第十三集:報告
天上界外城、神々が天地を行き来する中央往来の間を使い、ハオティエンとウォンヌは天上界に昇ってきた。
中央往来の間は四角形の断面を持ち、上方にいくにつれて徐々に狭まった、高く長い直立の石柱だ。先端部分は四角錐になっていて、金の薄板で装飾されてある。
「じゃあな、ウォンヌ」
「ああ」
ハオティエンと別れたウォンヌは五事官が務める五法殿に足先を向けた。
五法殿は芥子色の釉薬が塗られた薄手の平瓦が特徴的だ。裏は蓮の花の形をかたどった庭園がある。床は石床で、表構えは三階建てと大きい。
五事官は鬼界、狐界、狼界、鹿界、下界、の五界すべての界事を担う天上界で最も忙しい官職だ。
五界に関した会議、猟奇事件や怪奇事件の解決、神員配置、転仕、神材育成、処遇管理、安全性管理、能力や成果の評価制度の運用、任務能力に関する事柄、現場支援、格官職との連携及び指導に助言、昇給昇格、等々、幅広い業務を請け負っている。進捗管理能力や臨機応変な対応力が欠かせない大変な任務内容だ。故にウォンヌは五事官を志願せず武官になった。
「――ウォンヌ、お疲れ様です」
途中で中級三神の神官、界事を司る男神、五事官の長ウリと邂逅する。既視感を覚えた。ウリに予知能力はないが、こちらが出向く度に待ち伏せされては疑いたくもなる。
「お疲れ様ですウリ様、偶然ですね」
「いえ必然です。アナタが来る頃合いを見計らい待っていました」
硬直的でない柔軟な思考が推測の的中率を上げているに違いない。優先順位を明確にし物事を論理的に考える。さすがは五事官の長だ。
ウリは五事官の服装規定、長袍を着用している。亜麻色のロング丈だ。ゆったりとした袖口、白襟との二重襟で、袖は折り返しカフス白袖になっている。ビンテージな立ち襟で胸元に並んだ三つ葉のチャイナボタンは金色だ。両サイドにスリットが入っており褌衣は白、花柄が刺繍された布製の靴を履いている。滑らかな曲線を描く靴先は丸い。
容姿はパッチリの金目に上下長い睫毛、細い鼻筋に小さな小鼻、目元に濃い隈がある。あどけない、ベビーフェイスの顔立ちだ。髪は金色、髪型は前髪を眉上で、後ろ髪は首付近で、切り揃えられていた。所謂おかっぱ頭の髪型だ。両耳に縦二十センチ、横五センチの神札のピアスが吊り下がっている。息子ウォンヌとお揃いであった。
「……遅くなり申し訳ありません」
「いえ、序でです。お気になさらず。報告は簡明にお願いします」
簡潔な語呂だ、無駄がない。てきぱきした口調でウリに促され、ウォンヌが本題に入る。
「はい。柳緑村に於ける討伐案件の結果ですが、彷魂を操り人間三十六名を殺戮した主犯の四混種ケッキ死亡、青銅面具の彷魂全浄化、首謀者の緑鹿――四混種を創り、人間クリシュナを殺害した万季地は緑鹿――漠の協力で逃亡、以上になります。こちらに詳細をまとめました」
ウォンヌはウリに数枚の書類を手渡した。受け取るウリの溜め息は深い。
「ありがとうございます。はあ、緑鹿は逃げましたか」
「……完遂に至らず、すみません」
「主犯格は天罰が下ったのです。悲観せず、皆さんの無事が第一ですよ。鬼界の三災鬼、狐界の三毒狐、狼界の三厄狼、鹿界の二凶鹿は折り紙付きの悪です。彼らは神々を滅ぼす強さがある、力量は天上界の上位神に相当します。僕たちは互いを干渉しない不文律で天地の均衡を保っている要素がありますが、近年、表立って彼らが下界を脅かす所業は座視するに忍びないですね……はあ」
確かに数千年の歴史上、三災鬼や三毒狐、三厄狼や二凶鹿が自ら下界に赴き、人間を襲う事例は少ない。大抵は下っ端に計画を実行させ、自分は高みの見物だ。
