第八集:青銅の面具をした幽霊
「タリア様、ケッキが関わっている可能性がありますね」
「うん」
クリシュナの話によれば幼馴染ケッキが居なくなり、柳緑村の男達も次々と消息不明になっている。恐らく事件の始まりはケッキだ。村人を含め安否は不明だが、ケッキが見つかれば真相に近付けるかもしれない。
「ねえクリシュナ、青銅の面具をした軍隊の幽霊は、村で噂になっていたりしない?」
五事官ウリは、「青銅の面具をした軍隊の霊が亥の刻に人間を攫っている」と言っていた。情報の正確性に信頼はあるが確証を得たい。タリアがした質問にクリシュナは首を捻り記憶を辿る。
「軍隊の幽霊? いや……、ああ~。亥の刻に軍隊っぽい足音がしたって、誰かが……。馬鹿馬鹿しいだろ、幽霊って……え、まじでいるの!? ケッキ攫ったヤツって幽霊!? 幽霊がケッキを攫ったのか!?」
「待って待って、落ち着いてクリシュナ!」
クリシュナがタリアに詰め寄った。瞬時に焔がタリアの肩を抱き、クリシュナを押しやる。クリシュナは焔の強い一押しに尻餅をついた。
「――っ痛!」
「ああッ、焔!! クリシュナすまない!」
「ィテテテ、いやいい。俺が悪かった、恋人の鬼さん」
「…………」
謝罪するクリシュナを焔は睫毛を下げ睨んだ。焔の迫力にクリシュナがさっと立ち上がり直立する。
「やめなさい焔、彼は悪くない。クリシュナはケッキの身を案じているんだ。わかってあげてくれ」
「タリアは? もし俺がいなくなったら身を案じてくれる?」
「…………っ」
唐突な焔の仮定の問いにタリアは唇を縫い合わせた。焔に直視され目を逸らせない。タリアは一拍置き、外套に顔半分を埋めて首肯する。耳介が赤い。
「可愛い」
焔の呟きに場にいる全員が心中で同意した。タリアは咳払いで甘い空気を断ち、ハオティエンとウォンヌ、ふたりの主観を確認する。
「コホンッ! え、と……。ハオティエン、ウォンヌ、君達の見解は?」
「僕は幽霊、じゃない。彷魂、が絡んでいると思います。小さな子供じゃないケッキや男達を音沙汰なく攫うって、人間じゃ到底、不可能でしょう。裏か表か、何らかの形で報告に上がっている緑鹿が関与していて間違いないかと」
正鵠を射る意見だ。ウォンヌが述べた彷魂とは下界の「幽霊」で、死んだ事実を受け入れられず彷徨う者、恨み辛みで地上に留まる者の総称だ。彷魂になった人間は、空中を浮遊する人魂か、肉体のない透けた幽体になる。どちらも物理的な攻撃は効かない。
「俺もウォンヌに異議ありません。緑鹿が彷魂を弄びケッキや男達を攫った、が妥当な線だと思います。俺は先を見越して持参しました。こちらはタリア様に、彷浄札です」
ハオティエンもウォンヌ同様、的確に告げた。神力の能力で取り出す彷浄札を、タリアに手渡す。彷魂に彷浄札は欠かせない、用意周到だ。
「ああ。ありがとうハオティエン」
数十枚、貰った。焔が興味津々に覗いてくる。
「タリア、彷浄札って?」
「焔は初めて? 彷浄札は彷魂を強制的に浄化する札だよ。浄化された御霊は天上に昇れないが……、情けは禁物だ。天上皇が愛する生きた人間に仇をなす彷魂を看過してはいけない。私達に与えられた任務のひとつになる」
因みに彷魂の浄化の主軸を担う神は、下級三神の最も位階の低い一介神だ。一介神は人間の傍で、助け、導き、守り、天上皇の意向に従い罰を下す役目がある。多くの人間が身近な一介神を祀り祈願し信仰する所以だった。
「ふうん。今夜、幽霊退治する?」
「焔、幽霊退治は些か語弊がある」
「――で、幽霊退治?」
訂正を求めたが焔は反省せず反復させる。語法は直らない。
「はあ、取り敢えず彷魂を操る者を見極めなきゃいけない」
早々と諦めたタリアは溜息を吐き言葉を紡いだ。
「ハオティエン、ウォンヌ、いいかな?」
「はい」
「了解です」
ウォンヌとハオティエンが了承した。躊躇いのない二人に圧倒されつつ、意を決した様子でクリシュナが挙手する。
