第十四集:黒衣官のサファ
下界の任務を終え、中央往来の間を使い、天上界に戻ってきた。下層に屋根のない二階造りの楼門を潜る。
「じゃあな、ウォンヌ」
「ああ」
ウォンヌと別れたハオティエンは纏五殿に向かった。外城は天上皇の目覚めで格官職それぞれ日常を取り戻し落ち着いている。通常が忙しい五事官は例外だ。
文歴官がいる千才殿や医研官のいる万医生殿を遠目に歩き、半時で目的地に辿り着いた。纏五殿は二階建てだ。黒瓦と墨が塗られてある黒壁が特徴的な宮殿で、床は磨かれた黒御影石床、黒大理石の柱は繊細な模様が施されてあり美しい。全体的に黒々しいが上品さはあった。
黒衣官は普段、纏五殿にいない。ハオティエンは裏手に回る。
「――サファ様」
目的の人物を発見した。纏五殿の反対側は鍛冶場になっている。たくさんの鍛冶場が軒を連ねているが、纏五殿の背面は黒衣官の長の鍛冶場だ。
加熱した金属を載せる鋳鉄製の鉄床があり、多種のハンマーが丸太に取り付けた金属のフックにかけられている。床の隅に重ねられた薪、脚付きの万力もあった。
アーチ形状の炉は耐火レンガで温度は1000度に達している。
「……ん。ハオティエンじゃないか。久しぶり」
丸太の椅子に座って休憩するサファが簡略な挨拶をした。
サファは四番目の位階、中級三神の神官、得物を司る男神、黒衣官の長だ。
黒衣官は機器や備品、武器や防具の管理、施設の維持運営を担っているが、軍事以外の行政事務を執り行う文歴官の文書管理も手伝っている。
服装は黒ずくめの特殊な衣装、黒衣だ。
腹掛、股引、着物、帯が黒で、黒頭巾のベールは生地が二重になっており、手甲の先の輪っかを中指に引っ掛けている。靴は黒の地下足袋だ。背中に自分の背丈、201㎝を優に超える大鎌を背負っていた。
背中に白文字で書かれた「一」の横棒は「長」の意味だ。他の黒衣官は「職」の白文字が書かれてある。
外見は虹彩や睫毛は黒、二重瞼で彫は深い。ぱっちりとした目の縁や唇は黒く塗り潰され異彩を放っているが、鼻筋が通った鼻は高く、黄金比率に当て嵌まる顔立ちだ。両耳に二分の一インチ、即ちハーフインチの滴型オブシディアンのピアスを付けている。オブシディアンは古来より斧や刃物に使用されてきた天然石だ。魔除けや厄除け効果がある。黒髪の髪型は全頭、コーンロウ毛先ブレイズだ。編み下ろされた髪は腰下にかかる程度に長い。
「お久しぶりです。刃毀れした刀、預けたいんですが」
「ん。いいよ、預かる」
ハオティエンの申し出にサファはすんなり了承した。
「よろしくお願いします」
腰に差す軍刀を抜き、サファに手渡す。サファは抜刀した刃を光に照らし、左右に傾け、欠けた部分を念入りに確認していた。刀は「折れず曲がらずよく切れる」なんて強靭さが下界で有名だが実は非常に脆い。刀剣の構造上、平や棟で大きな衝撃を受ければ容易く折れてしまう。
「んー……。未熟じゃないお前が珍しいね、任務で?」
「はい。硬い蔓にやられました」
刀毀れの原因は先刻の一戦だ。万季地の傑出した鹿力で操る蔓は、鋼の如く硬かった。
「んー蔓ね。四日でいい? ちょっと修理が立て込んでて」
「はい。待ちます」
サファは三百五十歳と若いが腕はいい。天官軍総帥エルのお抱えだ。才能を買う神は多く、多忙故に本来、神兵の依頼は引き受けてもらえない。
ハオティエンはアレス武官長の息子、便宜を図ってくれる父親の力、謂わばコネクションでサファと面識を持ち、「お前はいいよ」と特別に優遇されていた。五事官の長ウリの息子、ハオティエンの幼馴染ウォンヌも然りだ。
「ん。身幅と肉厚が減少する。刃文が抜けるな。んー……、捲れた傷だし新しいの作る?」
「え……新しい刀、作って下さるんですか?」
刀の作刀工程は素材となる玉鋼を水減しで選別し、厳選した玉鋼を折り返し鍛錬する。
