第九集:四混種のプーパ
亥の刻――、沙羅双樹の林で赤い眼をした烏が眼下にタリア達を見守っている。気温が3℃に下がった夜風は冷たい。
「……私の軍隊が」
青銅の面具を被る軍隊は少数となった。悲嘆するプーパにクリシュナが叫んだ。
「ケッキ!! おいっ、ケッキだろお前!!」
プーパはクリシュナを度外視し、彷魂に命令する。
「……アナタ達、許さない……邪魔なヤツらよ殺して!!」
「ガギギァアアッ、アア!」
「ゥガガァア、イィ……!」
一斉に彷魂がタリア達に襲いかかった。ハオティエンとウォンヌ、タリアが彷浄札で浄化させる。青銅の面具の軍隊は青い炎で寂滅し、主人を失う刀がカランカランと地面に落下した。
タリア達は格上だ。形勢が不利なプーマは矢庭に逃走する。
「――ッ」
だが突如、眼前に炎が上がり後退った。
「ハッ、自分はさっさと退散?」
焔の炎だ。プーパは焔に退路を塞がれ身動きが取れない。
右往左往するプーパにクリシュナの両眼が潤んだ。十数年来の親友で未来を共にしたい幼馴染を見紛うわけがない。涙を両腕で雑に拭い、走り出した。
「ケッキ!!」
「あ、クリシュナいけない!!」
制止するタリアの伸ばした左手は空振りに終わる。クリシュナはプーパの右肩を引き、振り向かせ、青銅の面具を強引に奪った。雲間の月明りが彼女を照らす。
「――――ッ」
緑の瞳に濁りのない眼球、顔形はケッキだ。
「ケッキお前……なにが!!」
「やめて!! 私はプーパッ!! ケッキじゃない!! ケッキじゃない!!」
ケッキを否定するプーパが頭を振った。クリシュナがケッキの両肩を掴んで固定させる。
「ケッキ!! 何があった!? 何で頭に枝がッ、瞳もッ!!」
「私はプーパなの!! 万季地様!! 万季地様!!」
プーパがひとりの名前を連呼した。タリア達は愕然とする。ウォンヌが能力で和弓を取り出し、ハオティエンは軍刀を正眼の構えに、焔はタリアを背に警戒した。
静寂に一滴の滴が落ち波紋が広がる。樹木の枝がひとりの男を運んだ。
「……はあ、やれやれ。傍観者でいたかったよ俺は」
自然の大地が生んだ鹿神に等しい存在、神の天敵で鹿界の二凶鹿、緑鹿の万季地だった。年齢は推定九百五十歳、見目麗しい鹿だ。2m50㎝と背丈が高い。
彫りの深い二重瞼の端正な顔立ちで緑色の虹彩、瞳孔は五芒星形だ。長い上下の睫毛や爪も緑色で、大きいヘラジカの角二本に同色の長髪を半分ずつ、くるくる巻き付けている。
服装は深碧のシャルワニだ。ロングコートの形の服で、素材は上品な光沢、且つ、シフォンのような軽さがあり、細番手の糸で色柄を緻密に織り上げる高密度な羽二重のシルクだ。鮮やかな色彩で煌びやかな刺繍がたっぷり施されてある。ズボンはホワイトのチュリダだ。ぴったりとしたタイプを裾でくしゅくしゅし、合わせている。靴はモジャリ、光沢感ある布と糸が用いられており、シャルワニと揃えた刺繍は華やかだ。
胸を張って佇む姿は凛とした男の色気があった。
「……やあ。紅い火鬼、孤魅恐純じゃないか。数百年ぶりだね。キミ、天上皇の神札で封印されていなかったかい?」
万季地が焔に気づき話しかける。挑発的な物言いだ。靡く朱色の長い髪、焔は相手にしない。
「…………」
「ははっ、お前年下の癖に生意気だよね」
語尾が低音に沈んだ。不意に五芒星の瞳にタリアが映る。
「へえ……。桜色の男神、三美神のひとり、カリスの一柱タリアだったかな。実物は何と神々しい」
「……キミがケッキを拐かし、ケッキをプーパにし、彷魂を操って村人の男達を攫ったのか?」
タリアが一歩前に出た。焔の左隣に並んだタリアが核心に触れる。大方の筋道で間違いないと思ったが、万季地は疑いを打消した。
「俺じゃあない。むしろ俺は彼女の命の恩人だ。ケッキをプーパに、は……まあグレーゾーンかな? 彼女は俺の血に耐えた、稀な四混種だよ」
「四混種……」
四界と人間、異種の要素を組み合わせて誕生した者、それが四混種だ。四界の者が自分の血を人間に混ぜ、改造し、誕生させる。人間の細胞は脆 く四界の者の血に侵されたら死は免れない。ただ順応すれば新たな生命の誕生だ。
