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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
══⊹⊱••❖火鬼外伝❖••⊰⊹══
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第三集:火鬼の一我覇青


 (うま)(こく)鬼界(きかい)は眩しい太陽の日差しが降り注いでいる。

 鬼界は常に雨が少なく気温は24~30℃で安定しており、一年を通して過ごしやすい。湿度が低く、風もあって爽やか、快適な気候だ。


 難点は火山の多さだろう。鬼界を象徴するアルケー火山は地上で最も大きい。活動活発な火山や休火山が大小数多にあり噴火も起こる。従って地震の数は数え切れない。


 されど住めば都だ。鬼界を出ても必ず鬼は戻ってくる。


 彼も(また)、そのひとりだ。


 「――久しいな、孤魅恐純(こみきょうじゅん)


 「――ああ、ジジイが死んで以来だな」


 孤魅恐純は鬼界の東と北の狭間(はざま)にいた。緑が生い茂る獣道(けものみち)の先の開けた空間だ。普段は来ない一帯で、呼び出した人物に挨拶する。かれこれ百年ぶりの再会だった。


 名前は一我覇青(いつがはしょう)孤魅恐純(こみきょうじゅん)と同じ自然が生んだ渾沌(こんとん)の果て、七百歳前後の火鬼(ひおに)だ。

 紺碧(こんぺき)鬼角(おにづの)が二本、孔雀青(くじゃくあお)の長髪は三つ編みで尻下(しりした)にかかっている。切れ長で冷たい目元を覆う睫毛と瞳も、孔雀青、()えた青色だ。色白な肌に小顔ですっきりした顎、鼻は高く、鼻筋が通った小鼻は幅が狭い。

 あっさりした顔立ちは所謂、しょうゆ顔で涼しい印象だ。


 服装は勿忘草色(わすれなぐさいろ)の軽快な直裾袍(ちょくきょほう)を着ている。(えり)は紫みの深い瑠璃紺(るりこん)で、木の二重底(にじゅうぞこ)になった黒革(くろかわ)の靴を履いていた。靴の前部は跳ね上がっている。

 

 「ジジイ……。はあ、お前はまったく。太真強志(たしんごうし)殿だ」


一我覇青(いつがはしょう)の口調は呆れていた。無理もない。太真強志(たしんごうし)は鬼界を統べる火鬼の重鎮だ。否、だった。彼は数世紀と鬼界を引っ張った鬼族の英雄、「ジジイ」扱いする鬼は孤魅恐純(こみきょうじゅん)くらいだ。


 「ジジイで充分だろ、死んでるし」


 火鬼(ひおに)の寿命は永久と等しい。しかし消滅する方法はあった。


 それは火鬼の出生に関係している。


 まず火山が火鬼を創り出すと、自然の力で操る女鬼(めおに)に火鬼の赤子を迎えに来させた。女鬼は赤子を環境の良い家に預ける。赤子を無事、託した女鬼は解放――されない。火山が業火(ごうか)(うず)で女鬼を口封じし、赤子がどこの火山で生まれたか不明にさせた。


 なんの目的で不明にさせるか、火鬼(ひおに)は生まれた火山のマグマで自分の心臓を燃やすと消滅するからだ。火山は自分達が生み出した天に匹敵する我が子の自害を望まない。故に赤子を迎えに来た時点で女鬼(めおに)の死は必須、免れない定めであった。


 「太真強志(たしんごうし)殿の信念は称賛に値する。火鬼の誉れだ」


 彩る花に憧れ、枯れる草木に焦がれ、死を諦めない火鬼であった太真強志は数百年、自分を生んだ親の火山を探し続け、念願叶って百年前に死んだ。


 火鬼の太真強志(たしんごうし)の死に鬼界は無論、「どうやって死んだのか」と激震が走った。孤魅恐純(こみきょうじゅん)一我覇青(いつがはしょう)看過(かんか)し口を噤んだ。火鬼は暗黙の掟がある。火鬼を死に追いやる有効な手段は他言しない。


 「相変わらず、お前も探してるのか?」


 「まあな」


 一我覇青は己の強さの追及で異界(いかい)を旅しているが、彼の死をきっかけに、「自分の生まれた火山を知っていて損はない」と鬼界に帰った際は探求している。


 「――で、俺に何の用?」


 孤魅恐純(こみきょうじゅん)は世間話を切り上げ、本題に入った。孤魅恐純に親しい鬼や火鬼はいない。わざわざこんな辺鄙(へんぴ)な場所を選び、青い火の(ひょう)で自分を召致したのだ。それなりの魂胆があるに違いない。


 羽ばたく鳥を目の端で見送った一我覇青(いつがはしょう)が、長い睫毛を斜め下に傾け、すまし顔で答える。


 「数十年に一度、鬼界に訪れていたが、お前に会っていなかった。何分(なにぶん)、慌ただしくてな。機会を逃していた。すまない。今回は会おうと思い、まあ、土産話もなければ特段の用もない」


