第十四集:ふたり暮らし
火鬼の孤魅恐純、黒鬼の招死笑滅、雑鬼の乱螫惨非は鬼界で最恐の三鬼、三災鬼だ。下界の通り名は火鬼が宵月童子、黒鬼が華怖童子、雑鬼が棘童子であった。
三災鬼は天上界の神官でさえ葬れない強さがある。飛び抜けて火鬼の孤魅恐純は冷酷無情、冷血、残忍、ひとりで数人の神官を消滅させられるほどの鬼力の持ち主だ。
天上界は触らぬ鬼に祟りなし、互いを干渉しない暗黙の了解で天地の均衡を保っている。他界も然りであった。
しかしそれらは上級の者に限る。天上界は下界を脅かす上級以下の罪過は許さない。
「…………ッ」
突如として眼前に現れた火鬼は空気が異質だ。ウォンヌは悠然と佇む孤魅恐純を見据え、歯を軋ませた。次々に起こる問題は奔流にのまれ、悪化の一途を辿り、先刻別れたばかりのウリがウォンヌの頭を掠める。
『――狐界の三毒狐、鬼界の三災鬼、狼界の三厄狼、鹿界の二凶鹿、ここに揃えてあります』
ウォンヌはウリに貰った資料を下界に降りる際すべて読んだ。孤魅恐純に関しては、犯した罪は幾らか書かれていたが彼自身の詳細は白紙同然だった。
火山が生んだ鬼、自然が生んだ渾沌の果て、神の天敵、五百年前の容貌は記載通り一致点が多いものの、総じて霧の如く謎に包まれている。
「――お前がッ、孤魅恐純!! 化け方が上手いな!!」
「化ける能力に長けた種族だ! クソッ、タリア様!!」
鬼族は鬼力によるが姿形、性別が変幻自在だ。ウォンヌとハオティエン、二人は荒っぽい感情を剥き出しに、焔に刀剣の鋒を向けた。
一触即発の状況だ。タリアが両手で制する。
「待って待って、落ち着きなさい二人共、刀はしまって」
三人が本気で戦えば集落の、村人の命の保証はない。誰も無傷で済まない不安が過った。
「落ち着いていられません!! 孤魅恐純ですよ!? 」
「タリア様!! 貴方は何故ソイツの傍におられるのですか!? 孤魅恐純は卑劣野蛮な鬼っ、上位神の貴方が庇う相手じゃない!!」
憤怒に殺気が籠るウォンヌとハオティエンは抑制が効かない状態だ。対峙するは悪名高き孤魅恐純、無理はない。
「彼は私を助けてくれた。電蔵主庵は彼が追い払ってくれたんだ」
焔がいなければ、タリアは村人二人を救えなかった。焔には計り知れない恩がある。
「……っ、なにか意図があるに決まっています!! 騙されてはいけません!! いま封印の機会を失ったら、中位神はきっと貴方に責任を転嫁する!!」
「タリア様ッ、貴方はもっと全方位を疑ってかかるべきです!!」
ウォンヌとハオティエンの怒りに含まれたもう一つの感情、それは公平を期すタリアに対する後顧の憂いだ。
二人は本来、火鬼の封印に赴くタリアの護衛で下界に降りてきた。タリアと任務を遂行することが二人の使命、それなのに火鬼の封印は解け、剰え一緒にいる。
五事官ウリは「天上皇の御心に」と言っていたけれど、上位神が目障りな中位神がタリアに一連の責任を負わせないか、二人は気掛かりであった。
タリアは若い二人の忠告に苦く笑う。
「ありがとうウォンヌ、ハオティエン、君達は本当にいい子だ」
「タリアは中位神に嫌われてるの?」
「相性は類似性と相補性が要因で、似ているから好き、似ているから嫌い、と好意を抱くか抱かないかによる。結局は本人次第、嫌われていても私は気にしないよ」
焔の不躾な質問を意に介さずタリアは答えた。
「俺とタリアは相性がいい」
焔がタリアの桜色の髪を指先で掬い、自分の唇に寄せる。長い睫毛が半分覆う目は愛念に溢れていた。きょとんと固まるタリア、ウォンヌが黙っていない。