気紛れなのか、意図的なのか、どちらにせよ見過ごせない。
「……悔しいですが、万季地の鹿力に勝る孤魅恐純の一撃がなければ、僕かハオティエンのどちらかが消滅させられていたかもしれません」
漠が万季地を連れ撤退した要因のひとつに、火鬼の存在もあったはずだ。
「天の導きはアナタ方ふたりを生かした。それもまた実力のうちです」
「……はい」
ウリに諭されたウォンヌは頷かざるを得ない。天の導き、即ち天帝、天上皇の御心でウォンヌとハオティエンは助かった。断じて「孤魅恐純のお陰」ではない。しかし事実、不快だが、そう言った経緯になっていることは否めない。ウォンヌは緑鹿と火鬼を脳裏に浮かべ、和弓の威力を上げるべく、このあと精極殿に寄って鍛錬しようと心に決めた。
疲労困憊気味のウリが、目頭を親指と人差し指で摘まみ聞いてくる。
「タリア殿に怪我はないんですよね?」
「はい」
ウォンヌは二つ返事をした。話が切り替わり若干、空気が和らいだ。
「ご婚約の件は? 三百年後の人言は真で?」
「……まあ、認めておりました」
「タリア殿に先日、口頭でハッキリ、僕は訊ねそびれました。恋人は目視で確証が……、婚約は確たる証拠が?」
「天上皇が三百年後、タリア様を火鬼に嫁がせる証、菊結びのタッセル――」
「俺は認めん!!」
突如、ひとりの男神が会話に割り込んでくる。序列四番目の神官、戦いを司る神、武官の長アレスだ。あからさまに機嫌が悪い。
身に纏う黒軍衣はウォンヌと同様の形状で、靴も黒い長靴と一緒だった。これが武官の服装規定になる。二人の軍衣で異なる箇所は金色の肩章、ズボンサイドを囲む緋色の縁、黒軍帽の鉢巻と天井部のパイピングが緋色、この三点だ。腰に差す軍刀の刀帯、柄、鞘も緋色で統一されてある。
容貌は小顔のすっきりとしたしょうゆ顔だ。瞳と長い睫毛は黒、目元に沈着した隈は今日は比較的薄い。黒髪の長髪は頭部の高い位置で束ねられている。ハオティエンに瓜二つなアレスは正真正銘、彼の父親だ。
「うわ!! 何ですかアレス武官長、いきなり!」
「清浄潔白なタリア様が可哀相だ。口八丁手八丁な火鬼に騙されてんだろ?」
天上皇に忠義が厚いアレスは、天上皇創りし最後の男神、上位神タリアを渇仰して止まない。タリアと孤魅恐純の噂も頑なに信じていなかった。
「まあアレス武官長に同感です」
相手は三災鬼の火鬼だ。即刻、火鬼と絶縁してほしい願望はある。
「今日は愚鈍じゃねえな、ウォンヌ」
「今日も、ですが」
「――って、何かお前埃っぽくねえか?」
アレスがウォンヌの肩を叩いた。砂埃が舞い、潔癖症のウリがスススと後退る。漠の能力、砂蟻地獄のせいだ。
「……放っておいて下さい」
「はーん? 神兵が情けねえ、ハオティエンは?」
「更に酷いですよ」
「ハッ、ざまあねえな」
アレスは鼻で笑った。語法の欠如は今更だ、息子ハオティエンが指摘しても直らない。
「じゃあ僕は、そろそろ失礼します」
兎に角いまはお湯を浴びたい。清潔にしたい。消毒したい。ウォンヌが首を垂れ挨拶をしたが、アレスがウォンヌの首に腕を回し引き止める。
「おいウォンヌ、待て」
「嫌です。ちょ、武官長、ゥオ重ッ!!」
「タリア様と火鬼を別離させる案を練るぞ」
「いまですか!? 僕は――」
「タリア様奪還の会、結成だ。来い」
アレスは強制的にウォンヌを引き摺って行った。ウリは肘を軸に綺麗な所作で手を振っている。そして二人の背中を見送りながら「ストレスですかね、やはり」などと独り言ちていた。
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