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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
第二幕:~.。.:*✽桜紅の結び✽*:.。.~
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第十集:あの日の夜


 「ああっ、牧場にストール忘れてきちゃった!!」


 帰宅してお風呂に入り、明日の支度をしている(さい)、ふと思い出した。時刻は()(こく)だ。迷ったがケッキは着替え、慌てて家を出る。靴下は履いている暇がなかった。


 途中、(あか)りのない暗闇で男の子とすれ違う。


 顔周りに黄色いマフラーを巻き付け、上は(えり)部分に四つのボタン留めがあるニット製の長袖のポロシャツだ。下はカーキのチノ・パンツを穿()いていた。靴は黒のフラットサンダルで身長は174㎝、顔立ちは浅黒い褐色(かっしょく)の肌に二重瞼(ふたえまぶた)の大きい目、黒い瞳、ゲジゲジの太い眉毛に、唇は厚く、鼻は高い。


 一瞬で誰かわかる。幼馴染のクリシュナだ。


 出生からの経過年数を共に過ごした親友で、幼い頃は出稼ぎに行く親に代わってよく面倒をみてくれた。


 「おい!! ケッキ!! お前こんな時間にどこ行くんだよ!? しかもそんな薄着で!!」


 クリシュナに指摘され、足下を見やる。爪先(つまさき)末端(まったん)が紫色に変色していた。今日の最低気温は5℃だ。致し方がない。


 「牧場にストール忘れちゃって、橙色(だいだいろ)の!! 取ってくる!」


 「はあ!? 明日でいいだろ!?」

 

 クリシュナは恐らく先週、隣村(りんそん)で集団強姦(ごうかん)事件があり、その心配してくれている。ケッキも夜道は怖いが、忘れたストールはクリシュナが一生懸命に働き、ケッキの17歳の誕生日にくれた贈り物だ。絶対に失いたくはない。


 「だめよ!! 誰かに盗まれちゃう!! すっごくすーっごく、お気に入りのストールなの!!」


 「あーしゃあねえ! じゃあ俺も一緒に行く!」


 「叔父(おじ)さんっ、アンタが遅いって怒鳴ってたわよ!! 大丈夫、すぐ戻るから!!」


 クリシュナの叔父(おじ)は近所で有名な大酒飲(おおざけのみ)だ。先週に一昨日と隣人を殴り大怪我をさせていた。クリシュナは乱暴に頭を()き、やむを得ない語調(ごちょう)で許してくれる。


 「あーくそっ!! すぐだぞ!! すぐ!!」


 「はーい!」


 ケッキはクリシュナに手を振り、牧場に急いだ。距離は近い、走って十五分程度で到着した。


 「――んー……、確かここら辺に……。あっ、あった!!」


 記憶通り牧場の(さく)に目当てのストールがかかっている。ケッキはストールを首に巻き(きびす)を返すが、見慣れない男達が四人、立っていた。服装はクリシュナと同様で長袖の白シャツにチノ・パン、加えて寒い乾季(かんき)に欠かせないマフラーだ。年齢は二十を優に超えている。


 「可愛いね、何歳?」


 「俺らと遊ばない?」


 「初々しいね~!」


 嫌な雰囲気だ。軽い調子の男達を相手せず、ケッキは素通りした。


 「え~、無視はない――でしょ!! っとぉ!!」


 男に左手首を掴まれる。ケッキは無防備な腹部を一発、唐突(とうとつ)に殴られた。容赦(ようしゃ)のない一撃が鳩尾(みぞおち)に減り込み視界がチカチカする。


 「――ヴッ、ゴホッ!!」


 「ごめ~ん、ね!!」


 「アッ、ガ、……イヤッ、グッ、やめて!!」


 ケッキは男達に何度も殴打(おうだ)され蹴られ平手打ちされた。飽きるのを待ち、数十分、耐え忍んだものの、激しい痛みに耐えらえず倒れてしまう。一弾指(いちだんし)に男がケッキに(またが)った。


 「おいしょ、っと」


 「――――ッ!」


 今後の展開が脳裏に(よぎ)り、恐怖で背筋が凍る。ケッキは手足をばたつかせ叫んだ。


 「……うそ、ぁ、イヤッ……、イヤアア!! やめてお願い!! 誰か!! 誰かアア!!」


 牧場に木霊(こだま)した悲痛な声を拾ってくれる者はいない。


 「ハハッ、若いっていいねえ!! 久しぶりの処女!! 柳緑村(りゅうきょくむら)に来た甲斐があったわ~」


 「お願いッ、イヤッ、お願いやめて!!」


 「は~い始めますよ~!!」


 男は服を破き、(すそ)(めく)り、両足の太腿(ふともも)を開き、ケッキの体を(いじ)り始める。必死の抵抗も空しく、ケッキはたらい回しに揺さぶられ、好き勝手に(もてあそ)ばれ、四人の男に強姦(ごうかん)された。心体がぼろぼろのケッキは意識が遠退(とおの)いている。


 「おや、お楽しみ中かい?」


 そこに深碧(しんぺき)のシャルワニを着た二凶鹿(にきょうじか)のひとり、自然の渾沌(こんとん)、大地が生んだ緑鹿(りょくじか)万季地(まきじ)が現れた。眉目秀麗(びもくしゅうれい)面貌(めんぼう)で、緑色に輝く虹彩(こうさい)、妖しい瞳孔(どうこう)五芒星形(ごぼうせいがた)だ。ヘラジカの角が二本、頭部にある。長髪を半分ずつ(つの)に巻き付いていた。