「タ――、リア様に!! 神聖な上位神タリア様に慮外な!! 相性がいい!? 月とスッポン!! 提灯に釣り鐘!! 封印はやめだ殺す!!」
「雲泥の差だ諦めろ賤しい火鬼……、磨り潰して鶏の餌にしてやる」
低い声が地を這う。ウォンヌと打って変わり、怒りが一周して平淡なハオティエンは姿勢を前のめりに刀を構えた。焔は鼻であしらい、二人を挑発する。
「消滅は自己責任でいいか」
「―――こっちの台詞だッ! 孤魅恐純!!」
「―――上等だ、吠え面をかくなよ」
毎度、お馴染みの光景だ。タリアが両腕を広げ、仲裁に入った。
「こらこら三人共! ウォンヌ、ハオティエン!! 村を滅ぼす気か、やめなさい!! 焔は大人しく私の後ろにいて!」
「ああ、わかった」
焔は二つ返事に従った。数歩下がり、両腕を組んだ。
タリアは焔と昨晩、約束した話を伝える。
「ウォンヌ、ハオティエン。私は天上皇に再考してもらい、封印じゃなく、孤魅恐純を私の監視下に置くつもりだ」
「な……、監視下!? タリア様の!?」
「危険です!! 五百年前、コイツが犯した大罪、ご存知でしょう!?」
火鬼は五百年前、三百の人間の心臓を抉って燃やし、六人の神官の心臓を抉り食らって消滅させた。孤魅恐純は道徳心のない生粋の悪だ。
「過去の過ちは魂に刻まれ決して消えないが、五百年封印された。情状酌量の余地がある。私は助けられたし、いま、君達も殺されていない。私達神は、咎人に希望の道を示す役目も担っている」
神は罪を犯した者に罰を与える。神は改悟した者に光を与える。罪人の更生は天上皇の「愛」に繋がるからだ。
「――ですが!! ソイツは孤魅恐純!! タリア様を裏切らない保証はないでしょう!?」
「鬼は人を誘惑し堕落させ最終的に食らう。信用に値しません!」
従前の孤魅恐純だと同意見だ。タリアは振り返り、言葉尻を強調して告げた。
「まあ、いまはしょうがない。百年後が楽しみだ」
「アハハ」
焔が笑声を零す。「期待してて」と付け足す顔は得意げだ。
タリアと焔の掛け合いは平和だ。危機感の欠片がないタリアに、ウォンヌは遠慮のない盛大な太息を漏らした。
「はあぁぁ、タリア様はお人好しすぎます」
「俺は頭痛が痛い。寝て忘れたい。ウリ様に報告宜しくな」
「頭痛が痛いってなんだ!! 宜しくするな僕も嫌だ!!」
目頭を押さえるハオティエンにウォンヌが反発した。刀は鞘に納めてある。
取り敢えずの危機は脱した。タリアは安心し、継いで言伝を頼んだ。
「私は天上皇が眠っておられる間、一先ずは焔と村にいる。ウリに――」
「村にいる!? 孤魅恐純と!?」
語末に被さる勢いでウォンヌが聞き返した。ウォンヌが一驚する理由がわからぬまま、タリアは躊躇しつつ肯定する。
「あ、ああ。大丈夫、家はある。ここに二人で――」
「二人で!?」
声帯が裏返った。喫驚するウォンヌに焔が止めを刺した。
「同棲する。俺とタリアの家」
爆弾投下の公言に二人の精神が木っ端微塵だ。ウォンヌは顎が外れ、ハオティエンはフッと気絶する。
「――んな!?」
「――――」
「ああッ、ハオティエン!! ハオティエンが!! 焔、語弊がある言い方はいけない!!」
「嘘はいってない。タリアは将来、俺が嫁に迎える」
「――ゴフッ」
焔の追撃にウォンヌは吐血し気を失った。勝者は焔だ。
「ああッ、ウォンヌ!! しっかり!!」
「嘘はいってない。……タリアは俺が貰う、絶対に」
静かに断言した焔の表情は真剣で、タリアは耳の端を赤くする。照れて視線を逸らすタリアに焔は「可愛い」と呟いたのだった。
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