第二十六集:二人で歩む道
下界と鬼界の狭間に五百年封印されている火鬼がいた。
自然の生んだ渾沌の火鬼は、人間と神官を殺す大罪を犯し、天地、宇宙、万物の創造主、天上皇の神札で封印されていた。
しかし天上皇の数年に数回訪れる眠りと同時に、その封印の札の効力が弱まっていると報告を受ける。それを耳にした上位神タリアは武官二名を引き連れ、火鬼の封印札を新しく変えるため、下界へ降りたのだった。
「――怖がらないで、私は君の味方だ」
火鬼との出会い。それは偶然が必然となり運命を呼んだ。
火鬼と上位神タリアは共に歩む未来へと進んでいたのだった。
* * * * *
下界は晴天に恵まれていた。活気ある村人達が農作業に励んでいる。
狐族の雷狐、電蔵主庵に狙われ苦しんでいた村も、タリア達の活躍もあってすっかり日常を取り戻していた。
大地の潤い、木々の芽吹き、神に感謝を忘れず、村人達は当たり前の明日を目指し生きている。休憩で握り飯を食らう男達、かくれんぼで遊ぶ子供達、井戸端会議をする女達、みんな意気揚々と各々の時間を過ごしていた。生気に満ちている。とても良い風景だ。
「タリア、天気がいい。散歩に行こう」
「ああ。いいね、行こうか」
少年姿でいる焔の誘いにタリアが乗った。二人の左耳に下がるお揃いの菊結びは先日、「タリアが焔に嫁ぐ神」の前約として、天上皇が二人に贈った証だ。
瞬く間に二人の噂は広まり、天上界の内城、外城がタリアの所謂、婚約に大騒ぎだった。しかも相手は天上界、神々の天敵、五百年前の大罪鬼、火鬼の孤魅恐純だ。遣る瀬無い怒りを募らせる神々や、上位神タリアに失恋した男神や女神の数は計り知れない。
上位神エルはショックの余り寝込み、武官の長アレスに至っては気絶し運ばれる始末だ。そんな渦中にあるタリアの性格はおっとりしている。騒ぎを履き違え「今日はみんな楽しそうだね」と的外れな意見を零していた。
「――タリア殿、火鬼に長居されては神々が仕事に支障をきたします」
天上界は天上皇の予想だにしない早い目覚めもあり、何かと忙しい。にも拘わらず、タリアや火鬼のお陰で神々は集中力に欠けている。
五事官ウリは天上界の有り様を見兼ね、静養を終えているタリアに進言した。タリアは下神の訴えを快く受け止める上位神だ、ウリも心得ている。
「――おっ、桜道士様だ!!」
「――おお! 帰っておられたか!!」
タリアは焔を連れて下界に降りていた。玄関を出るや否や、村人達と鉢合わせる。
「こんにちは皆さん」
タリアが挨拶した。焔はしない。
「おっきーの建てたなあ!」
「桜道士様やろ? えらい別嬪な神像やって母ちゃんが」
高さ15メートル、幅8メートルのタリア神像だ。彫刻した焔が自慢する。仁王立ちで踏ん反り返った、尊大な体勢だ。
「俺が建てた。五穀豊穣、商売繁盛、子宝に家庭円満、諸々のご利益がある」
上位神タリアの信者は、景気が花開き、発展し、栄え、豊かになる。焔は人間が理解しやすい言語で説明した。
「アハハ……、すみません勝手に」
謝るタリアに対し、村人は首を振る。大喜びだ。
「こりゃあいい! 桜道士様のご利益か!!」
「法力がある御方だ! 神は俺らじゃ見えん、実際におる桜道士様は崇めやすいな!」
「誰か台持って来い! 供え物がいる!」
「夜は暗い! 提灯もいるな!!」
村人達はタリアの神像の前に群がり、協心戮力、作業を始めた。タリアは大事になっている気がするが、神は神、悪い気持ちはしない。
和気藹々の村人を眺めるタリアの左手を焔が掴んだ。
「行こう」
「ああ」
タリアもようやく、手を引かれることに慣れた。
上位神は天上皇の次に汚れのない清らかな存在だ。下神は上位神の許可なく会話及び接触は許されない。
その点で焔は鬼族の火鬼だ。天上界の掟に縛られず、タリアに接してくる。
