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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
第一幕:~.。.:*✽桜紅の出逢い✽*:.。.~
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第二集:武官のふたり

 

 神や神官が天上界と下界を行き来する中央往来(ちゅうおうおうらい)()は外城にある。


 四角形の断面を持ち、上方に向かって徐々に狭まった高く長い直立の石柱で、先端部分はピラミッドの四角錐になっていて、金の薄板で装飾されている。


 神々はこれに触れるだけで光に包まれ、下界へ降りることができた。


 そして現にいま、タリアはひとり、地上へと向かったのだった。




 「――さて、北東の方角だったな」


 下界は夜の闇が迫る時刻――人知れず舞い降りた上位神タリアは、軽く左腕を上げ手の平を上にする。するとどこからともなく、ぱっと方位磁石を取り出した。本体は木製で文字部分は漆塗り、方位表示が干支と如何にも古い品物だ。


 丑寅(うしとら)の方角を確認し、タリアは神に備わる能力で再度シュッと方位磁石を消した。自由自在に物の出し入れが可能な術だ、便利で羨ましい。

 

 タリアが歩き出す先に広がる人気のない村は、まさに風景を殺すと書いて殺風景な土地で寂しさに()()ちている。


 「こんばんは、精が出ますね」


 「…………」


 遠くで枯れた畑を耕す人間にタリアは挨拶したが無視された。ぽつぽつ人はまばらにいるものの、誰も関わりたくない雰囲気を(かも)し出している。母親は子供の手を引き、古く手入れのされていない家屋に逃げ込む始末だ。


 「まあ、いいか」


 無理に弁解するほうが逆に怪しいだろう、こういう反応は気に留めても切りが無い。逢魔が時によそ者が通れば用心はする。


 とても当たり前な行動だ。むしろ警戒心があるのは良い。


 うんうんとタリアがひとり納得していた刹那(せつな)、目の前にふたりの男が渦状の風を纏い現れた。並立(へいりつ)する彼らは数枚の書類を掲げ、誇らしげだ。


 「(……武官(ぶかん)か)」


 両者の服装は天上界の軍服――チェッコ式の黒軍帽(こくぐんぼう)黒軍衣(こくぐんい)で、武官の者と判る。袖口の折り返しとズボンのサイドは黄色の縁で囲まれていて、左の裾に脇裂(サイドベンツ)があり剣留(けんどめ)がある。襟は高く仕立てられ、黄色の襟章、銀色の肩章(けんしょう)はモール編みタイプだ。

 下は黒い短袴(たんこ)に同色の長靴、換言すれば乗馬ズボンに乗馬ブーツを履いていた。

 軍帽の鉢巻と天井部のパイピングは黄色、軍刀の(つか)は黒漆の塗られた鮫皮に黄色の柄糸が巻かれてある。鞘も黒漆塗りで(つば)は装飾のない丸型だ。

 軍刀は上衣の下に刀帯(とうだ)を締め、上衣の脇裂から覗かせて使用する。刀帯の色も又、黄色であった。


 「えっと……、君達は」


 「…………」


 何か言いかけるタリアに対して、二人は手で「待て」と無言の制止をする。直後、一部の空間が電磁波で揺れ動き、ホログラム化した五事官の長ウリが実寸大で出現した。


 彼は届伝力(かいでんりき)と言う能力を持っており、五界すべてにいる神と接触が可能なのだ。タリアも幾度か世話になっていて、特段の驚きはない。


 「……ウリ? ウリ? あれ、ウリ?」


 天上界と下界の電波が悪いのだろうか?

 身動きしないウリに呼びかけ、はたと察しが付いたタリアは肩で息を吐いた。


 「はあ……、はいはい。ここにいる三人、すべての会話を許可するよ」


 地上にない絶対が天上界にはある。天上皇の掟に背いてはならない。


 ウリは厳粛とも言うべき真面目な性格だ。タリアの許しを得て、ようやく機械音じみた声で応答する。

 

 「鬱陶し気に御許可を下さり有難うございますタリア殿、そちらにいる二名の若い神兵(しんぺい)――武官の同行が決まりましたので宜しくお願い致します」


 「珍しいね、私に付いて来たがる者がいるなんて」


 「今回は早い決着で間に合いました。予てより貴方に随行(ずいこう)したいと希望していた二人になります、必要な書類提出も一瞬で助かりました」


 「そうなんだ……」


 「僕は忙しいのでこれで失礼します。凱歌(がいか)()げるは神にあり」


 「(われ)百罪百許(はくずいはくきょ)(さず)けられし神、地上に並ぶものなし」


 タリアはウリの言葉に続いて告げた。ウリは任務に赴く神の士気を鼓舞するのが上手い。


 序でに補足として、百罪百許とは百の罪を犯しても百の罪が許される、天上皇が上位神の中でも取り分けて可愛がっているタリアに与えた特権だ。


 ウリはタリアに首肯(しゅこう)すると通信を切った。タイミングを見計らい、武官のひとりが自ら名乗る。


 「武官に務めている神官、ハオティエンです。武官の長アレスの息子になります」


 落ち着いた低い声は威厳もある、流石は武官の長の息子だ。タリアは無論、彼の父アレスとは面識があった。


 ハオティエンは、父同様に長髪の黒髪を頭部の高い位置でひとつに束ねている。小顔のすっきりとしたしょうゆ顔で、瞳と長い睫毛は黒、左目の下に黒子があり、身長は186㎝、容貌の優れた男神(おがみ)だ。