 「ウワァア!! し、鹿族(しかぞく)だ!!」


 「ひいいいいッ!!」


 驚愕(きょうがく)で腰を抜かす男達を見下げ、万季地(まきじ)が品定めする。

 

 「ふむ…、いい肉付きだ。内臓(ないぞう)もふっくらしている、申し分ない肥料(ひりょう)だ」


 ケッキを犯した男達は(みな)、栄養分を(たくわ)えている健康的な体格だった。筋肉もそこそこある。男達は偶然か必然か天罰か、()しくも万季地(まきじ)独自の判断基準を満たしたらしい。


 「なな、内臓(ないぞう)って……!!」


 「肥料ってなんだよ!?」


 「い、い、いやだああ!!」


 後退(あとずさ)るひとりの男が、体を反転させ逃げ出した。万季地(まきじ)が能力で太い(つる)(あやつ)り串刺しにする。


 「おっと」


 「ガハ……ッ!!」


 「アハハ、いいね芸術だ」


 血を()き出す男が(つる)で宙に吊るされた。死人を嘲笑(あざわら)万季地(まきじ)、月が照らす光景は嗜虐的(しぎゃくてき)(おぞ)ましい。


 「アッ、アアアッ、嘘だろオイッ!!」


 「バッ、バケモンだ!! うわぁあ!! や、やめてくれええ!!」


 (おのの)く男達が一斉に分散(ぶんさん)し駆け出した。万季地(まきじ)によって、ひとりは頭を、ひとりは(はらわた)を、ひとりは心臓を、自由自在に動く(つる)で仕留められていく。万季地(まきじ)狩人(かりゅうど)の感覚で惨殺(ざんさつ)享楽(きょうらく)(ひた)っていた。


 ――四半刻(しはんとき)もせず、静謐(せいひつ)な夜が戻る。

 

 万季地(まきじ)が男達の死体を細い(わら)で縛り終えた。そして横たわるケッキに歩み寄り、(かたわ)らで左の膝頭(ひざがしら)を地に突ける。モジャリの靴底(くつぞこ)が小石をジャラリ踏み鳴らした。


 「――さて」


 「ハ……、ハ、……ぁ……り……」


 ケッキは万季地(まきじ)に感謝を告げたい。残虐(ざんぎゃく)な一部始終はケッキの恨みを晴らしてくれた。苦痛を和らげてくれた。あられもない姿だが、死ぬ前に伝えたい。だが呼吸がままならない。潰された咽喉(いんこう)、歯も砕け、あばら骨も折られている。ケッキは悲惨(ひさん)な状態だった。悔しさで目元が潤んでいる。


 「生きたいかい?」


 「……っ」


 まるで希望がある物言いだ。一縷(いちる)の望みがあるなら(すが)りたい。無論、生きたい。帰りたい。でも(けが)れてしまったケッキは二度とクリシュナに会うことはできない。資格がない、許されない、許してほしくない、今日起こった現実を認めたくない。


 『あーくそっ!! すぐだぞ!! すぐ!!』


 クリシュナと最後に交わした約束は守れない。ケッキの涙が(あふ)(ほほ)を伝う。


 「うっ……」


 「キミは死んだも同然だ。生まれ変わって……ああ、悪い男を退治してはどうだろうか? か弱い女の子を救う生き方だ。キミがした経験、友達にさせたくはないだろう?」


 「………っ、……」


 新しい生き方を提案された。死ぬか生きるかの二択だ。ケッキに残された道はひとつしかない。目配(めくば)せで肯定するケッキに、万季地(まきじ)は顔に(かげ)を落とし、ほくそ笑んだ。


 「じゃあ下界(げかい)にある俺の隠家(いんか)に行こう。ああ、大丈夫だ、キミは眠ってくれていて構わない。俺が運んであげよう」


 万季地(まきじ)がケッキを抱き抱える。壊さぬよう、至極(しごく)優しい手つきだ。ケッキはふわり香る自然の匂いに安堵した。


 四界(しかい)の一族は恐ろしい、それは既知(きち)の事実だ。けれどケッキが覗き見る万季地(まきじ)が助けてくれた事実にも偽りはない。


 「(神や仏なんていないのよ……)」


 暮らしの一環で日夜していた礼拝(らいはい)は無意味だ。人間の卑怯(ひきょう)残忍(ざんにん)苛虐(かぎゃく)な一面に痛めつけられたケッキは信仰心を捨てる。


 神は助けてはくれない。神は慈悲(じひ)を与えてはくれない。これを「試練」の一言で片付けるであろう神を、ケッキは愛せなくなった。自分自身さえ愛せなくなった。


 「(死にたく、ない……)」


 万季地(まきじ)の規則正しい鼓動の音、歩調(ほちょう)に、(まぶた)が段々と重くなる。せめて夢の中では幸せでありたい。

 

 「(さよなら……、クリシュナ……)」


 夢現(ゆめうつつ)にクリシュナに別れの挨拶をする。ケッキは体力の限界を迎え意識を手放したのだった。

最後まで読んで頂きありがとうございます!


感想、評価、ブクマ、レビュー等々、頂けると更新の励みになります<(_ _)>

また次回もよろしくお願いします!

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