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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
══⊹⊱••❖火鬼外伝❖••⊰⊹══
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第五集:孤魅恐純の怒り

 

 太陽が沈んだ(いぬ)(こく)鬼界(きかい)は闇のベールに覆われる。赤鬼(あかおに)の兄弟――罔極(もうきょく)之恩(のおん)は、一刻も早く三百幸石(さんびゃくこうせき)を完成させるべく、花柳街(かりゅうがい)の川沿いの橋を渡った先にある森に舞い戻っていた。


 「明るくてよかった!」


 「……た!!」


 今宵は満月だ。月明りが二人の手助けをしてくれている。


 「ん~、石がない」


 罔極(もうきょく)がきょろきょろ辺りを見渡した。近場はすべて拾い集めてしまい、肝心の石がまったく転がっていない。


 懸命に両目を凝らし一歩、一歩、奥に進んだ。罔極の白無地の浴衣をぎゅっと握り、之恩(のおん)も足元に注意を向ける。

 雑草や枝が蔓延(はびこ)った獣道は怖い。動物の鳴き声に恐怖心も掻き立てられる。十歳と五歳の兄弟は、母親を助けたい一心で力一杯に足を動かした。


 腰を低く視界が下に偏った結果、気づけば二人は知らず知らず、鬼界(きかい)下界(げかい)の狭間に来てしまっていた。


 そして二人同様に、迷い込んだ者がいる。


 「――おい!! 鬼がいるぞ!!」


 「――本当だ!! 鬼がいやがる!!」


 頭部に鬼角がない、作務衣(さむえ)を着た下界の人間達だ。突如、浴びせられる怒声に、罔極(もうきょく)之恩(のおん)は体を強張らせ制止した。


 木刀を腰に差す四十代半ばの男が六人いる。罔極と之恩は四界の一族は(おろ)か人間と会った試しがない、初めての対面だ。


 「あ……、ぁ……」


 「……う、ぅぅ……」


 本能が危ないと警鐘(けいしょう)を鳴らした。漂う空気は不穏だ。後退る鬼の兄弟に、憎悪(ぞうお)に満ちた顔で人間達は木刀を握る。


 「俺ァ、先週、子供を鬼に食われたんだ!!」


 「デカくなりゃこいつらも人間を襲う!!」


 「親鬼はいねえ!! 殺っちまえ!!」


 有無を言わさず人間達が一斉に襲い掛かってきた。罔極(もうきょく)之恩(のおん)は逃げる、がすぐに左目が白内障で視野が(ゆが)む之恩が転倒した。追い付くひとりの男の振り被った木刀が、之恩(のおん)の左肩を直撃する。殺意を籠めた勢いに加減はない。


 「ヴアアア!!」


 子供に容赦のない一撃だ。減り込んだ木刀が骨を砕き、血管を裂き、経験のない激痛に之恩が悲鳴を上げた。


 「やめて!! やめてくれ!! 助けて!! 助けてお願い!!」


 之恩に被さって(うずくま)罔極(もうきょく)が懇願する。だが、人間達は聞く耳を持たない。


 「絶好の機会だ!!」


 「いまだ!! 殺れ!!」


 「ふたり纏めてぶっ殺せ!!」


 「容易く殺すな!! 痛めつけろ!!」


 すかさず、袋叩きにした。人間は時に弱く、時に残酷だ。


 「ヴッ、ダッ、ア!! 助け、……ガッ!! だず、げて!!!」


 「イッ、ゥアア! に、いちゃ……、に、ぢゃ……グッ、ア!!」


 人間の良心は状況下で変化する。

 体を与えられた生物の特権で、公平な、感情だ。

 下界に限った話ではない。過去で受けた屈辱(くつじょく)や暴力、愁傷(しゅうしょう)が、怒りや恨みとなり、時に人を非人道的な行為へと走らせてしまう。普段は穏和で優しい子供想いの、今晩の人間達がいい例だ。


 「はあ、はあ、はあ……ハハ、苦しんでたな!!」


 「ああ、じわじわ、フウ……ッ、殺ってやったぜ……」


 「ぜえ、っ、はあ……ウチの子もッ、報われる……!!」


 「ハハッ、……ハアハア……、ざまあねえ!!」


 人間達は荒い息遣いで勝利を分かち合った。罔極(もうきょく)之恩(のおん)は全身を殴打され、重なり合う形で死んでいる突出(とっしゅつ)した眼球、抜けた歯、内臓が破裂し膨れる腹部、大量の血が地面を赤く濡らしていた。


 そこに前触れもなく、黒い漢服(かんふく)の裾を(ひるがえ)す鬼が現れる。


 「――……楽しい遊びしてるな、俺も混ぜてくれ」


 鬼界で最恐(さいきょう)の三人、三災鬼(さんさいき)のひとり、孤魅恐純(こみきょうじゅん)だ。

 

 「ひぃいいい!! (くれない)の鬼!! 間違いねえ!! コイツ宵月童子(よいづきどうじ)だ!!」


 「宵月童子(よいづきどうじ)!? 何で、んな化物がッ……!!」


 「こ、こっちに来るんじゃねえ!!」


 海老色(えびいろ)の二本角、特徴的な朱色の髪に人間達が大呼(たいこ)した。天に轟く悪名高き火鬼(ひおに)、下界の通り名は宵月童子だ。圧倒的な威圧感に、畏怖(いふ)の念を抱く男達は足腰が立たない。


