第十集:あの日の夜
「ああっ、牧場にストール忘れてきちゃった!!」
帰宅してお風呂に入り、明日の支度をしている際、ふと思い出した。時刻は亥の刻だ。迷ったがケッキは着替え、慌てて家を出る。靴下は履いている暇がなかった。
途中、灯りのない暗闇で男の子とすれ違う。
顔周りに黄色いマフラーを巻き付け、上は襟部分に四つのボタン留めがあるニット製の長袖のポロシャツだ。下はカーキのチノ・パンツを穿いていた。靴は黒のフラットサンダルで身長は174㎝、顔立ちは浅黒い褐色の肌に二重瞼の大きい目、黒い瞳、ゲジゲジの太い眉毛に、唇は厚く、鼻は高い。
一瞬で誰かわかる。幼馴染のクリシュナだ。
出生からの経過年数を共に過ごした親友で、幼い頃は出稼ぎに行く親に代わってよく面倒をみてくれた。
「おい!! ケッキ!! お前こんな時間にどこ行くんだよ!? しかもそんな薄着で!!」
クリシュナに指摘され、足下を見やる。爪先の末端が紫色に変色していた。今日の最低気温は5℃だ。致し方がない。
「牧場にストール忘れちゃって、橙色の!! 取ってくる!」
「はあ!? 明日でいいだろ!?」
クリシュナは恐らく先週、隣村で集団強姦事件があり、その心配してくれている。ケッキも夜道は怖いが、忘れたストールはクリシュナが一生懸命に働き、ケッキの17歳の誕生日にくれた贈り物だ。絶対に失いたくはない。
「だめよ!! 誰かに盗まれちゃう!! すっごくすーっごく、お気に入りのストールなの!!」
「あーしゃあねえ! じゃあ俺も一緒に行く!」
「叔父さんっ、アンタが遅いって怒鳴ってたわよ!! 大丈夫、すぐ戻るから!!」
クリシュナの叔父は近所で有名な大酒飲だ。先週に一昨日と隣人を殴り大怪我をさせていた。クリシュナは乱暴に頭を掻き、やむを得ない語調で許してくれる。
「あーくそっ!! すぐだぞ!! すぐ!!」
「はーい!」
ケッキはクリシュナに手を振り、牧場に急いだ。距離は近い、走って十五分程度で到着した。
「――んー……、確かここら辺に……。あっ、あった!!」
記憶通り牧場の柵に目当てのストールがかかっている。ケッキはストールを首に巻き踵を返すが、見慣れない男達が四人、立っていた。服装はクリシュナと同様で長袖の白シャツにチノ・パン、加えて寒い乾季に欠かせないマフラーだ。年齢は二十を優に超えている。
「可愛いね、何歳?」
「俺らと遊ばない?」
「初々しいね~!」
嫌な雰囲気だ。軽い調子の男達を相手せず、ケッキは素通りした。
「え~、無視はない――でしょ!! っとぉ!!」
男に左手首を掴まれる。ケッキは無防備な腹部を一発、唐突に殴られた。容赦のない一撃が鳩尾に減り込み視界がチカチカする。
「――ヴッ、ゴホッ!!」
「ごめ~ん、ね!!」
「アッ、ガ、……イヤッ、グッ、やめて!!」
ケッキは男達に何度も殴打され蹴られ平手打ちされた。飽きるのを待ち、数十分、耐え忍んだものの、激しい痛みに耐えらえず倒れてしまう。一弾指に男がケッキに跨った。
「おいしょ、っと」
「――――ッ!」
今後の展開が脳裏に過り、恐怖で背筋が凍る。ケッキは手足をばたつかせ叫んだ。
「……うそ、ぁ、イヤッ……、イヤアア!! やめてお願い!! 誰か!! 誰かアア!!」
牧場に木霊した悲痛な声を拾ってくれる者はいない。
「ハハッ、若いっていいねえ!! 久しぶりの処女!! 柳緑村に来た甲斐があったわ~」
「お願いッ、イヤッ、お願いやめて!!」
「は~い始めますよ~!!」
男は服を破き、裾を捲り、両足の太腿を開き、ケッキの体を弄り始める。必死の抵抗も空しく、ケッキはたらい回しに揺さぶられ、好き勝手に弄ばれ、四人の男に強姦された。心体がぼろぼろのケッキは意識が遠退いている。
「おや、お楽しみ中かい?」
