を漏らした。蠢く薔薇の棘、ハオティエンとウォンヌが軍刀を脇構え指示を仰いでくる。
「タリア様!」
「タリア様!」
「――――!!」
強く頷いたタリアの合図で二人は大地を蹴り上げた。狂気的な双眼でこちらを見下げる女も、両手に柄が黒い鋭利な小刀を握り突っ込んでくる。頭上からは、堕力で強固された薔薇の茎が束になって襲ってきた。自由自在に伸縮し、棘は五センチと鋭い。
ハオティエンとウォンヌは堕神と攻防している。薔薇はタリアが神力で薙ぎ払おうとした。
「――衝天万炎」
けれど一足先に焔が天を衝く勢いで炎を繰り出し、頭上の薔薇を一気に消滅させる。薔薇は焼け焦げ灰燼と化し風で流れていった。堕神がハオティエンとウォンヌの刃を、斜に傾けた小刀で十字に切って避け、焔に怒りを爆発させる。
「よくも私の可愛い薔薇達を!! お前……ッ、鬼界の火鬼か!!」
「――火弾壊拳」
焔は女を意に介さず、攻撃を畳み掛けた。堕神は火の弾丸を八発、上半身に浴びる。透かさずウォンヌが能力で取り出した和弓に弓を番えて心臓を射抜き、眼光の残像を残すハオティエンが右薙ぎで首を刎ねた。
「ギアアアアア!!」
黒い霧が噴出する。翼を授けられていない堕神の急所は心臓と首だ。
「ガア、アアア!!」
「何だ!?」
ハオティエンが一旦、後方に回避する。堕神が消滅しない。
「ダッ、ガ……アアアアア!!」
堕神が吼えた。体が黒い霧で再生する。
「――ハオティエン、ウォンヌッ、私の後ろに!! 呪神だ!!」
堕神が更に堕ち、自我を失った者が呪神だ。怒りや恨み、生への渇望、色んな害心が黑暗に堕神を引き摺り堕とし哀れな呪神にさせる。
「呪神!?」
「あれが!? 僕は初めてみます!!」
ハオティエンとウォンヌがタリアの命令に従った。
呪神の堕力は強力だ。上級三神以下の神は、心身を容易く穢され、堕とされる。
侮れない相手に出方を窺った。
「アガ、ガアア、ギャアア!! グハッ―――」
注視していると、閃光が走り、堕神の雄叫びが途切れた。
「――堕神の恥曝しが」
漆黒の落雷で瞬殺だ。十二枚の黒い翼を羽ばたかせる男が、呪神の黒い骨灰を踏み、地上に降り立った。懐かしい光の香りがする。
「……ルキ」
「――タリア……、数世紀ぶりだな」
元上級三神の上位神、光を司る男神、次男のルキだ。現在の名は輝堕王、堕神の軍勢を率いる堕神の王であった。
明けましておめでとうございます。
今年も桜紅初恋の更新、頑張っていくので何卒、宜しくお願い致します。
今年初投稿になります。最後まで読んで頂きありがとうございます(*´Д`)
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