 「僕も武官に務めています。神官のウォンヌです、因みに父は五事官の長ウリです。次男になります」


 もう片方の男神も名前を継いで言った。最後の情報にタリアはきょとん、と目を瞬かせる。


 「……ウリ? さっきの、ウリ?」


 「ええ、さっきの、ウリです」


 おうむ返しされた。タリアは185㎝あるウォンヌを見上げ凝視する。確かに特徴が一致する点が多かった。


 ウォンヌは前髪を眉の上で切り揃え、後ろ髪は顎のラインでぱっつんと切り、毛先を無造作に遊ばせている。金髪のブラントカットだ。

 長い睫毛の下に大きな金色の瞳があり、顔は人形のように可愛く、両耳に横五センチ、縦ニ十センチの神札のピアスをぶら下げていた。

 そしてハオティエンと異なり、両手に黒いラム革の手袋をしている。黒いシンプルなデザインのクリアゴーグルも首にかけていて、彼の息子ならもしやとタリアは訊ねた。


 「ウリは潔癖症だよね、君もそうなのかな。ああ、悪気はないよ。ちょっと気になっただけで」


 「父は潔癖じゃないかと。まあ僕は不潔が()、嫌いです。清潔がいいでしょう、誰だって」


 「(大嫌いの()が自棄に強調されていたな……)」


 ウリは完璧な潔癖症だ、否定するウォンヌはそれ以上かもしれない。雑菌がうようよいる地上で果たして彼は大丈夫か、タリアは心配になる。


 しかしハオティエンはタリアの抱く不安を超えて、呆れを含んだ口調で呟いた。


 「よくそんなんで二百年も生きれたな」


 一言一句、静かな空間に落ちた独り言は、タリヤとウォンヌの耳にしっかり届いている。タリアは止めに入ろうと思ったが遅かった。ウォンヌは鼻で笑い、感情を剥き出しに荒っぽく意見を述べる。


 「――ハッ! タリア様、そいつは二百年の間、一切のウイルス対策をせず、のうのうと生きてきた男です。汚いので接近禁止命令を下されては如何でしょう!?」


 「タリア様、こいつは足手纏いになります。即刻、天上界へ送還させましょう」


 「親の顔利きでここにいるお前が消えろ!」


 「神官の口添えでここにいるお前が失せろ!」


 二人は罵倒し合い、ついには互いの胸倉を投げ飛ばす勢いで掴んだ。


 「こらこらよしなさい!」


 タリアは二人を引き離した。ハオティエンとウォンヌの関係性は知らないものの、自分を言い争いの原因にされては困る。


 「…………」


 「…………」


 腕を組み、フン、と視線を逸らす態度は子供だ。神の二百歳は若い、タリアは神兵二人に改めて問うた。


 「はあ、……強制はしない。二人は私に付いて来るんだね?」


 「俺は志願して来ました」


 「僕は志願して来ました」


 ハオティエン、ウォンヌ、肯定の返事が絶妙に重なる。


 「神々と言えど、気が合う合わないはある。ただ私の前で喧嘩はしないで、いいね?」


 「…………善処します」


 「…………努力します」


 仲が良いのか悪いのか語調はぴったりだ。


 「(渋々だな……)」


 タリアはきっと「するんだろう」と心中で思う。けれど追い返す気はない。手助けしてくれる者がいるのは素直に有難く、心強くもあった。


 二人は不満を尖らせた唇で露わにしているが、取り敢えずの反省はしている。一拍置き、タリアは話を切り替えた。


 「下界は日が落ちるのが早い。私は野宿で構わないが、君達はどうだろう?」


 「――――っ」


 野宿、の単語に約一名が固まる。ハッと我に返り、石化が解けたウォンヌが、真っ青な顔色でごくり唾を飲み込んだ。


 「三美神(さんびしん)であらせられるタ、タリア様が、の、野宿……」


 「俺は地べたに寝転がるくらい平気です、軍人ですから」


 「く……ッ」


 平然とタリアの提案に同意するハオティエンに、ウォンヌは鋭い眼光を浴びせた。拳を握る手をわなわな震わせ、「僕も……」と重い口を開ける。

 

 「お供、します」


 苦々しい口ぶりだ。


 「ウォンヌ、君は一度天上界に戻り明朝(みょうちょう)に――」


 「お供!!!! します!!!!」


 ウォンヌは眉尻を吊り上げ、大声でタリアの言葉尻を遮った。


 「わ、わかった」


 気遣いは彼の意地を逆なでする。タリアは頷き、止まっていた足を再び動かし始めた。ハオティエンとウォンヌは背中を追いかける。


 「地上は気持ちが良いね」


 「まあ……」


 「はい……」


 頬を掠める風に微笑むタリアは美しく、ハオティエンとウォンヌは相槌を打つのが精一杯だった。いつも遠目で眺めていた憧れの存在が眼前にいる、二人の瞳に映るタリアはそんな事実もちろん知る由もなかった。

 

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