第十五集:花々の誓い
「ハオティエン、ウォンヌ、ウリに言伝よろしくね」
「……拝承」
「……致しました」
得心はしていない。タリアを尊重して否々乍らも意向に添う努力をする。忠直なハオティエンとウォンヌは一言ずつ零し、渋々、天上界に帰還した。
「はあ……、疲れたな」
時刻はすっかり辰の刻だ。見送ったタリアの吐く息は重い。
ハオティエンとウォンヌに報告を受けた五事官ウリが唖然とする姿が容易に想像が付いてしまう。彼の仕事は五界の界事だ。五界で起こる怪奇事件の解決、転仕、任務能力に関する事柄、昇給昇格を担い、格官職の方針を束ねる書記を兼務、関係官職との連携、現場支援、官職指導に助言、等々――常に色々な書類や会議に追われている。
実は数十年前、見兼ねたタリアが天上皇に打診しようか尋ねたが、断られていた。理由は単純明快だ。
「仕事量は天上皇の愛重です」
神官は神の意向に従事、天上界と地上界の事項に従事、ウリは真面目で責任感が強い。与えられた役目は放り出さない。
故にタリアが火鬼の孤魅恐純と村に残った選択は、確実に彼の自律神経を乱し頭痛を引き起こす種となる。ハオティエンやウォンヌ同様に憂慮して、だ。
申し訳ない気持ちはあるが、タリアは孤魅恐純を見捨てられない。純粋な慈悲、無垢な恋慕、素直な行動は正解か否か、天上皇の御心に委ねられた。
「…………」
黙想に耽るタリアを、突如、焔が横抱きに持ち上げる。
「―――ぅ、わ!?」
所謂、世の女性が憧れ一度はされてみたい、お姫様だっこだ。慌ててタリアは焔の胸元の服をギュっと握った。
至近距離で焔がタリアに破顔する。
「朝の散歩に行こうか、掴まってて」
「―――ちょ、焔!?」
焔は助走もなく一瞬で宙に跳んだ。上位神タリアは十二枚の翼を授けられた神、高所は慣れているが、誰かに身を預けた経験はない。初めての感覚に体が強張る。
「軽功は得意だよ、落とさない平気だ」
「キミの鬼力量だ得意なのはわかって――ああ……っ、村人達が」
タリアが地上を見下ろせば、朝が早い村人達が天を仰ぎ、こちらを指差して騒いでいた。焔は実体の孤魅恐純だ、タリアが誘拐されたと勘違いしたのかもしれない。
桜道士様、桜道士様、と叫んでいる単語は十中八九、自分に付けられた仮名か何かだと把握したタリアは、肘を起点にぎこちなく手を振る。「おはようございます皆さん」と挨拶したタリアに、彼らは一斉に動きを止め、ワッと手を振り返し安堵感を広げた。無論、焔は村人を意に介さない。
「焔、いったいどこへ向かってるんだ」
不安なタリアの疑問に一拍後、焔が顎をしゃくって答える。
「――あ、ほら、あったよタリア」
村と隣接する森を超えた辺りで、目的地に到着した。焔は山々に囲まれた自然豊かな高原に降下する。広大な土地に草花が咲いていた。天然の花畑だ。
タリアは喜びを瞼に浮かべる。風に乗る花の香りが心地いい。
「降ろして焔」
「このまま散歩してもいいよ」
「降ろしてくれ」
「翼がある神の手綱だよ俺は」
抱え直す焔は冗談っぽい調子で本気の眼差しだ。
「降ろしてくれ焔、私を想って連れて来てくれたんだろう。散歩なら、二人で歩いて楽しみたい」
「……はあ。まあね、足元気を付けて」
タリアの要望はすべて叶えたい。焔は腰を下げ、大地にタリアを解放した。
「ありがとう。はあ……、綺麗だね」
タリアは肺に目一杯酸素を取り込んだ。森羅万象の息吹を実感する。
人手によって栽培された草花と異なる自然は、春夏秋冬、限られた時期にしか見れない植物や花があり、過酷な環境でも堂々と咲き誇る逞しさは尊い。
「気に入った? たまたま発見したんだ。俺は正直、全っ然、微塵と毛程に興味がない。タリアは好きかなって」
ハオティエンやウォンヌが居たら激怒する率直な感想だ。
「あはは、君は正直者だ。もちろん気に入った。草花は好きだよ、ありがとう。お礼をしなきゃいけないな」