「……っ俺も!! 行きます!!」
「危険だ、キミは村にいなさい」
意気込みは買うが命の保証はない。鹿界で残忍な二凶鹿のふたりは何れも大地が生んだ緑鹿だ。天上界の上位神と同等の力を持つ彼らは侮れない。
「お願いします!! 桜道士様!! アンタらの邪魔はしない!! ケッキを!! ケッキを助けたいんだ!!」
「……はあ、わかったよクリシュナ。邪魔はしない、危なくなったら逃げなさい。重々に注意して、いいね?」
「ありがとう!! ありがとう桜道士様!!」
強引に説き伏せても彼の行動はお見通しだ。必ず付いてくる。傍にいさせたほうが安全と判断し、同行を認めるタリアにクリシュナは何度も首を垂れて感謝した。
それから暫くタリア達は村の近辺を探索する。クリシュナの計らいで数人の村人に
軍隊の幽霊の証言も確聞できた。軍隊らしき足音は、西側の沙羅双樹の林で響いていたようだ。
「あら~いい男!! 桜色っていいわ~!」
「今日ウチに泊まっていかない?」
「アハハ……、ありがとうございます」
柳緑村の女性達は元気で明るかった。そして家々を回っているうちに、時間は足早に過ぎ、真上にあった太陽も隠れ、須臾に亥の刻を迎える。
「――タリア、足元に気を付けて」
「――ありがとう焔、大丈夫だよ」
タリア達は柳緑村の西側にいた。幹高が30メートルを超す落葉高木の純林を縫い歩いている。静寂が支配した暗夜は不気味で葉音すらしない。
「――――ッ!」
刹那、先頭のハオティエンが制止した。さっと何かを避け、後方に跳んだ。
「ヴアァ、ゲィアア、……」
闇夜に光り揺らめく刀身は青い。ハオティエンが回避した何かは、この刃の一太刀である。濁音を零す者は青銅の面具を装着していた。
即座にウォンヌが抜刀する。
「――彷魂だ!!」
突如、出現した彷魂は皆男、数は三十三だ。
暗緑色の深衣は、長くした衿の前立てを三角形の形成で後ろに通し、次に前の前立てに巻き付け、絹の帯で締めてある。胸は甲皮の鎧を纏い、足下は底が分厚い木の靴を履いていた。
彷魂は変幻する。無論、死人は気配もない。
「――我、百罪百許を授ずけられし神、地上に並ぶものなし!」
タリアが彷浄札を神力で飛ばした。彷魂の面に貼り付ける。
「グァア、ガガガ……」
彷魂は青紫の怪光の炎に包まれ消散した。ハオティエンとウォンヌも軍刀で右薙ぎ、左薙ぎと応戦し、彷魂の隙を突いて彷浄札を貼っていく。見事な連携だ。
「ハオティエン、ウォンヌ! 緑鹿の姿はあるか!?」
人数が三分の一に減る。頃合いだ、タリアが周囲を警戒し呼びかけた。
「いえ!!」
「こちらもありません!!」
ウォンヌとハオティエンが応答する。緑鹿はいない。彷魂を見捨てる気か、将又、一切の接点がないかだ。
「(推測を誤った? いや……)」
タリアが黙考に耽る直前で、焔に左腕を握られた。否応なしに背部に追いやられる。
「焔――」
「なにかいる」
焔が鬼火で一帯を灯した。沙羅双樹の木に紛れ、女の子が佇んでいる。頭部に二本、十五センチ未満の枝が生えていた。
「……人間、じゃないな」
女の子は真っ白な深衣を着ている。靴は白いサテン生地で葉っぱの刺繍が施されており、青銅の面を被っていた。短髪の黒髪で背丈は160㎝前後だ。
夜風が吹き、焔が舌打ちする。
「……チッ、臭い」
四界の一族は嗅覚がいい。女の子の出方を窺うタリア達の背中を、ふらふら覚束無い足取りでクリシュナが追い越した。
「……ケッキ?」
囁き声がタリア達の背筋を凍らせる。
「――私はプーパ、私の軍隊をよくも殺してくれたわね」
しかし、彼女はプーパと名乗った。至極冷静な口調だ。
「嘘だろなあケッキ、ケッキ!!」
クリシュナが喚呼する。再会は悲劇の幕開けだった。
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