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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
第一幕:~.。.:*✽桜紅の出逢い✽*:.。.~
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第二十五話:菊結び


 「タリア、あっちは?」


 「エデンの(その)がある」


 「そっちは?」


 「アルテミスの森がある」


 鬼界(きかい)鬼族(きぞく)三災鬼(さんさいき)火鬼(ひおに)孤魅恐純(こみきょうじゅん)上位神(じょういしん)タリアが、天上界内城(ないじょう)を歩いている。桜色の髪を(なび)かせるタリアは美貌に儚さがあり、赤銅色(しゃくどうしょく)の騎士服の裾をはためかせる孤魅恐純は眉目秀麗(びもくしゅうれい)で魅惑的だ。対極の二人が並ぶ姿は絵画の如く美しい。


 遠目で二人を窺う神々は、タリアが能力で色彩豊かな花々を出す光景にうっとりとしていた。花びらが風に乗って辺り全体が華やかになる。


 「――おお!」


 「――タリア様のお恵みだ!」


 普段は粛然とする内城も、今日は珍しく騒がしかった。


 タリアと(ほむら)、二人と一定の間隔を保ち、取り巻く男神(おがみ)達もいる。焔の殺気立った牽制(けんせい)で神々はタリアに目礼も許されない。


 タリアは目的地が目視しうる距離になり、焔の左手を(さら)う。


 「――あそこだ」


 美に溢れたタリアが眩しい笑顔で、朱を(まと)う焔を(いざな)った。タリアの歩調に合わせ付いて行く焔は、見目麗しい上級三神(じょうきゅうさんしん)の女神の好意的な視線は度外視(どがいし)だ。


 タリアが示した場所には、途中で途切れた階段がある。ぽつんと用途不明な階段をタリアが先に上り、焔も一段一段、後に続いた。


 最後の一段目に差し掛かり、タリアが純白の十二枚の翼を広げる。堕神(だしん)に射抜かれた箇所に傷跡はない。天上皇(てんじょうおう)上位神(じょういしん)に授けし栄光は、一枚一枚真珠の(きらめ)きで、(まさ)に圧巻の一言だ。


 一歩先に道はない。タリアが短く訊ねる。


 「――こわい?」


 「タリアとなら地上に墜ちても構わない」


 「ハハ、火鬼は度胸がある」


 真言(しんごん)か虚言か正解は恐らく前者だ。タリアはゆっくり翼を羽ばたかせ、焔の左手を引き、善悪のない澄み渡る空を案内した。


 幻想的な橙色(だいだいいろ)孔明灯(こうめいとう)が昇っている。温かく切ない、無数の小さな熱気球だ。


 「地上の祈りだよ、天上皇に届けられる」


 「祈りって届くんだ」


 「もちろん、届く。ああ、ここだよ焔。足元に気を付けて」


 宙に浮く薄い円形の土台にタリアと焔は辿り着いた。床は大理石で、円の(ふち)に添って天上皇の御言葉(みことば)が描かれており、中央に天上皇の左目の彫刻が(ほどこ)されてある。


 二人は真ん中に移動した。上空に向けタリアが拱手(きょうしゅ)謁見(えっけん)(たまわ)る。焔はしない。


 「天上皇、参りました。上位神タリアです」

 

 「――タリア」


 突如、神々しい光の粒が舞った。星々に近い青藍(せいらん)虚空(こくう)に神秘的な白いベールがかかる。こちらを覗き込む大きな影、輪郭(りんかく)しかわからない漠然とした面輪(おもわ)の正体、それは天地、宇宙、万物を創造した天上皇だ。


 「此度(こたび)私事(わたくしごと)で睡眠を妨碍(ぼうげ)し誠に申し訳ありません。断罪に処すべき行い、真摯に受け止めます」


 神々は誠実であらねばならない。タリアの改まった真剣な物言いに、天上皇は緊張を(ほぐ)す返しをする。


 「――お前の泣き声は数世紀ぶりだった。泣き虫だった頃のお前を思い出す」


 「……父上、やめてください。私は泣き虫じゃなかったでしょう」


 タリアは頬を赤らめて否定し唇を(とが)らせた。可愛い抵抗に焔も自然と笑んだ。


 「――私は森羅万象の歴史、未来を見透せる。罪過(ざいか)の有無は明らか、お前に罪はない。起床の邪魔は私自ら創った上位神に限り免罪だ、案ずるな」


 天上皇の特別な計らいにタリアは(こうべ)()れる。


 「寛大な処分、ありがとうございます」


 禁固刑(きんこけい)烙印(らくいん)(まぬが)れた。タリアは安堵しつつ、次の本題に切り込んだ。


 「天上皇が睡眠なされている間に火鬼の封印が解け――」


 「――ああ、わかっている」


 すべて既知(きち)する天上皇はタリアの懇願(こんがん)を遮り、自分を見上げた焔を見下げる。焔は両腕を後ろに組んでいた。堂々たる態度は一切の敬いがない。


 タリアは焔の前に立ち、再び、拱手する。諦めず、言葉を(つむ)いだ。


 「――天上皇。彼は五百年封印され、情状酌量の余地があります。私の監視下に置きたく、何卒、封印の御再考(ごさいこう)を願えませんでしょうか。孤魅恐純は鬼族、理非曲直(りひきょくちょく)を正すことは難しいでしょうが、私は彼を諭し導きたく思います」


