第九集:約束
『……哀れで愛おしい弟弟よ、他の痛みを知れ』
エルの無表情で囁かれた凪いだ低声が耳奥に残っている。
「……はあ」
――どこでなにを間違ってしまったのかわからない。
ただ、痛みはある。愛の一言で収まらない大切な兄妹弟たちと離れなくてはならない、心の痛みだ。
エルの『他の痛みを知れ』は――、ルキやリイガウが堕神に堕ち、追放されて苦しいのは『お前たちじゃない、俺達だ』と言いたいのだろう。
上位神が堕神に堕ち追放された事実は、天上界史上の汚点だ。加えて彼らに生涯の苦痛を与えてしまったことは、ルキが永遠に償えない罪過で後悔になる。
一方で、それでもやはり、天上皇が上位神以上に人間を愛す現状が憎い。
神聖で崇高、地位と名誉、栄光を授けられし炎で創造された上位神より、威厳や神力、権威のない大地を這う土で創造した人間に寵愛を移した。
「……ジジイは絶対、許さねえ。いつか叩き潰してやる」
ルキは天を落ちる中で中天に中指を立てる。
刹那、体をガシリ、掴まれた。
「――ようルキ、お疲れさん。互いに追放されちまったな、ひでえ有様じゃん」
上位神リイガウだ。強膜や双翼はルキ同様、真っ黒であった。
「ゴホッ、ゴホ……、なんでいる?」
「飛翔道に向かう途中で、父さんの雷を食らっちまってよ。容赦なくて痛てえの何のって藻掻いてたらお前が落ちてくるの見えて、待ってやってたんだ。派手にボロボロじゃねえか、エルに斬られたか?」
ルキの問いに答えるリイガウは説明通り若干、堕体を貫かれた落雷で全体的に煤けている。ルキは自身の黒い血で濡れた脇腹の切創を一瞥し、面白がって聞く口角の上がったリイガウに、内心で舌打ちをしつつ認める。
「……まあな」
「ハハッ、さすが私達の兄さんだ。タリアは?」
「……タリアは黒が似合わねえだろ、連れて行かねえ」
「……ああ、タリアは純白が似合う。可愛い私達の末弟だ」
「……ったりめえだろ」
「――ッ、いた!!」
ルキとリイガウが留まって会話してたところへ、閃光たる凄まじい速さでアライアが飛んで来た。額に汗が滲んでいる。美眉を顰めた表情は硬い。
「……アライア」
「ルキ、リイガウも、行くのね」
「ああ、すまねえ私は邪魔だろ?」
リイガウが恋人のふたりを気遣うが、アライアは首を振った。
「いいえ、リイガウ。ふたりに挨拶をしに来ただけよ」
「俺と一緒に来たいんじゃねえのか?」
「くだらない冗談はよして、ルキ」
「ハハ、悪い」
軽く苦笑するルキは自分を睥睨したアライアに言葉を紡いだ。
「アライア、俺はお前と別れる。つってもお前は大事な妹だ。愛してる。お前と約束をひとつしたい、俺の身勝手な我儘だがお前に頼みたい」
「……なに?」
「上位神の末弟、タリアを全力で守ってほしい。下位の奴らがタリアを陥れねえように。一緒にいてやれない、俺の分まで……」
ルキの切なる願いはタリアの幸せだった。頬に涙が伝っている。リイガウとアライアは初めてルキの泣く姿を見た。ふたりは目配せし合い、アライアが太息を吐く。
「ちょっと、そんなの当たり前でしょ? 私の可愛い可愛いタリアよ、ルキとリイガウの分まで甘やかしてやるんだから! タリアに下神は近付けないし、恋人だって許さないわ!!」
「……ありがとうアライア、お前は良い女だ」
「逃がした魚は大きな、ルキ」
「フフッ、いま気づいたの兄さん達! ……あら?」
「……花? おいルキ、なんか花が」
「……タリアだ」
三人で笑い合っていた空間に突如、多種多様の鮮やかを咲かせる花々が舞い散った。ルキの虹彩が万華鏡に煌いている。これはタリアの能力だ。
白い彼岸花がルキの胸元に自然と寄り添った。
「タリアの奴……」
白い彼岸花の花言葉は「また会う日を楽しみに」だ。リイガウには紫のラナンキュラスが贈られてある。
「お前が私の幸福だ、タリア……」
花びらに頬擦りしたリイガウの面輪は柔らかい。
「行こうリイガウ、じゃあなアライア」
「ああ。アライア、兄妹弟によろしく。私達はお前達兄妹弟の味方だ、困ったときは必ず、助けてやるぜ」
「まったく、頼もしいわね。堕神の兄さん達、……さようなら」
光を司る男神ルキ、行動を司る男神リイガウ、美しきふたりは天上界を去った。アライアはふたりの影を見送り、徐々に目元を潤ませ、流涕する。色彩豊かな花々がアライアの傷心を慰めたのだった。
おはこんばんは、白师万游です( *´ω`* )
最後まで読んで頂きありがとうございます!
感想、レビュー、評価、ブクマ、いいね、フォロー等々、
頂けると更新の励みになりますヾ(*ΦωΦ)ノ
また次回の更新もよろしくお願い致しますm(_ _"m)