 「へえ……」


 一我覇青は195㎝と長身で軸が細い。美人で清涼(せいりょう)、一見は穏和な人柄だ。

 落ち着いた雰囲気や低美声(ていびせい)、丁寧な所作(しょさ)や清潔な身形は好感が持てる。孤魅恐純にない礼儀正しさもあった。


 だが忘れてはいけない。相手は火鬼だ。鬼以上に冷酷無情(れいこくむじょう)、残酷で獰悪(どうあく)、か弱い風姿(ふうし)に騙されてはならない。


 一我覇青の口元が微かに上がる。


 「――私はない」


 先程の回答に嘘偽りはない。単に「自分」がないだけだ。


 「――さすがは一我覇青(いつがはしょう)だ!!」


 「――うまく誘き寄せたじゃねえか!!」


 「――孤魅恐純(こみきょうじゅん)!! 覚悟しやがれ!!」


 「――お前を殺して天地に名を()せてやる!!」


 突如、複数の鬼達が現れ孤魅恐純を囲った。

 黒鬼(くろおに)雑鬼(ざっき)の集団だ。無地の単衣(ひとえ)筒袖(つつそで)尻端折(しりはしょ)りし、下に股引(ももひき)を穿いている。


 「はあ……。道理で――な、まあ気配でわかる。仲良くみんなでガサガサ物音立てて、お前ら隠れてる意味あったか?」


 到着と同時に気づいていた。気づかない馬鹿はいない。


 「~~っるせえな!! お前を殺して東を奪ってやる!!」


 「俺達にかかりゃ、お前も終いだ!!」


 威勢のいい鬼達だ。剥き出しの刀で孤魅恐純を威嚇していた。


 孤魅恐純(こみきょうじゅん)は動じていない。両腕を後ろに組み、主犯格に問う。


 「……はあ、俺の値段はいくらだ? 一我覇青(いつがはしょう)


 「私が優雅に一人旅が楽しめる値段、かな」


 平然と返答した一我覇青は、左肩にかかる三つ編みを背中に回した。


 一我覇青は一人旅の資金繰りで用心棒になったり、ひとつの村を滅ぼしたり、お金の稼ぎ方に悪の制限はなく、殺しの概念に至っては孤魅恐純と大差がない。

 黒鬼や雑鬼は一我覇青に多額を支払い「火鬼の孤魅恐純」を買っている。一我覇青は売った「商品」を届けたまでだ。


 一我覇青(いつがはしょう)胆力(たんりょく)がある。

 孤魅恐純に勝つ自信が一我覇青の度胸に繋がっていた。

 軽視された孤魅恐純の両肩が炎で揺れる。


 「ハッ……」


 朱色の眼光を尖らせ、一我覇青を睨んだ。


 火の粉を纏う孤魅恐純(こみきょうじゅん)の鮮やかな恐怖に、黒鬼や雑鬼の体が粟立(あわだ)った。

 孤魅恐純は孤独な存在にも拘わらず、他を魅了し惹き付ける、真の恐さを備えた、純血の鬼だ。歯向かう者に容赦はしない。


 黒鬼(くろおに)雑鬼(ざっき)は迫力に押されている。少々、見縊(みくび)っていた。初めて対峙する孤魅恐純の鬼力(きりょく)は桁違いだ。威圧感に負け失禁した黒鬼もいる。

 

 けれど今更、後に引けない。戦慄(わなな)太腿(ふともも)を全員が叩いた。闘志を漲らせる。


 「――ひ、怯むな!!」


 「お、おう!! 息を整えろっ、一斉に殺るぞ!!」


 「孤魅恐純はひとり!! こっちは十五だ!!」


 「ああ!! いける!! 心臓だ!! 心臓!!」


 腰を落とした黒鬼と雑鬼達が呼吸を合わせ、一弾指(いちだんし)、斬り込んだ。孤魅恐純はハッと狂気に笑い、靴先で地面を鳴らし呟いた。


 「――衝天万炎しょうてんばんえん


 直後、一我覇青(いつがはしょう)も指先を弾かせ囁いた。


 「――空突炎龍(くうとつえんりゅう)


 真紅(しんく)の炎と天色(あまいろ)の炎が凄まじい勢いで衝突する。


 「ぎゃああああ!!」


 「うぁああああ!!」


 黒鬼や雑鬼は骨も残らず灰になった。ふわっと煙が渦状で空気に溶けるが、周囲は焦げ臭い。


 「……チッ、逃げたか」


 孤魅恐純(こみきょうじゅん)は舌打ちをする。一我覇青(いつがはしょう)の影はなかった。

 火鬼同士の戦いは勝敗がつかない。頭で理解はしてるものの、内臓のひとつは()ぎ取りたかった。孤魅恐純は自身の左手の平を軽く広げ見下ろす。

 

 「……三百幸石(さんびゃくこうせき)ね」


 昨日の赤鬼(あかおに)の兄弟を何故か思い出した。


 『――三百の石をこんな形に積んで願い事をするんだ! そしたらね、天上界の神様に願い事が届いて、叶えてくれるんだって!!』


 母親の健康祈願をする赤鬼兄弟は恐らく、今日も天上界の神の「真心(まごころ)」を信じて三百の石をせっせと積んでいる。裏切りと欲に満ちた汚い世界の真横で、純朴(じゅんぼく)(けが)れのない心で神に(すが)っている。


 神は願いを叶えない。三百幸石は所詮は紛い物、本物は下界の堂寺(どうてら)だ。前者に効力の発揮は見込めない。


 「――ま、暇潰しに丁度いい」


 兄弟二人は世の(げん)たる現実、真実を学ぶ良い機会だ。孤魅恐純(こみきょうじゅん)は黒い漢服(かんふく)(ひるがえ)し、昨晩兄弟がいた森を目指した。



最後まで読んで頂きありがとうございました(*'▽')


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次回もよろしくお願いします(*´Д`)

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