 「…………」


 孤魅恐純(こみきょうじゅん)は無残な死体を見やる。

 半刻前(はんときまえ)、彼の姿は花柳街(かりゅうがい)にあった。美しい遊女に目もくれず簡単な用件を済ませ、昼間、兄弟が頑張ったであろう三百幸石(さんびゃくこうせき)の進歩度合いが気になり、興味の(おもむ)くまま川沿いの古い橋を渡り森に踏み込んだのだ。刹那に風が運ぶ人間と血の臭いが孤魅恐純(こみきょうじゅん)の鼻奥を刺激し、嫌な予感で駆け付ければ、目前に現在の状況が広がっていた。


 弟を守る兄、兄を抱く弟、呆気ない死に様だ。

 弱い鬼は殺される。弱肉強食の地上に慈悲はない。

 罪のない無垢で純朴(じゅんぼく)だった彼らが殺される世だ。

 弱い者は奪われる。弱い者は(みな)(しか)り、極悪非道な人間を殺生して何が悪い。


 「……ッ、たた、助けてくれ!!」


 「見逃してくれ!!」


 「お願いだっ、助けてくれ!!」


 「……ハッ、アイツらも『助けて(・・・)』って言ったんじゃないか?」


 「――――ッ!!」


 孤魅恐純(こみきょうじゅん)の問いに人間達は唾液を飲んだ。原因と結果、運命の車輪が回った。善因は善果を、悪因は悪果を受ける。吉凶禍福(きっきょうかふく)果報(かほう)だ。腰に差す鬼灯丸(ほおずきまる)を抜刀した孤魅恐純は、地べたを這いずる六人の人間の首を、炎の一太刀で()ねた。


 弧を描く流血、ゴン、ゴン、と六つの首が地面で跳ねる。血飛沫(ちしぶき)を上げ、糸を失った傀儡(くぐつ)が無造作に崩れた。血溜まりに映る満月は朱殷(しゅあん)で妖しい。


 孤魅恐純(こみきょうじゅん)は炎の刀身を鞘に収め、邪魔な頭を幾つか足蹴にする。


 「ふん…………」


 情感が乏しい、道徳心のない、冷酷無慙(れいこくむざん)な火鬼だ。死者の愚弄(ぐろう)を平然と行った孤魅恐純は、仰向けになっている人間の胴体の胸部に右手を突き刺し、生温かい心臓を(えぐ)り出した。鮮やかで魅力がある瑞々(みずみず)しい心臓だが食べはしない。


 孤魅恐純は同じ作業を繰り返す。一体、一体、異なる心臓を抉り、丁度手元にあった蘇芳色(すおうしょく)の巾着袋に放り込んだ。


 「――食っていい、小鬼(こおに)は駄目だ」

 

 火鬼の許しを得て、木々の上で待ち構えていた巨大な肉食鳥(にくしょくちょう)達が、人間の死体の血肉に群がる。頑丈な鉤型(かぎなり)(くちばし)で肉を引き千切っていた。


 巾着袋の底がポタポタ血で滴っている。


 「……六つ、ね」


 罔極(もうきょく)之恩(のおん)、二人の無念は関係ない。一重に、やり場のない(いきどお)りを発散したい孤魅恐純は二人が成し得なかった三百幸石、それを人間の心臓でやるつもりだ。


 しかし全然、心臓が足りない。

 

 三百幸石(さんびゃくこうせき)は三百の石を使用する。いまある心臓は六つ、あと二百九十四、必要だった。


 「はあ……、コイツらの村に行くかな」


 男達は身形(みなり)がよく体格もいい。衣食住に困っていない人間達だ。

 栄えた村なら三百人は確実にいる。孤魅恐純は世の無情に翻弄された兄弟、眠る罔極と之恩に視線を移した。


 帰らない息子二人に嘆く母親が一瞬、孤魅恐純の脳裏に過る。


 「じゃあな」


 最期の別れの挨拶だ。孤魅恐純(こみきょうじゅん)は踵を返さない。人間達が来た道を辿り、久しぶりに下界を訪れた。


 「――へえ」


 鬼界にない、のどかな田園と竹林(ちくりん)に出迎えらえる。緩やかな谷合(たにあい)に密集した、伝統的な茅葺屋根(かやぶきやね)の集落だ。整然(せいぜん)佇立(ちょりつ)する杉林が家屋を囲んでおり、田畑の中を区切る小径(こみち)に水車小屋があった。家畜小屋もあり裕福さが窺える。


 ぽつぽつ置かれた松明(たいまつ)は松の割木(わりき)が使われていて、パチパチ奏でる火の音色は心地が良い。鬼火の出番はお預けだ。


 「ここらでいいか」


 孤魅恐純は村の中央で止まり、朱色の瞳を灯らせ囁いた。


 「火掴火星(かかくかせい)


 直後、孤魅恐純を中心に手の形状を成す火が放射線状に発射させる。自由自在に波打つ火の手が、人間達を襲撃した。飛び交う叫声(きょうせい)最中(さなか)、火の手が次々に人間の心臓を主人に持ち帰る。

 

 孤魅恐純はベチャ、ベチャ、と不揃いな心臓を積んだ。

 その傍らで集落は段々、静寂になった。

 村人の犠牲者は三百二十一人中、二百九十四人、先刻の男達は六人、合計で三百の心臓が山積みになる。兇悪(きょうあく)を象徴した光景はおどろおどろしい。


 孤魅恐純(こみきょうじゅん)は満足げだった。熱い吐息が天に昇る。


 「……ハア」


 三百幸石(さんびゃくこうせき)を人間の心臓だけで完成させた。人間の命を揶揄(やゆ)するように燃やす孤魅恐純の眼前に、天と地を結ぶ五つの天光柱(てんこうちゅう)が出現する。天上界の神官(しんかん)が五人、降りて来たのだった。



最後まで読んで頂きありがとうございました( ;∀;)


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次回もよろしくお願いします<(_ _)>

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