そこに深碧のシャルワニを着た二凶鹿のひとり、自然の渾沌、大地が生んだ緑鹿の万季地が現れた。眉目秀麗な面貌で、緑色に輝く虹彩、妖しい瞳孔は五芒星形だ。ヘラジカの角が二本、頭部にある。長髪を半分ずつ角に巻き付いていた。
「ウワァア!! し、鹿族だ!!」
「ひいいいいッ!!」
驚愕で腰を抜かす男達を見下げ、万季地が品定めする。
「ふむ…、いい肉付きだ。内臓もふっくらしている、申し分ない肥料だ」
ケッキを犯した男達は皆、栄養分を蓄えている健康的な体格だった。筋肉もそこそこある。男達は偶然か必然か天罰か、奇しくも万季地独自の判断基準を満たしたらしい。
「なな、内臓って……!!」
「肥料ってなんだよ!?」
「い、い、いやだああ!!」
後退るひとりの男が、体を反転させ逃げ出した。万季地が能力で太い蔓を操り串刺しにする。
「おっと」
「ガハ……ッ!!」
「アハハ、いいね芸術だ」
血を噴き出す男が蔓で宙に吊るされた。死人を嘲笑う万季地、月が照らす光景は嗜虐的で悍ましい。
「アッ、アアアッ、嘘だろオイッ!!」
「バッ、バケモンだ!! うわぁあ!! や、やめてくれええ!!」
慄く男達が一斉に分散し駆け出した。万季地によって、ひとりは頭を、ひとりは腸を、ひとりは心臓を、自由自在に動く蔓で仕留められていく。万季地は狩人の感覚で惨殺の享楽に浸っていた。
――四半刻もせず、静謐な夜が戻る。
万季地が男達の死体を細い蔓で縛り終えた。そして横たわるケッキに歩み寄り、傍らで左の膝頭を地に突ける。モジャリの靴底が小石をジャラリ踏み鳴らした。
「――さて」
「ハ……、ハ、……ぁ……り……」
ケッキは万季地に感謝を告げたい。残虐な一部始終はケッキの恨みを晴らしてくれた。苦痛を和らげてくれた。あられもない姿だが、死ぬ前に伝えたい。だが呼吸がままならない。潰された咽喉、歯も砕け、あばら骨も折られている。ケッキは悲惨な状態だった。悔しさで目元が潤んでいる。
「生きたいかい?」
「……っ」
まるで希望がある物言いだ。一縷の望みがあるなら縋りたい。無論、生きたい。帰りたい。でも穢れてしまったケッキは二度とクリシュナに会うことはできない。資格がない、許されない、許してほしくない、今日起こった現実を認めたくない。
『あーくそっ!! すぐだぞ!! すぐ!!』
クリシュナと最後に交わした約束は守れない。ケッキの涙が溢れ頬を伝う。
「うっ……」
「キミは死んだも同然だ。生まれ変わって……ああ、悪い男を退治してはどうだろうか? か弱い女の子を救う生き方だ。キミがした経験、友達にさせたくはないだろう?」
「………っ、……」
新しい生き方を提案された。死ぬか生きるかの二択だ。ケッキに残された道はひとつしかない。目配せで肯定するケッキに、万季地は顔に翳を落とし、ほくそ笑んだ。
「じゃあ下界にある俺の隠家に行こう。ああ、大丈夫だ、キミは眠ってくれていて構わない。俺が運んであげよう」
万季地がケッキを抱き抱える。壊さぬよう、至極優しい手つきだ。ケッキはふわり香る自然の匂いに安堵した。
四界の一族は恐ろしい、それは既知の事実だ。けれどケッキが覗き見る万季地が助けてくれた事実にも偽りはない。
「(神や仏なんていないのよ……)」
暮らしの一環で日夜していた礼拝は無意味だ。人間の卑怯で残忍、苛虐な一面に痛めつけられたケッキは信仰心を捨てる。
神は助けてはくれない。神は慈悲を与えてはくれない。これを「試練」の一言で片付けるであろう神を、ケッキは愛せなくなった。自分自身さえ愛せなくなった。
「(死にたく、ない……)」
万季地の規則正しい鼓動の音、歩調に、瞼が段々と重くなる。せめて夢の中では幸せでありたい。
「(さよなら……、クリシュナ……)」
夢現にクリシュナに別れの挨拶をする。ケッキは体力の限界を迎え意識を手放したのだった。
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