 「火鬼よ、タリアに対しお前の主張はないか」


 天上皇が焔に問う。焔はタリアの腰に右腕を回し手前に引いた。ドンッとタリアの背中が焔の胸元に激突するが、本人は気にしていない。


 タリアが驚くなか、焔は自分のただ一つの願いを口にする。


 「――タリアの傍にいたい」

 

 「――……」


 天上皇は暫し黙り込んだ。焦るタリアが条件を付け足した。


 「彼が万が一、五百年前同様の惨劇を繰り返した場合、私の翼を切り落とし地上に追放して下さい」


 十二枚の翼を捨てる、これは上位神にしかできない最大級の償いだ。無謀(むぼう)な賭けと神々は(さげす)むだろう、しかしタリアは焔の真心(まごころ)を信じて疑わない。


 そんな愚かで気高い神を愛してやまない焔が、天上皇ではなくタリアに誓言(せいごん)する。


 「無闇に人間や神は殺さない。俺はタリアの足枷(あしかせ)にならないよ、だからタリアが翼を切り落とす日は永久にやってこない。アンタじゃなくタリアに誓うよ」


 「ゴホンゴホンッ! 焔、天上皇だ……」


 咳払いするタリアが小声で叱った。けれど焔は呼称(こしょう)を改めない。


 「タリア以外は石や草と同じだよ、アンタで充分だ」


 焔は意地悪に口端を吊り上げ、天上皇を朱色の鋭い眼差しで射抜いた。タリアは天上皇にたじたじと謝罪する。溜息は深かった。


 「あー……はあぁ、申し訳ございません」


 焔が敵か味方かはっきりしない。万策尽き絶望的な状況かと思いきや、天上皇がタリアの申し出を容認する。


 「――いいだろう。タリアの懇請(こんせい)は初めてだ。(りょう)とする、封印は見送ろう。火鬼はお前に一任する、タリア」


 「父上……」


 「――火鬼に愛を、情けを、罪を学ばせなさい。上位神タリアに課す新しい役目だ。何よりか弱き人間に危害を加えず、下界の安寧を乱さず、お前の監視のもとで火鬼が従順におれば天上界の子等(こら)もひとつ荷が下りよう」


 「謹んで拝命致します」

 

 拱手するタリアは胸を撫で下ろした。天上皇の御言葉は絶対だ。もし封印が妥当と判断され決定したら、タリアでさえ覆せない。危機一髪だった。

 

 刹那、焔が爆弾を投下する。


 「愛はすでに学んでいる。俺はタリアを天地で一番、愛してるし、(いず)れは俺に嫁いでもらう。紅い花嫁衣裳がいい」


 淡々と将来の夢を語った焔に悪気はない。素直は美徳だ。


 だが時と場合による。タリアは天上皇の目線が痛かった。


 「――ほう」


 「…………」


 無言を貫くタリアに、天上皇は予想に反して好意的に解釈する。


 「――()を愛す者は()に愛される者になる。偽りのない信仰はタリアの糧となる。三百年、タリアに誠意を尽してみよ。そのあと前途を祝福しよう」


 「父上……」


 タリアは改めて感銘を受けた。天上皇は五界(ごかい)の全種族、大罪人、善人、どんな愛も例外なく(さん)する。天上皇が注ぐ愛は無償で、且つ無限大だ。


 「三百年、余裕だ。三百年の間、タリアが俺に嫁ぐ神である前約の証がほしい。他の(ヤツ)に掠め取られたくない」


 「――証か」


 焔が無礼に強請(ねだ)った。天上皇は「証」を二人の左耳にぶら下げる。


 「……耳飾り?」


 焔の呟きにタリアも自身の左耳を触った。朱と桜色が織り交ざる菊結(きくむす)び、ロングタッセルの形だ。


 「――私の神力(しんりき)で三百年、外れない」


 「いいね、気に入った」


 焔は天上皇に軽口で馴れ馴れしい。タリアは「まったく」と呆れるものの、表情に咲いた欣幸(きんこう)は隠せていなかった。


 「父上、有難く頂戴致します」


 「――ああ、二人共下がっていい。タリアは下界に居座らず、適度に兄姉(きょうだい)に顔をみせてあげなさい」


 「はい父上、失礼します」


 タリアは拱手し、焔を連れ、内城に降りる。戻ってきた二人の左耳に注目しない神々はいない。


 お揃いの菊結びは天上皇公認の印だ。内城は然り、噂が飛んだ外城(がいじょう)も騒然としたのだった。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます(*^▽^*)

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次回もよろしくお願いいたします(*'ω'*)

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