四混種は人間であって人間にない。人間の創り変えは天上皇に対しての冒涜、涜神行為だ。
「俺を討伐しに降りてきたのかい? ハハッ、お門違いだよまったく浅薄な。だけどいい……、いい清らかさだ。カリスの一柱、上位神の神体はいい肥料になる」
万季地が木蔦の蔓でタリアを狙うが、焔の炎で散り散りにされた。ボロッと蔓が灰になって崩れる。
「タリア、下がって」
「私も戦える」
これは天上界、神々の任務だ。焔の指示にタリアは従わない。
「……タリア」
「焔、私は……ん……っ」
焔がタリアに口づけた。吐息を重ね離れる。一瞬の出来事にタリアは目を見開き、突拍子もない焔の行動に外野の二人が騒いだ。
「――ッんな!? おま、おま、え!! 孤魅恐純っ!! 不謹慎だぞ!! タリア様に、キキ、キ……ダアア!!! 射殺す!!」
「我らが神聖なタリア様に!! お前も葬ってやる、孤魅恐純!!」
ウォンヌとハオティエンの攻撃対象が焔に移った。万季地は神官、タリア、火鬼の順に目線で辿る。万季地が既知する孤魅恐純は、孤高の火鬼だった。
「……ところで火鬼、同族の鬼でさえつるまないお前が、何で天上臭い奴らといるんだい? 拷問、じゃあないね。上位神を庇い、キスするキミは、中々に新鮮で滑稽だ」
「俺の嫁だ、アンタの趣味にタリアはあげられない」
万季地の疑問に答える焔の眼光は鋭い。
万季地の趣味は森の再生活動だ。肥やしは人間になる。
鹿界 は土地の九十パーセントが森林だ。森の木々が育つと保水力や生物の多様性も蘇り、森の生産力があがる。即ち、鹿界が豊かになる。万季地は大地から生まれた自分こそが世界の中心で五界は自分のためにあると思想を抱いており、ゆくゆくは領地を拡大し、四界を手中に収め、掌握する理念を掲げていた。
万季地は焔の「嫁」発言にきょとんとし、大笑いする。剥き出しの歯は白緑色だ。
「アッハッハッハ!! 火鬼が上位神を嫁に!? フフッ、愉快だ! 愉快! はあ……、愉快で益々、欲しくなっちゃったよ……」
そう揶揄しながらゆっくり半眼した。万季地の一変する表情を皮切りに、焔が右足の靴先で砂地を鳴らし、火蓋を切る。
「――衝天万炎」
天を衝く勢いの炎が万季地に迫った。けれど万季地も負けていない。
「――樹生殺追!!」
同時に万季地が鹿力の能力で樹木の太い蔓を数百と繰り出す。焔の炎をすり抜けた分厚い蔓を、上手く避けるハオティエンが軍刀で袈裟斬り、素早く身を翻すウォンヌが和弓に番える弓で射った。
「守地天無栄!! 誠尽す武人なれ!!」
「守善一射、誠尽す射手なれ!!」
二人は自由自在の蔓に悪戦苦闘している。タリアも神兵に後れを取ってはいられない。
「――花渦天咲」
神力を手の平に集中させ、一気に解放した。色とりどりの花びらが竜巻となり炎や蔓を容易く吹き飛ばす。花々の香りで一帯も浄化され、天上皇に最も近しい上位神の八面六臂の活躍だ。
直後、ケッキが万季地のもとへ駆け出し、クリシュナが回り込んで止めた。通せん坊の体勢だ。ケッキが怒りに震える。
「何なの!! 私はプーパよ!! 万季地様!! 万季地様、助けて!!」
「ケッキ……ッ、俺と帰ろうケッキ!!」
「ケッキじゃない!! 帰れ、ない……ッ、私は!!」
ケッキは万季地の本性を知らない。
「助けてあげるよ、プーパ」
万季地は呟くや否や能力を駆使した。プーパの足元の、剥き出しの立派な根で、クリシュナの心臓を突き破る。二本目が左目を貫き、プーパが血濡れたクリシュナの亡骸を支えた。
「……あ、いや、ど、して万季地、様……」
「助けてあげた、キミを。あの晩と同じだ」
「ちが、アイツらとクリシュ、ナ……は、クリシュナは私の……う、そ……、いや、クリシュナ!! いや、やだ、だめよクリシュナ死んじゃだめ!! イヤァアア!!」
ケッキが叫喚する。万季地は不満げな様子だ。
「何故、喜ばない? まあいい。人間の肥料だ栄養がある、ねえケッキ」
「――――ッ」
微笑みかける万季地にケッキは青ざめた。あの晩の安堵が恐怖に塗り替わる。ケッキはクリシュナを抱き締め、あの晩を思い出したのだった。
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