第三集:火鬼の一我覇青
午の刻、鬼界は眩しい太陽の日差しが降り注いでいる。
鬼界は常に雨が少なく気温は24~30℃で安定しており、一年を通して過ごしやすい。湿度が低く、風もあって爽やか、快適な気候だ。
難点は火山の多さだろう。鬼界を象徴するアルケー火山は地上で最も大きい。活動活発な火山や休火山が大小数多にあり噴火も起こる。従って地震の数は数え切れない。
されど住めば都だ。鬼界を出ても必ず鬼は戻ってくる。
彼も又、そのひとりだ。
「――久しいな、孤魅恐純」
「――ああ、ジジイが死んで以来だな」
孤魅恐純は鬼界の東と北の狭間にいた。緑が生い茂る獣道の先の開けた空間だ。普段は来ない一帯で、呼び出した人物に挨拶する。かれこれ百年ぶりの再会だった。
名前は一我覇青、孤魅恐純と同じ自然が生んだ渾沌の果て、七百歳前後の火鬼だ。
紺碧の鬼角が二本、孔雀青の長髪は三つ編みで尻下にかかっている。切れ長で冷たい目元を覆う睫毛と瞳も、孔雀青、冴えた青色だ。色白な肌に小顔ですっきりした顎、鼻は高く、鼻筋が通った小鼻は幅が狭い。
あっさりした顔立ちは所謂、しょうゆ顔で涼しい印象だ。
服装は勿忘草色の軽快な直裾袍を着ている。襟は紫みの深い瑠璃紺で、木の二重底になった黒革の靴を履いていた。靴の前部は跳ね上がっている。
「ジジイ……。はあ、お前はまったく。太真強志殿だ」
一我覇青の口調は呆れていた。無理もない。太真強志は鬼界を統べる火鬼の重鎮だ。否、だった。彼は数世紀と鬼界を引っ張った鬼族の英雄、「ジジイ」扱いする鬼は孤魅恐純くらいだ。
「ジジイで充分だろ、死んでるし」
火鬼の寿命は永久と等しい。しかし消滅する方法はあった。
それは火鬼の出生に関係している。
まず火山が火鬼を創り出すと、自然の力で操る女鬼に火鬼の赤子を迎えに来させた。女鬼は赤子を環境の良い家に預ける。赤子を無事、託した女鬼は解放――されない。火山が業火の渦で女鬼を口封じし、赤子がどこの火山で生まれたか不明にさせた。
なんの目的で不明にさせるか、火鬼は生まれた火山のマグマで自分の心臓を燃やすと消滅するからだ。火山は自分達が生み出した天に匹敵する我が子の自害を望まない。故に赤子を迎えに来た時点で女鬼の死は必須、免れない定めであった。
「太真強志殿の信念は称賛に値する。火鬼の誉れだ」
彩る花に憧れ、枯れる草木に焦がれ、死を諦めない火鬼であった太真強志は数百年、自分を生んだ親の火山を探し続け、念願叶って百年前に死んだ。
火鬼の太真強志の死に鬼界は無論、「どうやって死んだのか」と激震が走った。孤魅恐純と一我覇青は看過し口を噤んだ。火鬼は暗黙の掟がある。火鬼を死に追いやる有効な手段は他言しない。
「相変わらず、お前も探してるのか?」
「まあな」
一我覇青は己の強さの追及で異界を旅しているが、彼の死をきっかけに、「自分の生まれた火山を知っていて損はない」と鬼界に帰った際は探求している。
「――で、俺に何の用?」
孤魅恐純は世間話を切り上げ、本題に入った。孤魅恐純に親しい鬼や火鬼はいない。わざわざこんな辺鄙な場所を選び、青い火の豹で自分を召致したのだ。それなりの魂胆があるに違いない。
羽ばたく鳥を目の端で見送った一我覇青が、長い睫毛を斜め下に傾け、すまし顔で答える。
「数十年に一度、鬼界に訪れていたが、お前に会っていなかった。何分、慌ただしくてな。機会を逃していた。すまない。今回は会おうと思い、まあ、土産話もなければ特段の用もない」
「へえ……」
一我覇青は195㎝と長身で軸が細い。美人で清涼、一見は穏和な人柄だ。
落ち着いた雰囲気や低美声、丁寧な所作や清潔な身形は好感が持てる。孤魅恐純にない礼儀正しさもあった。
だが忘れてはいけない。相手は火鬼だ。鬼以上に冷酷無情、残酷で獰悪、か弱い風姿に騙されてはならない。
