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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
第二幕:~.。.:*✽桜紅の結び✽*:.。.~
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第十二集:魂に慈悲を


 「――火槍一突(ひそういっとつ)


 「――グッ、ガハ……!!」


 (ほむら)の火の(やり)で貫かれ万季地(まきじ)片膝(かたひざ)を突いた。木の壁が瓦解(がかい)する。


 「クソガキが……ッ!」


 「ハッ……、タリアに(あだ)()すヤツは俺が殺す」


 吐血した万季地(まきじ)に刺さる火の槍が火勢(かせい)した。万季地(まきじ)喚呼(かんこ)する。野太い(たけ)りだ。


 「グァアアアッ、ヒ、オニ……!!」


 「――砂蟻地獄(しゃぎじごく)!!」


 突如(とつじょ)、場にいない者の一声(いっせい)が響き渡った。

 

 自然の大地が生んだ鹿神(しかしん)に等しい存在、神の天敵で鹿界(しかかい)二凶鹿(にきょうじか)緑鹿(りょくじか)(ばく)だ。年齢は(およ)そ八百五十歳、万季地(まきじ)と似て非なる鹿だ。2m55㎝とこちらも上背(うわぜい)がある。

 彫りの深い二重瞼(ふたえまぶた)眉目秀麗(びもくしゅうれい)顔貌(がんぼう)で、緑色の虹彩(こうさい)瞳孔(どうこう)五芒星形(ごぼうせいがた)、鼻筋が高い。万季地(まきじ)瓜二(うりふた)つの容姿だ。分厚い上下の睫毛や爪も緑色で、上向きの平たいヘラジカの(つの)二本に、同色の髪は刈上げツーブロックショートとこちらの髪型は厳つい。

 服装は相済茶(あいすみちゃ)のシャルワニだ。素材は黒のシルクで純色の鮮やかな刺繍がふんだんに(ほどこ)してある。ズボンは黒のチュリダを穿いており、靴はモジャリでシャルワニと揃えた刺繍は華やかだ。万季地(まきじ)と趣味が似ているせいか、二人の身形(みなり)が統一感ある装いになっていた。

 

 (ばく)鹿力(しかりょく)の能力で地面がさらさらの砂状(さじょう)になる。穴の形は逆円錐形(えんすいけい)だ。


 「うわっ!! ハオティエン!! 雑菌が!!」


 「オイッ、ウォンヌ!! 短袴(ズボン)を引っ張るな!!」


 「ちょっ、(すべ)る!! ハオティエンッ、下になれよ!!」


 「お前がなれ!!」


 斜面は傾斜(けいしゃ)が急で角度は40度、ウォンヌとハオティエンが半分の位置まで、仲良く一緒に転げ落ちた。互いを土台にし合い小競り合っている。


 「タリア……!」


 「(ほむら)……!」


 瞬時に木の太い根っこを左手で掴んだ(ほむら)は、右腕でタリアを抱き寄せ、遠心力で跳んだ。二人は(なん)を逃れる。四人が砂蟻地獄(しゃぎじごく)(はま)っている隙に、(ばく)は深手を負う万季地(まきじ)を連れ、忽然(こつぜん)と消えた。


 (ほむら)が露骨な舌打ちをする。


 「チッ……」


 「二人は双子か?」


 安全な場所に降ろされたタリアが、眉を(ひそ)める(ほむら)に訊ねた。


 「いや、双子じゃない」


 「彼は危険を冒して万季地(まきじ)を助けた」


 「まあね。二人の仲は利害の一致で成り立っている。双方が取引相手、共存共栄(きょうぞんきょうえい)だよ。万季地(まきじ)が数百年動けなくなれば甚大(じんだい)な損害を(ばく)が受ける。情けや仲間意識で助けたんじゃない」

 

 (ほむら)の説明に耳を傾ける。訳柄(わけがら)が何にせよ、首謀者の万季地を取り逃がしてしまった。刹那(せつな)五事官(ごじかん)ウリが脳裏に浮かんだ。説教は免れない。


