第二十二集:京癒殿
天上界内城――京癒殿は、外城の万医生殿と機関の仕組みは一緒だ。上位神が負傷した際は京癒殿で治療を行う。
身体を張った任務が多い天官軍の利用率が比較的に高い。
京癒殿は獅子が乗る翡翠瓦と八角形の外観が特徴的だ。四階建てになっており、柱に黄金の龍が巻き付いている。床は石床で花鳥風月を描いた回廊は豪華絢爛だ。屈折して取り囲んだ中庭の中心に、聖なる木パロサントが植えられていた。
内城は天上皇の居住、上位神の宮殿や任務を行う御殿があり、取り分け神聖な区域だ。上級三神以外の神々は、内城と外城を繋ぐ七福門を潜る許可がいる。
七福門の門番、左門神と右門神に一日許可札を貰えば、内城と外城は自由に行き来可能だ。許可札は内城にある御神木の枝で縦10㎝、横5㎝の板に「済」と一文字書かれてある。上側に樹皮が残った木札は生木の脂で艶々だ。
潔癖症のウォンヌは、この許可札が嫌いだった。
「……べたべたする」
「うるさい」
ウォンヌの苦情を、ハオティエンが一刀両断する。ウォンヌは諦めず、除菌用シートで気になる箇所を拭いていた。擦りすぎて若干、済の文字が滲んできている。
許可札の木札を腰紐に括りぶら下げた二人は現在、京癒殿にいた。白衣を着て忙しなく動く医研官は上位神の中位神と下位神のどちらかで中級三神の神官二人にとっては少々居心地が悪い空間だ。
ハオティエンとウォンヌは入口で面会の許可を得て、階段を上り、四階北側の部屋をノックする。
「は~い。あら~可愛い子達ね~」
カチャリ、ドアノブが回った。扉を開けた人物は、カリスに属する麗しい女神だ。舌が縺れる甘い声音に二人は息を詰まらせた。タイミングが良かったのか悪かったのか、入れ違いで女神達が退出する。
「お友達かしら?」
「え~、お喋りしたかったわ残念~」
「じゃあ、お大事に~~」
妖艶な色香に魅せられた二人の脈拍は速い。漂う残り香に心を奪われつつ、ふらふら二人は覚束無い足取りで部屋に入った。
上位神タリアが二人を出迎える。
「すまない、姉さん達が」
ベッド上部を上げ、座位するタリアの顔色は良い。
「…………」
「…………」
開口一番に謝罪したタリアに、拱手する二人は無言だ。タリアは小首を傾げ、「ああ」と合点がいった。
「どうぞ、会話の許可をするよ」
上位神外の神々は、許可がない限り、上位神と直接の接触及び会話が許されない。天上界の掟は絶対だ。守る二人が正しい。
「カリスの女神達ですよね。びっくりしました、僕は神々の宴の場でしかお目にしたことがありません」
「俺もです。冷や汗をかきました」
カリスは美や愛嬌、優雅を兼ね備え、肉体的な美しさと心的機能の優美さがある。人数は不定で一柱のタリアも把握していない。先程のカリスは、成長、遊楽、祝いの夜、愉快を司る女神達だ。
「大袈裟だな二人共」
太陽の光が差すタリアの端麗な顔立ちは、畏怖の念を与えるくらいに神々しい。魅惑と正反対の儚さがある。
「尊いタリア様が一柱で納得です」
「ああ」
無垢なタリアに二人の鼓動は段々、落ち着きを取り戻した。ウォンヌが咳払いし、逸れた話題を切り替える。
「……ゴホンッ。タリア様、体調は如何ですか」
「――翼は? 十二枚ありますよね?」
「ありがとうウォンヌ、体調はいいよ。翼もちゃんと十二枚ある、ありがとうハオティエン」
万能薬の滴下生を一粒飲み、聖滝の滝で体を清め、文龍に痛め付けられたタリアの身体は、一晩ですっかり回復していた。天上皇が創った不死に近い体だ、タリアは自然治癒力が高い。
「ありがとう、なんて僕は何もしていません。昨晩はタリア様を守れず不甲斐さを反省していました」
「俺もですタリア様。堕神に手一杯な自分の力量が情けない……」
