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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
第一幕:~.。.:*✽桜紅の出逢い✽*:.。.~
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第十七集:タリアの神像


 電蔵主庵(でんぞうすあん)兇手(きょうしゅ)毒雨(どくあめ)に怯えていた村は不安要素が無くなり、本来の活気ある雰囲気が(よみがえ)っていた。数週間ぶりの太陽が燦々(さんさん)と村全体に惜しみなく降り注いでいる。


 ――明けない夜はない。


 尊い命が犠牲になったが身の凍る悪夢は()ぎ払われた。

 人間の人生に約束された未来はない。安心して暮らせる当たり前の毎日が如何に大切だったか、重大な局面に接し村人達は身を(もっ)て学んだ。


 村人達は自分達を救ってくれたタリア達に、感謝の念に堪えない。

 朝早く起床した数人の村人がタリア達を探している。じゃんけんで勝った代表者だ、本当は(こぞ)って来たかったが迷惑はかけられない。


 「――道士様(どうしさま)ぁぁ! 桜道士様(さくらどうしさま)ぁあ!」


 「おらんなあ……」


 「さっきは空にいたが……、うーん……」


 タリアと焔が村に戻ってくると、家の前に村人が群がっていた。タリアは摘み取った草花を両手に、村人の男衆(おとこしゅう)に歩み寄る。


 「おはようございます、皆さん如何(いかが)されました?」


 「おおっ! いらっしゃったぞ桜道士様だ! おはようございます!」


 「おはようございます桜道士様! いんやぁ、昨晩の礼に来たんでよ!」


 「朝っぱらにすまんなあ! 田畑(たはた)(たがや)す前に寄ったんだ!」


 村人達は発見したタリアに活発のある声を弾ませた。焔は村人達を歯牙(しが)にも掛けず素通りし、玄関入口に根っこが生えた花を植え始める。タリアが丁寧に摘んだ花と違い、乱暴に()ぎ取った花だ。


 「お礼なんていいのに……。あ、実は詳しい日数は定かじゃないんですが村に留ることになって、こちらの家をしばらくお借りてもいいですか? あそこにいる鬼の彼も一緒に」


タリアが示す焔を村人達は見やった。自分達が殺人鬼と勘違いし襲った小鬼(こおに)が、こちらに背を向け、屈んで何やら作業を行っている。焔は小回りが利く少年に姿形を変えていた。


 村人達に不安の影は一切ない。


 「ええ、ええ、そりゃあいいですとも!! 是非に!! 是非に!!」


 「小鬼は俺達を救ってくれた桜道士様の連れだ! コワかねえ!」


 「桜道士様がいてくれりゃあ、こん村は安泰だ!! 嫁っこや子供んらも安全だ!!」


 「宜しくなあ! 鬼の坊ちゃん!!」


 「…………」


 村人の気さくな挨拶は空振りだ。土いじりをする焔の眼中に無い。


 焔の華麗なる無視で若干空気が冷えた。タリアは片頬をぽりぽり指先で掻き、謝罪する。


 「あはは……、いい子なんですが申し訳ない」


 「いいんだいいんだ、そんうち慣れがくる」


 「ああ、ああ、子供だ気にしねえ」


 「家ん中にある握り飯、嫁っこが桜道士様にって、二人で食べて下さい」


 「ありがとうございます、皆さん」


 村人達は適応力が高い。彼らの優しい気遣いにタリアは謝礼した。


 村を助けたのは紛れもない事実だ。恐らく狐族(こぞく)は、神官(しんかん)が一度訪れた土地を警戒し二度と現れない。けれど客観的に充分、タリアと焔も怪しい。

 にも(かかわ)らず、(こころよ)く歓迎してくれる。人間は時に脆く時に横暴だが、思いやりがあり(たくま)しい生き物だ。


 ひとりの作務衣(さむえ)を着た男が鼓舞する。


 「――んじゃあ、今日は忙しくなっぞ!」


 「おう!!」


 「おっしゃー!」


 村人達は彼の気合いに引っ張られる形で、久し振りの農作業に向かった。伝わってくる熱意は強い。


 村人を見送り踵を返すタリアを、タイミングよく焔が呼んだ。


 「タリアー、こっち!」


 手招く焔の傍に行き、タリアは下方(かほう)に視線をやる。焔は理論的に難しい色彩、色相環(しきそうかん)を踏まえ、自然の植物が与える印象を崩さず、桜の色調が多い花々を厳密に配置していた。


 「見事だ。君は多才だな」


 「まあね、タリアをイメージした」


 鼻先を右指先で(こす)る焔は自慢げだ。赤い爪が土で黒ずんでいる。


 「ありがとう。ほら、手を貸して」


 タリアは抱えた花を置き、焔の手に付いた土を(はら)う。焔の汚れがタリアの白く穢れのない指先に伝染した。


 「いいね……」


 「何もよくはない。しっかり洗わなきゃ駄目だ」


 「混じり合ってる感じがいいなって」


 焔はタリアの指先を(さら)い、自身の左頬に擦り付ける。恥ずかしさのあまりタリアは微動だにできない。


 「ここは俺とタリアの住処(すみか)になる。俺が帰る唯一の場所……、ちょっと待ってて」


 「――え、ちょ、焔!?」


 言うや否や焔は砂埃ひとつ立てず、山の方角に跳んだ。あの速さは上位神の翼でも追い付けない。

 