焔との出逢い、新鮮な体験は、タリアの人生で大きな分岐点となった。千古不変に孤独の海に沈み、滲んでいく生の意味、輝きの中で独り藻掻いていたタリアを、焔はただ凄く簡単に、ただ凄く難しい、傍にいる方法で救い出したのだ。
タリアはこっそり焔を目の端で捉える。お揃いの菊結びが揺れていた。
「タリア、見て! 栗の木だ!」
「――わあ!」
焔が人差し指で差す方角に栗の木が栗を実らせている。村に隣接する森を進んだところだ。栗が大好物なタリアは感嘆の声を漏らした。イガが茶色い。
タリアは栗の木の下に駆け、パカッと開いたイガ栗に目を煌かせる。
「タリアは栗が好きなの?」
「ああ! 数年前、下界で食べて以来、大好きなんだ! わあ! いっぱい落ちてる!」
タリアは神に備わる術で、手頃な丸籠と火ばさみを出した。迷わず拾おうとするタリアを焔が止める。きょとんと小首を傾げるタリアに、自身の袖口を捲る焔が告げた。
「棘が危ない。俺が拾うよ」
焔はタリアに怪我を負わせたくない。棘が万一タリアの綺麗な指先に刺されば、怒りでここら一帯を焼け野原にしてしまう自信がある。
「大丈夫だ、火ばさみがある」
「だめ、貸して」
タリアから火ばさみと丸籠を奪い、焔は皮が艶々している栗を集めた。虫がいないか、穴が開いていないか、見極め収穫する。手早い。
籠が満杯になった。
「ありがとう焔、今晩は栗ご飯にしよう」
「いいね、俺も手伝うよ」
「――あ、待って虫が……ッツ!」
栗の中にいた虫が出てくる。クリシギゾウムシ クリミガ の幼虫だ。タリアが排除すべく手を伸ばしたが、棘が右手の人差し指、指頭に刺さってしまった。焔が一瞬で幼虫がいた栗を投げ、能力で火だるまにする。
「タリア!」
「平気だ。ちょっとチクッと――」
「――――」
言い終わる前に、焔が自分の口内にタリアの人差し指を突っ込んだ。
消毒なのだろう、吸われる感覚がタリアの指先に伝わった。
「ありがとう焔。だいじょう、ぶ」
「…………」
朱色の瞳がタリアを直視している。そっと濡れた指を抜き、焔は薄く艶やかなタリアの口端に唇を寄せた。刹那に離れる。
「こっちは、実体のときにする」
「…………っ」
焔がタリアの下唇に中指三本の指先を当て、至近距離で断言した。タリアは真っ赤な顔を背け、ちらり焔を一瞥し、静かに首肯する。逐一、可愛い動作だ。
「――俺は誰かを守った経験がない。守りたい、タリアを」
焔が瞼を半分下げ、突然、告白した。憂いを帯びた表情が切ない。
「……焔、私は充分、君に守ってもらっている」
「タリアは上位神で、容易く消滅はしない。でも痛みはある。痛い思いはしてほしくない。俺は助けられる側じゃなく、タリアを助ける側でいたい」
焔は恐らく文龍の槍がタリアを貫いた一連を思考に浮かべている。タリアの信念が焔の心に恐怖を植え付けてしまっていた。それは焔自身ではない、タリアが傷付く恐怖だ。
「私が上位神である以上、君の不安を取り除いてあげられない。すまない……、一緒に悩んでいこう。私も焔に痛い思いはしてほしくないが、他を頼る手段を学びたい。次は焔に助けてもらうよ、言っておくけど言い出しっぺは君だからな」
覚えた不安は徐々に解消する他ない。互いの信頼も必要だ。誠実なタリアの言葉に焔は肺に溜まる息を吐き微笑する。
「ハア、大丈夫、約束する。必ず守るよ」
吹き抜けた風は柔らかい。桜色と朱色の髪が宙に舞う。二人で選んだ二人で生きる道はまだ、始まったばかりだ。
最後まで読んで頂きありがとうございます(*^▽^*)
一応、第一章はここまでとなります。
短編と外伝を挟んで、二章になる予定です!
読者様のお陰です。これからもよろしくお願いします。
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次回もよろしくお願いいたします(*'ω'*)