次に刀の形を火造りで整形して、刃文と反りが生じる焼き入れに移り、最後に刀鍛冶自身が刀を研ぐ鍛冶押しで仕上げ、自らの名前を刻む銘切りを経て終了だ。
労力の要る作業に負担をかけてしまわないか、ハオティエンは心配になった。
「ん。能力発揮できない刀でお前に不覚を取らせたくない。俺の矜持が許さない、いい?」
万一がハオティエンを襲ってはいけない。前途を危惧するサファの気持ちを、ハオティエンは汲み取り委任する。
「はい、ありがとうございます。サファ様にお任せします」
「ん。ハオティエンお前、上位神タリア様の護衛してるって?」
唐突に話が切り替わった。じっと直視され答えざるを得ない。
「まあ、はい。数回ですが」
「んー、数回も。凄いじゃん。俺も直に会ってみたいな。火鬼と婚約したって、本当なの?」
サファは鍛冶場に籠りっぱなしだ。情報の入手方法は限られている。他人に聞いた噂が誠か否か、ハオティエンで確かめていた。
「……認めたくないですが」
夢であれと日毎夜毎、願っている。けれど火鬼とタリアはお揃いの耳飾り、菊結びのロングタッセルを左耳に吊り下げていた。天上皇が二人の将来を許した証が現実だ。
「ん、本当か。流言じゃなかったのか。なんで火鬼?」
「なんで、わかりません。俺も『なんで』状態です」
豊さと開花を司る上位神タリアは見目麗しく、惹かれない神々はいない。タリアを慕い恋う神々の中には上級三神もいる。
しかし彼らはタリアを崇拝するのみで行動せず、数千年と互いを牽制し合った結果、火鬼に横取りされる最悪な現状を迎えてしまった。まさに悲劇だ。
「んー。タリア様って憧憬の的だよね。女神にない謙虚さがあるし。娶りたい男神、いっぱいだっただろ」
「まあ、でしょうね」
「ハオティエン、お前も?」
「滅相もない。俺はタリア様を崇敬してます。上級三神で公平を期する神はタリア様くらいです。愉快にない中級三神や下級三神もいるでしょう。守ってあげたいんです」
純真無垢な上位神タリアは階位に拘らず平等で優しい。タリアの魅力的な一面を賛称する神々がいる一方で、それを僻み、妬み、対抗心や敵対心を抱く神々も少なからずいる。タリアが傷付けられないよう、ハオティエンは傍に仕え護衛したい。曇りのない本心だ、偽りはない。
「ん。武士の鑑だね」
「ありがとうございます」
「――サファ」
そこへ突如、正義を司る男神、天官軍の総帥、上位神エルが現れた。
サファとハオティエンが直立し、無言で拱手する。
「宮殿に来い。剣を研いでくれ」
エルは白軍衣に白軍帽を被っていた。靴は白い長靴だ。白軍衣はハオティエンの黒軍衣と色以外に比類はない。ただ数点、袖口の折り返しやサイドズボンの縁、肩章や鉢巻と天井部のパイピングは金色だ。
白く短い髪を後頭部で束ね、二重瞼の白い両眼は額と合わせて三つある。目鼻立ちがよく唇や肌は白い。
「…………」
「ああ、喋っていい」
「ん。行きます」
エルの許可を得てサファが首肯した。
「黒軍衣……、ああお前はタリアといた武官か」
エルがハオティエンを一瞥し、目を見張る。文龍の一件で二人は対面済みだ。
「ん。エル様、タリア様ご婚約おめでとうございます」
刹那、サファが祝福の言葉を贈った。突然の爆弾の投下にハオティエンが青ざめる。天上界の既知の事実、エルがブラザーコンプレックスだとサファは知らない。
「…………」
禁句の呪文を唱えられ、エルが制止した。正しくは気絶した。白い眼が裏返っている。
「――エル様!! 接触のご容赦を!!」
「ん? なに……」
サファがきょとんとした。エルの体が崩れかけ、ハオティエンが咄嗟に支える。エルの再起動に約一時間を要したのだった。
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