 太息(ふといき)を零すタリアにウォンヌが救助要請する。


 「タリア様ッ、タリア様ァ!!」


 「うわああ!! すまない!! ああッ、ハオティエン!! しっかりして!!」


 二人の存在をすっかり忘れていた。タリアは砂蟻地獄(しゃぎじごく)を覗き込んだ。ウォンヌは(かろ)うじて上半身が出ているが、ハオティエンは全身がすっぽり埋まっていた。

 

 タリアは分厚い(つる)を投げ、二人を引き上げる。間一髪の救出だ。


 「あー……。ウォンヌ、ハオティエン、怪我はないか?」


 「ペッ、はい……、ありがとうございます。ゴホッ、お手数おかけし申し訳ありません」


 「ゴホッ、ゴホ、……ありがとうございますタリア様、命拾いしました」


 砂塵(さじん)が舞うウォンヌとハオティエンは、口内の砂粒(すなつぶ)に苦戦しつつ感謝を告げた。砂塗(すなまみ)れで真っ白な状態の二人を(ほむら)揶揄(やゆ)る。


 「砂遊びが趣味って幼稚だね、(いち)()は」


 「射殺(いころ)されたいか!?」


 「微塵切(みじんぎ)りにしてやる」


 ウォンヌとハオティエンが噛み付いた。


 「ハッ、威勢はいい」


 (ほむら)は興奮する二人を鼻で笑う。二人を見下げる両眼(りょうがん)は挑発的だ。


 「こんの……火鬼(ひおに)ッ!!」


 「孤魅恐純(こみきょうじゅん)……、威勢だけか試してみるか?」


 案の定の喧嘩に発展した。険悪な関係の溝が埋まる気配はない。


 「やめなさい三人共!! (ほむら)、二人を虐めないで」


 「タリアを(わずら)わせた(いち)()が悪い」


 真顔な焔はややご機嫌斜めだ。声音に若干の不満が滲んでいる。


 「(いち)()はいけない。ハオティエンとウォンヌだ、……彼らは尽力してくれた。(ほむら)、キミもだよ。ありがとう」


 二凶鹿(にきょうじか)万季地(まきじ)狡猾(こうかつ)で強敵だった。独善的(どくぜんてき)殺生(せっしょう)躊躇(ためら)いがない。天上界が(きょう)と名付けた理由に納得だ。そんな万季地(まきじ)()火鬼(ひおに)の攻撃力は、流石(さすが)の一言に尽きる。お陰でハオティエンとウォンヌは無事だった。


 「タリアを守るためなら、俺は何だってする」


 (ほむら)の行動の要素はすべてタリアで構成されている。一種の自己犠牲の発言に偽りはない。孤独の果てで見つけた焔の生きる意味はタリアだ。

 上位神(じょういしん)タリアを尊崇(そんすう)し、忠誠を誓い献身する神々は多いが、(ほむら)がタリアを想う気持ちには執着や嫉妬、独占欲が混ざっていて、神聖さは微塵とない。けれど、それが火鬼(ほむら)の愛の表現の仕方だ。焔との恋仲の期間で重々にタリアも理解している。


 「私もだよ、(ほむら)


 愛が突き動かす言動は理屈で語れない。タリアも焔と出逢い、恋と愛を知り、たくさんの感情を学んでいた。


 「はあ、はやく帰ろう。タリアと二人になりたい」


  帰宅を促す(ほむら)の語尾にウォンヌが黙っていない。


 「お前ッ、逐一(ちくいち)ッ、腹が立つな!!」


 「ご勝手に、本心だ」


 「……ぐぬぬぬ」


 タリアに一度怒られた手前、二度目の舌戦はしたくないのだろう。ウォンヌは苛立ちを奥歯で噛み砕き耐えた。ハオティエンは平常心を保っている。否、装っている。蟀谷(こめかみ)怒筋(どすじ)は隠せていない。


 (いさか)いを起こさず無言で威嚇(いかく)し合う三人は奇抜な状態だ。仲裁はいらないと判断したタリアは、横たわるクリシュナとケッキの亡骸の傍に行き(ひざまず)いた。


