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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
第一幕:~.。.:*✽桜紅の出逢い✽*:.。.~
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第ニ十集:二百年前


 天上界――左門神(さもんしん)右門神(うもんしん)の門番がいる七福門(しちふくもん)を潜った先に内城(ないじょう)はある。天上皇(てんじょうおう)宮殿(きゅうでん)、上位神の居住する(みや)御殿(ごでん)があり、上級三神(じょうきゅうさんしん)でも限られた神しか立ち入れない神域だ。

 

 エデンの(その)内城(ないじょう)、東にあった。


 神々が食す果実の木や、生命(せいめい)()、知恵の樹が植えられている。湧水(ゆうすい)の川は東西南北の四つに分かれ、流れた神聖な清水(せいすい)が園や天上界全域を潤している、貴重な場所だ。


 エデンの園は、翼を四枚授かりし中位神(ちゅういしん)が番人を担っている。


 中位神は神の階級の二番目に位階(いかい)の高い神で、任される仕事はたくさんあった。

 天上界と下界の狭間、天繋地(てんけいち)堕神(だしん)異界者(いかいしゃ)を討伐する天官軍(てんかんぐん)も又、彼らの請け負う仕事のひとつだ。総帥(そうすい)は天上皇が初めて創った男神(おがみ)エルだ、正義を司る彼が中位神を中心に発足させた天官軍は天上無敵と名高い。高潔な神々が多数揃っている。


 天上皇に武勇を称美(しょうび)される天官軍は、荘厳華麗(そうごんかれい)深沈厚重(しんちんこうじゅう)、神々が見習う手本で憧憬(しょうけい)されていた。


 上級三神(じょうきゅうさんしん)――中位神、文龍(もんりゅう)も「神に似たる上位神エル」を尊崇(そんすう)し、自ら志願して天官軍に務めていた。


 エルが率いる天官軍は、軍に入って間もない神兵(しんぺい)小官(しょうかん)、上下を中継する中官(ちゅうかん)、熟練の上官(じょうかん)と三階層になっている。総帥エルと共に天繋地に(おもむ)ける討伐組は上官で、以下は留守番組だ。

 もちろん不満を抱く神もいた。しかし天繋地は天上皇の敵対者、堕神、異界者が蔓延る危険地帯だ、一つの判断ミスが魂の消滅に繋がり兼ねない。殺戮に躊躇いがない敵は、ときに神を堕落(だらく)の道に誘惑したりもする。事実、数百年で数百人の神が欲に負け堕落した。精神、肉体が鍛えられた上官に絞る理由は、神が堕落するたびに嘆き苦しんだエルの、神々を守る手段にすぎない。つまりは温情だ。


 上位神エルの背中を追う神は後を絶たない。文龍も天官軍に身を捧げ数百年経ち、つい数百年前、長期に(わた)り望んでいた上官に昇進した。天繋地と天上界を行き来する日々は(こと)(ほか)に厳しいが、天上界の前線で天上皇に忠義を尽くす誇らしさが疲労を上回る。


 ただ今日は運に恵まれず(つら)さが勝っていた。


 「はあ……」

 

 溜息を吐いた文龍はエデンの園の一角、150メートルに及ぶ立派な九尺藤(きゅうしゃくふじ)藤棚(ふじだな)に咲き、花穂(かすい)を垂らす、お気に入りの空間にいる。落ちた藤の花びらが地面を彩る紫の世界は幻想的で圧巻だ。


 文龍は高級感あるアイアン製のガーデンテーブルの椅子に座り、ペンを走らせていた。神兵の実践練習で二人負傷し、監督していた文龍が責任を負い、始末書を作成している最中(さいちゅう)だ。


 普段は誰もいない静かな隠れ(みの)に、天女と見紛う桜色の男神(おがみ)が現れた。


 「――こんにちは」


 撫子色の深衣(しんい)を纏う眉目秀麗な彼は、豊かさと開花を司る上位神タリアだ。上位神は上級三神、中位神も上級三神、けれど決して一括りにしてはいけない。上位神は天上皇の次に汚れなく清らかな神、彼らの階位(かいい)下神(かしん)は直接の会話が許されない。

 

 「…………」


 タリアの存在は無論、知っていた。三美神(さんびしん)のひとり、カリスの一柱、容姿端麗な女神達に寵愛(ちょうあい)されている。武道の道一筋に専念してきた文龍は、実際に間近で拝謁(はいえつ)したタリアの繊細で儚い美に二の句が継げない。


 「――――ッ」


 文龍は白軍帽(はくぐんぼう)を脱ぎ直立し拱手(きょうしゅ)した。


 「いいよいいよ許可をしよう。白軍衣(はくぐんい)か、君は天官軍?」


 タリアに威圧感はない。上位神自慢の十二枚の翼も能力で可視不能(かしふのう)だ。柔らかい眼差しは透明で桜色の瞳に藤の花が舞っている。


 「は、い。上級三神、中位神、文龍と申します」


 「文龍。よろしく、私はタリアだ」


 「存知(ぞんち)しております」


 「それはありがとう」


 「あ、いえ……」


 数百年生きて上位神に初めて礼を述べられ、文龍は困惑した。平素(へいそ)無口な文龍は妙な緊張で一段と口数が少なくなる。脈打つ鼓動が速い。


 「コンチネンタルの髭が特徴の真面目な部下がいる、ってエルが言ってたな。君が恐らく、エルが言っていた真面目な部下だね」


 タリアが右手の細く白い人差し指で文龍の髭を指した。首を右斜めに倒し、薄い唇の端を上げるタリアは目の毒だ。


 「……過分な評価を頂き、恐縮至極に存じます」


 堅苦しい返しになったがタリアは気にしていない。文龍はいまほど生れ付きの不承面(ふしょうづら)を憎んだことはなかった。


 「今日はお休み? 何をしていたんだ?」

 

