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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
第一幕:~.。.:*✽桜紅の出逢い✽*:.。.~
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第十八集:誰を謀る


 「僕が移境扉(いけいひ)を開きます」


 ウォンヌが拾った木の棒で地面に円形を描き、(ふち)に添って天上界の文様(もんよう)神聖文字(しんせいもじ)を並べ構成する図は、境界円(けいかいえん)だ。界道(かいどう)と別名もあり、鬼界(きかい)狐界(こかい)狼界(ろうかい)鹿界(しかかい)下界(げかい)、すべての五界(ごかい)をいとも容易く移動できる。


 「お前上手いな」


 ハオティエンがウォンヌを褒めた。狂いのない境界円は芸術的だ。


 「お前が下手くそなんだよ、ハオティエン」


 ウォンヌは棒を捨てる。黒いラム革の手袋をした両手を(はた)き、タリアを呼んだ。彼の役に立ちたい一心で、ウォンヌはあらゆる面で勉学を怠らない。


 「タリア様、境界円が完成しました」


 「ありがとう、ウォンヌ。さあ皆、中へ」


 タリアに促され、ハオティエン、ウォンヌ、焔が境界円に入った。神官(しんかん)二人は怪訝な顔をしている。


 「マジで付いて来るのかよ、孤魅恐純(こみきょうじゅん)


 「タリア様、何故コイツも? 留守番をさせては?」


 愚痴を零すウォンヌにハオティエンが同調した。腑に落ちず提案してくるハオティエンに、タリアは余裕に満ちた(ほむら)を直視する。朱色の瞳に反映した、顎に手を添え思考するタリアは神々しい。


 「……何故、か。文龍(もんりゅう)の命令で君達が(おもむ)く場所は遠い。私が君達の監督(かんとく)(けん)補佐(ほさ)で同行するなら、天上皇(てんじょうおう)眠りし今、私が見張る彼も一緒だ。信頼はしているが火鬼(ひおに)をひとり村に残してはいけないだろう?」


 「まあ……」


 「はあ……」


 尤もな返答に二人は完敗だ。ぐうの音も出ない。勝者の焔は口端を上げ、二人を見下げる。


 「楽しみだ」


 「遠足じゃないんだぞ!!」


 十字型二重曲線の青筋を蟀谷(こめかみ)に刻んだハオティエンが一喝した。挑発する側と挑発に乗る側、ウォンヌを含め三人は所謂(いわゆる)、犬猿之仲だ。


 「やめないか二人共、出発するよ」


 タリアに宥められ、ハオティエンと焔が(いさか)いを中断する。


 「…………クソ」


 「…………」


 二人はタリアに逆らえない。これも又、三人の共通点のひとつだ。平然とするウォンヌが「もっとやれ」と煽った内心は誰も知る由もない。

 

 「――(われ)百罪百許(はくずいはくきょ)を授ずけられし神、地上に並ぶものなし」


 タリアが静まる円の中心で唱えた。四人は目映い光の粒に包まれ、一瞬にして目的地に到着する。辺りは若干、薄暗い。


 「タリアはこっち」


 焔がタリアの腕を引き自分の後方に押し込んだ。周囲を警戒する焔の真剣な横顔に、タリアは密かに両頬を赤く染めた。


 「文龍様の話じゃ、忌狼(きろう)が人間を襲ってる」


 「わかってる。油断するなよ」


 ハオティエンとウォンヌは刀の(つか)を握り、周辺に神経を研ぎ澄ます。ここは狼界と下界の(さかい)、一見は普通の開けた高原だが、狼界と下界を繋ぐ()わば中間地点だ。


 森の奥に幾つも自然な道が延びているが騙されてはいけない。人間が生きて帰れる正解の道は一本、もし間違えば外れの道だ。狼族(ろうぞく)に捕まり生きては帰れない。


 文龍の報告書によると、多数の忌狼がこの境い目一帯を餌場に留まっているらしい。餌は無論、人間だ。


 地上に降りる武官(ぶかん)は他の事案で手一杯、神兵(しんぺい)のハオティエンとウォンヌに任務が回ってきた。だが天官軍(てんかんぐん)は武官の領域、地上に詳しくない。実際に武官の(おさ)アレスでさえ、承知していない実例だ。書類に挟まれた一枚の紙をハオティエンは隠したが、タリアが盗み見たところ、アレスの字で「討伐(とうばつ)(およ)捕縛(ほばく)、実情調査」と書かれていた。

 

 どんな理由であれ、ハオティエンとウォンヌは中級三神(ちゅうきゅうさんしん)の神官で、上級三神(じょうきゅうさんしん)中位神(ちゅういしん)の命令は絶対だ。タリアは上級三神の上位神(じょういしん)で断れる立場にいるが、上位神エルの捺印や、単にハオティエンとウォンヌが気掛かりで承諾したに過ぎない。