タリアは着飾らない焔に一笑し、右手の平を口元に寄せ、ふっと一息、吹いた。色彩鮮やかな花びらが放出され、焔の瞳が万華鏡になる。
「――桜舞命天」
三美神タリアはカリスの一柱だ。
上位神タリアは豊かさと開花を司る神、一方で美と優雅を象徴するカリスの一柱で、魅力、美貌、創造力を司り、繁栄と花盛りがタリアの能力であった。
上位神タリアの信者になれば、人生と景気が花開き、発展し、栄え、豊かになる。真骨頂を発揮したタリアは焔を覗き込んだ。
「興味が湧いたかな」
「タリアに益々、興味が湧いた」
「絢爛華麗じゃなかった?」
「タリアには劣る」
ハッキリ言い切った焔は跪き、タリアの左手を攫った。細く白い指先は汚れがない。
タリアは孤魅恐純の血塗られた過去を真綿で包む、儚い存在だ。自分以外は敵の世が、タリアと出逢い一変した。殺戮、醜悪、残忍酷薄、鬼界で至高の火鬼に情けをかけたタリアは焔の唯一無二となった。
焔は跪き、タリアに告げる。
「俺の目はタリアを映すために、俺の口はタリアと話すために、俺の鼻はタリアの香りを堪能するために、俺の耳はタリアの声を聞くために、俺の手足はタリアを守るために、俺の両腕はタリアを抱き締めるためにある」
雁渡しが朱色の髪を靡かせた。焔は誓言を紡いだ。
「タリアが死ぬときは俺も死ぬ、タリアが生きるなら俺も生きる。鬼の戯言と思うか真心と思うかはタリアが決めていい。どちらにせよ勝手に傍にいる、勝手に好きでいる」
孤独に五百年生きて、寂寞たる山に五百年封印された、火鬼の初めての恋の仕方だ。自分が捧げられるものは全部、悠久の余生も、命すら捧げたい。
タリアは焔の指先を握り返した。タリアも又、目映い天上界で煢然たる神だ。
「私を恣意に好きでいるのか? 私は焔に篤実でいたい」
「ごめんタリア、天地に誓って俺の赤心だ」
衷情を披瀝する。「勝手に」は余計であった。
「……ありがとう。私もそ、の……焔が……、好きだ。先に謝っておこう、初めての恋慕の情だ……手探りになる」
タリアの耳尖は仄かに赤い。恥ずかし気に睫毛を伏せる仕草に、焔は空いた片方の手で心臓を押さえる。脈打つ鼓動が煩い。
「――――ぐッ」
「え、――焔?」
「大丈夫、タリアが可愛くて悶えてるだけ……」
「…………ッ」
タリアの頭上がボフッと爆発した。含羞の湯気だ。
「俺も初めて、タリアも初めて、やっぱり相性がいい。否定した壱と弐を蹴散らしたいな」
孤魅恐純は折紙付きで語法が悪い。タリアは火照りも治まり、繰り返す訂正に溜息を深める。
「壱と弐じゃない。ハオティエンとウォンヌだ。蹴散らさないで、仲良くしてくれ」
「タリア以外に興味ない。ああ、花は摘んで帰ろう。タリアが好きな花は俺も大切にしたい」
「……はは、ありがとう」
タリアは焔の歯切れのいい口調と、自分が好きな花を愛そうとする姿勢に丸め込まれた。華々しい背景、太陽の光の粒が降り注ぐタリアは圧巻の美しさである。
焔は矢庭に立ち上がり繋がるタリアの手を引いた。
「―――!!」
タリアは必然的に焔の胸板にぶつかる。焔はその勢いを利用し、タリアを抱き締めた。片や196㎝片や174㎝、約20㎝ある身長差が丁度いい。
「好喜我」
「……鬼語は勉強していない」
耳元で囁く焔の言語は鬼語だ。旋毛を曲げるタリアに焔の意地悪は終わらない。
「一好愛我」
「……さては悪口だな?」
「ハハッ、さあ? 教えてあげようか」
「教えてくれるのか?」
朱と桜が小声で内緒話する。意味を教示されたタリアは、ボフッと二度目の噴火を遂げたのだった。
好喜我=好き
一好愛我=愛してる
鬼語は作りました!
最後まで読んで下さってありがとうございました(*'▽')
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