 タリアが文龍の書きかけの始末書を覗き込んだ。


 「へえ、君は字が上手だ」


 足された賛辞に文龍は耳尖(じかい)を赤くする。


 「……っ、お見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ありません」


 「見苦しくはない。私は天官軍の不撓(ふとう)の精神を私淑(ししゅく)している」


 上位神を規範(きはん)にする神はいるが、下神を模範(もはん)にする上位神はいない。驚く文龍にタリアはにっこり笑った。


 「じゃあ、私は失礼するよ。お仕事頑張って」


 「あ――、はい……」


 引き止められず、タリアは踵を返し去ってしまった。蕾が綻び、萎んだ感覚だ。


 「……上位神タリア様」


 彼はたまたまエデンの園を訪れたのだろうか?


 数百年と九尺藤の直下(ちょっか)で鉢合わせた上位神はいない。初の体験だ。

 広大なエデンの園、お気に入りの場所が被る偶然は必然か運命か、要らぬ妄想に(ふけ)ってしまう。


 「いかんいかん……」


 文龍は思考を一旦止め、目の前の始末書に取り掛かった。

 単に風変りな上位神に出逢い気持ちが昂っただけ、文龍は自戒(じかい)し、彼が「上手」と褒めてくれた字を丁寧に綴り始める。


 「二度目はない。目に焼き付けておくべきだったな」


 天上界のため身を粉に尽くす文龍に、上位神タリアは眩しい華の精霊だった。

 きっと次の再会は数百年後だ。互いを忘れた頃だと思っていた文龍だったが、数日後、天官軍が業務を行う崇光殿(すいこうでん)でばったりタリアと遭遇する。


 「――文龍、久しぶり」


 友好的に声をかけられ、文龍は白軍帽を取り一礼した。隣にいる白軍衣を着た上位神エルの視線が痛い。


 上位神エルは真珠色の短い髪を前髪も含め後方で束ねている。真珠色の瞳に同色の睫毛、端正な目鼻立ちで、唇は仄かに白く、額の第三の目は閉じられていた。身長は2mあるが圧迫感はない。戦場にいるエルと普段のエルは雰囲気に差異(さい)がある、天官軍の中位神は温度差に慣れない者もいた。


 「久しぶりって何だ。タリア、兄の俺に説明しろ。何の『久しぶり』だ」


 上位神エルは()わば長男、上位神タリアは末っ子だ。エルの趣味はタリアの成長記録で、タリアのアルバムを作る姿は天上界随所で頻繁に目撃されていた。末弟(まってい)想いで過度な独占欲、俗に言うブラザーコンプレックスだ。

 

 「数日前に偶然、いや必然? に、エデンの園で会ったんだよ。エルが言ってたコンチネンタルの髭、って文龍だろう?」


 「………ッ」


 タリアと目が合い咄嗟に目線を逸らす文龍の後悔は地上の深海並に深い。弁明したタリアに上位神エルは粛々(しゅくしゅく)と説教する。


 「お前に男女の必然はない。偶然だ。まあ、俺が言っていたコンチネンタルの髭は文龍で正解だな。いいかタリア、平等はお前の美点だが下神に気安く『久しぶり』はやめなさい」


 「文龍は私の大切な兄を支えてくれている天官軍の一人だ、怒らないでくれ」


 「怒っていない。文龍よくやった」


 大切な兄、に反応したエルは機嫌よく文龍に首肯した。文龍も相槌せざるを得ない。


 「じゃあエル、文龍に『久しぶり』は許してくれるかい?」


 「文龍がお前が(あし)を止めるに()る男神になればな、行くぞタリア」


 「はあまったくエルは……、またな文龍」


 手を振り遠退くタリアに文龍は拳を握る。文龍は眼光鋭くエルに射抜かれ、「今後はない」と牽制された。

 当然だけど悔しい。上位神タリアの横を歩けるエルが羨ましい。


 ――(あし)を止めるに()る男神。


 タリアは上位神、文龍は中位神だ。戦いを(こな)し勝率を上げ功績を残せば、ひとつの位階差(いかいさ)を埋められる。同等、以上にタリアを天上皇に所望できるはずだ。


 「……タリア様」


 自分に微笑むタリアが欲しい。文龍の執着が心に根付いた瞬間だった。

 

 そして当初の願いは色褪せ、数百年と(くすぶ)る恋はやがて彼の心を(むしば)んだ。


 「――やっと、やっとだ!!」


 悲願が目前になった矢先、下界に降りているタリアの居場所を探すべく、文龍は外城(がいじょう)精極殿(せいきょくでん)に向かった。その情報を集めた帰りの玄関口で、神官(しんかん)ウリの発言を意図せず聞いてしまう。

 

 「――へえ、タリア殿が、孤魅恐純(こみきょうじゅん)と」


 内容は明らかな裏切りだった。数百年捧げた真心を足蹴にされた文龍が、嫉妬、恨み、妬み、固執に支配される。刹那、堕落が文龍を抱き締め耳元で囁いた。


 「……殺そう」


とめどなく闇が溢れ、文龍の善が、信念が、滲み、溺れていく。

一筋の涙を拭い、文龍は抗いを捨てたのだった。

最後まで読んで頂きありがとうございます(*'ω'*)

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