記憶の断片が二人を苦しめる。黒軍帽を深く被り、ウォンヌとハオティエンは唇を震わせた。
数百年生きているが、二人は神としてはまだまだ若い。伸び代は無限大だ。
タリアは片頬をぽりぽり指先で掻き、苦笑交じりに教訓を垂れる。
「君達を見ているとウリやアレスの若かりし頃を思い出すよ。神々は完璧じゃない。天地、万物で完璧な存在は天上皇だけだ。私達は時に失敗したり、悩んだり、たくさんの試練にぶつかり、逃げずに乗り越えていかなければならない。君達は若いし焦らなくていい。昨晩の一件で、生き残れた事実を誇りに前に進みなさい」
自分が至らなかった点は一回、考えれば十分だ。悠久の時間を生きる神々は「難」を引き摺ってはいけない。
「……精進します」
「……より一層の鍛錬に励みます」
「いい子だ」
二人の肯定的な返事にタリアは満足気に褒めた。窓から吹き抜ける風がタリアの頬を掠め、一拍置き、言葉を紡いだ。
「――文龍はエルが?」
質問にウォンヌが的確に答えた。
「はい。他の堕神もエル様が裁きを」
「さすがエルだ」
自分の意識が途絶えた後の、粗方の説明は女神達に受けている。エルが女神達に頼んでいた、当の本人はすでに天繋地だ。部下を罰した悲しみに暮れる暇なく、己の担う任務を全うする姿勢にタリアは感服する。自分に厳しい一面はエルの長所で短所だ。タリアはエルを自慢に思うが、憂慮もしていた。
「火鬼は罪改牢にいます」
「ああ。孤魅恐純が天上界にいるって、女神達が恐がっていた」
焔が自分の心臓を抉り捨て、天上界に昇った経緯も耳にしている。震慄した女神の表情は暫く忘れられそうにない。
「(焔は怒っているかな……)」
不安と恐怖で揺れる朱色の瞳を、タリアは途切れ途切れに憶えていた。自分の判断に後悔はない。何度だって焔を助ける。
けれど信念を貫いた結果、焔を泣かせてしまった。板挟みの感情を解決する出口が見つからない。
物思いに耽るタリアに、ハオティエンが情報をくれる。
「罪改牢の見張り番をする番官によると、飲まず食わずで一晩を明かしたとか」
「それは大変だ! エルが焔の決定権を私にくれた。夕刻に迎えに行く」
火鬼は不死身に等しいが、だらかと言って放ってはおけない。
焦るタリアにハオティエンとウォンヌが目配せし合い、頷くウォンヌが能力で茶封筒を取り出した。二人に抜かりはない。タリアの発言は二人の想定内だ。
「こちらが火鬼を引き取る手続き書類になります。タリア様の捺印で終わりです。罪改牢を束ねる牢長に、『夕刻タリア様がおいでになる』と伝えてあります」
「……ありがとうウォンヌ、君達は用意がいいな」
「いえ。牢長も、災いの種だ一刻も早く連れていけ、って感じでしたね」
「あはは……、申し訳ないな」
相手は五百年前大罪を犯した火鬼、きっと厳重に警戒しているのだろう。ウォンヌの上手い物真似で、タリアは牢長の顰面が想像つき気が咎める。
「……火鬼はタリア様の宮殿に?」
「ああ。焔も安心するだろう」
ハオティエンの唐突な問いに、タリアは意に介さない様子で点頭した。タリアも久しぶりに帰る。特段なにもない宮殿だが、焔に綺麗な桜が咲く庭を案内できるいい機会だ。タリアは素直に楽しみで嬉しい。
「……神々が騒ぐな、ウォンヌ」
「……だな、アレス様が暴れる」
「……はあ」
ハオティエンとウォンヌは小声で明日を憂いた。
「――ん? なに?」
タリアは自分の存在意義に疎い。神々の憧れの的である自覚がないタリアに、二人は口籠り首を左右に振る。
「いえ……何も……」
「……?」
肩を落とす二人の語調は暗い。突然、元気をなくす二人にタリアは疑問符を頭上に飛ばしたのだった。
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