 タリアは小首を傾げ、家でひとりの時間を過ごした。村人に貰った握り飯を頬張ったり、掃除したり、(つまづ)いて転んでみたり、そして四半刻後――突然、ズスンと地面が縦揺れする。


 「――焔?」


 外に出れば焔が帰ってきていた。実体の容姿だ。


 「ただいま」


 庭に途轍もない巨大な岩がある。焔は鬼灯丸(ほおずきまる)を抜刀した。炎の刀身が揺らめいていて美しい。


 「いったい何をする気だ?」


 「タリアは下がってて」


 焔はタリアを制止させ、「夜叉大師(やしゃたいし)」と独り言ちる。刹那に鬼が出現した。


 夜叉大師は焔が鬼力(きりょく)で作った、攻撃に特化した火の鬼だ。風で靡く炎の身体、角は一本、目は空洞で耳まで口が裂けている。160㎝前後の身長で割と細身だ。


 「イメージはしたな」


 「…………」


 焔に頷く夜叉大師は背中に手を回し、炎の金槌(かなづち)を取り出した。岩と対峙する二人は気迫に満ちている。


 「じゃあいくよ」


 「…………!」


 焔の合図で大地を蹴った。岩を削り数分で神像(しんぞう)を造りあげる。役目を終えた夜叉大師は消え、焔は刀を鞘に収め額の汗を拭った。


 「はあ、上出来だ」


 自画自賛する。確かに微笑むタリア像は完璧だ。


 タリアは自分とおぼしき神像を見上げる。高さ15メートル、幅8メートル、凡そ39トン、鴻大(こうだい)で二の句が継げない。


 「下界の地理に詳しくない俺の目印になる。村人も拝める。一石二鳥だ」


 「……まあ、うん。自分の神像は初見だ。案外、嬉しいものだな」


 人間は身近な下級三神(かきゅうさんしん)(まつ)る傾向がある。タリアは三美神(さんびしん)として肖像画で人気はあるものの、人間の信仰の対象とならない。故に神像は無かったが、今し方、焔のお陰で建った。


 「俺の大好きな神だ。毎日、俺がタリアの好きな花を捧げる」


 「……ありがとう」


 歪みのない直球な告白だ。皮膚がむず痒くなるタリア頬は仄かに赤い。


 そこへ突如、第三者の叫びが響き渡る。


 「――なんっだこれデカ!!!! ってタリア様の神像!?」


 武官(ぶかん)のウォンヌだ。


 「みたいだな」


 ハオティエンもいた。神像に釘付けになる二人に、焔が露骨な舌打ちをした。


 「チッ……」


 二人を邪魔者扱いだ。(あご)を上げ、眼光鋭く、二人を見下す。


 「っとにお前、腹立つ!! 射ってやろうか!?」


 「俺に斬らせてくれ、しっかり研いできた」


 習慣化した喧嘩だ。いい加減に飽きてほしい。


 「やめなさい三人共! 焔は私の後ろにいて」


 蛾眉(がび)(しか)めたタリアは可愛い。焔は機嫌よくタリアの指示に従う。


 「わかった」


 態度の変貌は清々しい。純粋なタリアは「いい子だね」と焔を褒め、ハオティエンとウォンヌに会話の許可をした。


 「喋って構わないよ」


 「タリア様!! ソイツは冷酷無情な孤魅恐純(こみきょうじゅん)ですよ!! いい子じゃない!! 断じて!!」


 即座にウォンヌが語気を荒げて否定し、ハオティエンがタリアに忠告する。


 「貴方を惑わす害虫です。はあ……、僭越(せんえつ)ながら申し上げますがエル様が嘆きますよ」


 「エルが天上界に?」


 上位神(じょういしん)エルは天上皇が最初に造った男神(おがみ)、上位神の長男的存在だ。

 

 「いえ――実は中位神(ちゅういしん)文龍様(もんりゅうさま)の命令で我々二人が地上の任務に……。文龍様が下界におられるタリア様に我々神兵(しんぺい)の監督兼補佐をと、上位神エル様に要請し、タリア様の同行に御承諾なさりました。こちらに書類が」


 「……本物だ」


 ハオティエンに渡された紙にエルの捺印(なついん)がされてあった。タリアの手元を覗き込んだ焔が仏頂面で訊ねてくる。


 「エルは上位神だね。誰、文龍って」


 「ああ、天官軍(てんかんぐん)のひとりだ。エルの部下、かな」


 「へえ……、天官軍、部下ね」


 タリアの返答に同調する焔は不快感を露わにした。二人の近距離に外野が煩い。


 「離れろ!! 孤魅恐純!!」


 「俺達はお前に用はない!!」


 噛み付く二人に焔は冷笑する。不吉な予感が二人の背筋を走った。


 「俺も(いち)()に用はない。俺はタリアに付き添う」


 発せられた言葉に二人は絶句する。焔は付いて来る気、満々だ。


 「壱と弐じゃない、ハオティエンとウォンヌだ」


 タリアは呑気に前者を訂正した。悪意はない。だけど二人は指摘したい。ハオティエンとウォンヌは慎みを忘れず、心中で「そっちじゃない!」とツッコミを入れたのだった。

最後まで読んで下さりありがとうございます(*'▽')


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次の更新もよろしくお願いします(*'▽')

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