 「…………」


 十八歳、若い二人の死に心が痛んだ。再会が別れになり気が(とが)める。


 「タリア、タリアに非はない」


 後ろに立つ焔が思考を否定した。


 「ああ。わかっている」


 クリシュナ、ケッキ、各々の魂の運命だ。タリアに二人の未来は変えられない。

 二人が今世(こんせ)で経験した喜怒哀楽、相思相愛は来世の魂に継がれる。

 

 「――魂天来華(こんてんらいか)


 上位神(じょういしん)タリアが二人の魂に慈悲をかけた。花々の導きで目映い光が夜天(やてん)に昇る。二人の魂を見届け、タリアは立ち上がった。


 「遺体は許万官(きょばんかん)に託そう」


 ケッキは四混種(しこんしゅ)だ。形骸(けいがい)が人間の心身に害を及ぼす可能性は捨てきれない。人間にない死屍(しし)界事(かいじ)を担う五事官(ごじかん)と、罪や(けが)れを(はら)許万官(きょばんかん)が対応する。

 

 「俺が報告しておきます。クリシュナは人間ですがタリア様の情けを直々に頂戴しています、丁重に(ぐう)するよう伝えておきます」


 ハオティエンが機転を利かせてくれた。安堵するタリアは片頬(かたほお)を掻き、(つい)でに苦笑して頼んだ。


 「あー……じゃあ、万季地(まきじ)の報告もいいかな?」


 五事官(ごじかん)(おさ)ウリは生真面目な性格で、任務の次第をつぶさに報告しなければならない。小言と一式でタリアは苦手だった。


 ハオティエンも青ざめ不得手(ふえて)な表情になる。


 「……うっ、万季地の、……ウォンヌいいだろう?」


 「……はあ、ウリ様に……、承りました」


 ハオティエンがウォンヌに面倒事を投げた。

 ウォンヌは投げ返す相手がいない。不承不承(ふしょうぶしょう)拱手(きょうしゅ)したウォンヌに、タリアは胸中(きょうちゅう)で謝罪し視界を上げる。


 「――あ、空が」

 

 時刻は()(こく)初刻(しょこく)だ。沙羅双樹(さらそうじゅ)の林に朝焼けが差した。

 地球の息吹きで黄金色に染まる下界は美しい。呟くタリアの左手を(ほむら)が優しい手つきで(すく)う。


 「……タリア」


 そっと細い指先に口づけた。タリアを射抜く目線は(なま)めかしい。


 「ほ、焔……」


 「可愛い……」


 鴇色(ときいろ)になるタリアの両頬(りょうほお)に焔がバードキスをする。そのまま潤んだ唇に移動しかけ、タリアが焔の口元を左手の平で塞いだ。


 「あ……、ちょっと待って(ほむら)……」


 「嫌だ」


 「ダアア!! 孤魅恐純(こみきょうじゅん)!! お前いい加減にしろ!! 神聖なるタリア様に!! 上位神(じょういしん)タリア様に!! 僕の眼前(がんぜん)でタリア様に馴れ馴れしくするな!!」


 到頭(とうとう)、ウォンヌの堪忍袋の緒が切れた。涙目で訴える。ハオティエンも続いて諫言(かんげん)した。


 「タリア様、孤魅恐純(こみきょうじゅん)不逞(ふてい)(やから)です! 即刻ご婚約破棄(はき)をなさって下さい!!」


 「……殺す」


 重ね重ねの不快が沸点を突破し、(ほむら)鬼灯丸(ほおずきまる)抜刀(ばっとう)する。ウォンヌとハオティエンも和弓と軍刀を構え戦闘体勢だ。


 「やめなさい三人共!! 何故(なぜ)そうなるんだ!!」


 タリアは自分が原因の渦中(かちゅう)にいると夢にも思っていない。三人の小競り合いは三十分後、タリアが「私は帰る」と移境扉(いけいひ)を開いたことで、幕を閉じたのだった。


 

最後まで読んで頂きありがとうございます(*´Д`)


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また次回もよろしくお願いします(*^^)ノシ

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