 「――何かいるぞ!!」


 ハオティエンが注視した先にいる一匹の灰色の狼は、体高(たいこう)が90㎝以上はあった。長い毛に覆われた一本の尻尾、三角耳で鼻先は厚みがあって長く、目を囲む縁は黒い。白い虹彩(こうさい)の真ん中に黄色い瞳孔(どうこう)、首の括れはなく重量感がある太い体だ。


 「――忌狼だ!!」


 ウォンヌが能力で出した和弓(わきゅう)を引分け、(かい)する。


 忌狼は狼界に住まう狼族の一種だ。人型にない低俗な狼で、意思疎通は不可能、見境なしに人間や他族(たぞく)を殺し、内臓や血肉を食べた後、骨を(かじ)る。


 「ガルゥルルル……!」


 忌狼が黒い牙を剥き出しに疾走した。ウォンヌが放つ矢が地面を走り、上に歪曲(わいきょく)して忌狼の心臓を射抜く。ドサリ倒れたものの、次々と忌狼が薄暗い森から現れた。


 「――面白い」


 焔が独り言ち、火の犬を十二匹、鬼力(きりょく)で出現させる。忌狼に劣らない大型犬だ。


 「殺せ」


 焔の一言で駆け出す火の犬は圧倒的な強さで忌狼を焼き尽くした。焼死する忌狼達、唖然と立ち尽くすハオティエンとウォンヌは、ハッと意識が復活する。


 ウォンヌが焔に怒号を浴びせた。


 「お前!! 孤魅恐純!! 僕達が遂行すべき任務を!!」


 「タリアに怪我をさせたくない」


 「はあ!? タリア様に媚びるな!! 僕は耳がいい!! 『面白い』って聞こえたぞ!!」


 「俺も聞こえた!! これじゃ俺達の立つ瀬がない!!」

 

 ハオティエンも怒り心頭に発する。三人の口争が再発した。タリアは蚊帳の外だ。


 「好きにやってくれ。火の犬か、可愛い子達だな」


 タリアが火の犬と戯れようと近付いた矢先、火の犬が風に乗って雲散(うんさん)する。十二匹が忽然といなくなり、タリアが焔を見やれば血相を変えていた。同時にウォンヌの和弓も消える。


 「――は!? え!? 和弓が……! 出てこない!」


 「……俺も神力(しんりき)が!! 何がどうなってる!?」


 突如の異変だ。ウォンヌとハオティエンの神力が無くなり、タリアも試したが二人同様に神力が使えない状態になった。


 「……ッ、神縛札(こうばくふだ)か!!」


 タリアが叫んだ。神縛札は五枚で神の力の源、神力を無効にする。


 「俺の鬼縛札(きばくふだ)もあるね」


 焔もタリア達と同じ状況に陥っていた。火の犬の消滅の理由だ。


 「――ご苦労」


 そこへ現ずる、白軍衣(はくぐんい)を着た男神(おがみ)、それは文龍だった。数人の堕神(だしん)を引き連れている。


 「……文龍様が何故、堕神と!?」


 ウォンヌが一驚した。堕神は天上界を追放、離反した神の総称だ。


 「タリア様、ご無沙汰しております」


 「上位神タリア様に無礼な!!」


 ハオティエンが許可なくタリアにかけた文龍の挨拶の非を(いさ)める。タリアがハオティエンに頷き、数歩前に歩み出た。


 「数百年、経つかな。文龍、君が神縛札と鬼縛札を?」


 「ええ」


 「君は堕神と関りが?」


 「彼らは私が選抜した精鋭でございます。鬼退治に馳せ参じました」


 「鬼退治……」


 タリアの目配せに焔は肩を竦める。鬼力を封じられても焔は至って冷静だ。


 「鬼退治に鬼縛札は合点がいく。じゃあ神縛札と君の精鋭は?」


 「神縛札はタリア様に鬼退治の邪魔をされたくなく、精鋭は保険ですかね。堕神になったばかりの体、単独では心細い」


 四枚の翼を広げた文龍の羽は黒い。彼は堕神に堕ちた。「なったばかり」で眼球は白だ、黒に侵食されていない。


 ハオティエンとウォンヌが烈しい口調で面罵(めんば)し抜刀する。


 「……ッ、天上皇を裏切ったな!! お前は神々の敵だ文龍!!」


 「上級三神!! 中位神の誇りを失ったか!!」


 「誇りが何になる神兵。お前達は役に立った。タリア様、任務の裏に何かあると察しておられたでしょう。貴方は心優しい男神だ、必ず火鬼を連れてくると信じておりました」


 文龍の計略は成功だった。タリアは前者は肯定し、後者は憂いに声音が沈んだ。


 「何かあると思ったよ。でも私を(たばか)るなんて、以前の文龍じゃ考えられない。何が君を苦しめ堕神に堕ちさせた、……残念だ」


 「貴方が……、そうさせた」


 文龍の囁きは(からす)の鳴き声で掻き消される。後戻りはできない。覆水盆(ふくすいぼん)(かえ)らず、だ。文龍は意を決したように高らかに雄たけびを上げた。


 「――火鬼を滅せよ!!」

 


 

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