一我覇青の口元が微かに上がる。
「――私はない」
先程の回答に嘘偽りはない。単に「自分」がないだけだ。
「――さすがは一我覇青だ!!」
「――うまく誘き寄せたじゃねえか!!」
「――孤魅恐純!! 覚悟しやがれ!!」
「――お前を殺して天地に名を馳せてやる!!」
突如、複数の鬼達が現れ孤魅恐純を囲った。
黒鬼や雑鬼の集団だ。無地の単衣の筒袖に尻端折りし、下に股引を穿いている。
「はあ……。道理で――な、まあ気配でわかる。仲良くみんなでガサガサ物音立てて、お前ら隠れてる意味あったか?」
到着と同時に気づいていた。気づかない馬鹿はいない。
「~~っるせえな!! お前を殺して東を奪ってやる!!」
「俺達にかかりゃ、お前も終いだ!!」
威勢のいい鬼達だ。剥き出しの刀で孤魅恐純を威嚇していた。
孤魅恐純は動じていない。両腕を後ろに組み、主犯格に問う。
「……はあ、俺の値段はいくらだ? 一我覇青」
「私が優雅に一人旅が楽しめる値段、かな」
平然と返答した一我覇青は、左肩にかかる三つ編みを背中に回した。
一我覇青は一人旅の資金繰りで用心棒になったり、ひとつの村を滅ぼしたり、お金の稼ぎ方に悪の制限はなく、殺しの概念に至っては孤魅恐純と大差がない。
黒鬼や雑鬼は一我覇青に多額を支払い「火鬼の孤魅恐純」を買っている。一我覇青は売った「商品」を届けたまでだ。
一我覇青は胆力がある。
孤魅恐純に勝つ自信が一我覇青の度胸に繋がっていた。
軽視された孤魅恐純の両肩が炎で揺れる。
「ハッ……」
朱色の眼光を尖らせ、一我覇青を睨んだ。
火の粉を纏う孤魅恐純の鮮やかな恐怖に、黒鬼や雑鬼の体が粟立った。
孤魅恐純は孤独な存在にも拘わらず、他を魅了し惹き付ける、真の恐さを備えた、純血の鬼だ。歯向かう者に容赦はしない。
黒鬼と雑鬼は迫力に押されている。少々、見縊っていた。初めて対峙する孤魅恐純の鬼力は桁違いだ。威圧感に負け失禁した黒鬼もいる。
けれど今更、後に引けない。戦慄く太腿を全員が叩いた。闘志を漲らせる。
「――ひ、怯むな!!」
「お、おう!! 息を整えろっ、一斉に殺るぞ!!」
「孤魅恐純はひとり!! こっちは十五だ!!」
「ああ!! いける!! 心臓だ!! 心臓!!」
腰を落とした黒鬼と雑鬼達が呼吸を合わせ、一弾指、斬り込んだ。孤魅恐純はハッと狂気に笑い、靴先で地面を鳴らし呟いた。
「――衝天万炎」
直後、一我覇青も指先を弾かせ囁いた。
「――空突炎龍」
真紅の炎と天色の炎が凄まじい勢いで衝突する。
「ぎゃああああ!!」
「うぁああああ!!」
黒鬼や雑鬼は骨も残らず灰になった。ふわっと煙が渦状で空気に溶けるが、周囲は焦げ臭い。
「……チッ、逃げたか」
孤魅恐純は舌打ちをする。一我覇青の影はなかった。
火鬼同士の戦いは勝敗がつかない。頭で理解はしてるものの、内臓のひとつは捥ぎ取りたかった。孤魅恐純は自身の左手の平を軽く広げ見下ろす。
「……三百幸石ね」
昨日の赤鬼の兄弟を何故か思い出した。
『――三百の石をこんな形に積んで願い事をするんだ! そしたらね、天上界の神様に願い事が届いて、叶えてくれるんだって!!』
母親の健康祈願をする赤鬼兄弟は恐らく、今日も天上界の神の「真心」を信じて三百の石をせっせと積んでいる。裏切りと欲に満ちた汚い世界の真横で、純朴に穢れのない心で神に縋っている。
神は願いを叶えない。三百幸石は所詮は紛い物、本物は下界の堂寺だ。前者に効力の発揮は見込めない。
「――ま、暇潰しに丁度いい」
兄弟二人は世の厳たる現実、真実を学ぶ良い機会だ。孤魅恐純は黒い漢服を翻し、昨晩兄弟がいた森を目指した。
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