第八集:最後の笑顔は次男のまま……
「……俺は俺の正義を貫く」
「上等じゃねえか、エル」
ふたりの刃先がぶつかり合う衝撃振動で天上界内城の地面は壊れ、宮殿も幾つか崩壊していた。現在、ふたりの姿は天と宇宙の狭間、青い虚空にある。
「――どけっ、エル!!」
「――何故、父上に歯向かうんだルキ!!」
ルキのバスタード・ソードの切先を躱し、右薙ぎで斬り込んだエルが叫んだ。ルキの二翼は真っ黒で漆黑が沈殿した羽根は禍々しく、光を司る男神、全きものの典型で美を極めてた神魂の、美しい欠片は微塵とない。
「ジジイの愛情は土で創ったアイツに移った!! ルキッ、テメエも土なんぞに跪拝しやがって!! 俺達はジジイが創造した初めての男神だっ、崇高で神聖、威厳や階位もある!! なのにジジイのヤツ……ッ!! 俺が天上界を治めりゃ、上位神の尊厳は守られる!!」
「父上に代われる神などいない!! 父上を愛し、父上が慈悲を与える者を我々は導き、父上が戒める者を我々は見守る役目がある!! 父上の寵愛は平等で無限大だ、アダムに移ったわけじゃない!! 精神的な幸福、物質的な充足、よく考えろルキ!!」
「っるせえ!!」
エルの耳障りな説教を、ルキは刺突で遮った。
「……くっ」
エルは上手く弾き返すが、ルキの速い左切り上げで、白い右頬がスッと切れる。一筋の血が流れ、頬を伝った。数世紀、彼の神体に傷を負わせた神はいない。
「くどいぞエル、俺は後悔も懺悔もしねえ。天上界の新王になるか、タリアを連れて出て行くか、どちらかの二択だ」
平青眼の構えるルキに対し、意を決したエルはアーミングソードの鋒を天高く掲げる。
「お前の二択はどちらも叶うと思うな、ルキ」
「……前者は無理でも後者は譲らねえ」
双子は対峙し、制止した。エルの白い虹彩に映るルキは怨色を滲ませた表情で、ルキの黒い瞳子に反射するエルは慍色を浸透させた閻魔面だ。
ふたりは脈打つ心臓の鼓動に耳を研ぎ澄ませ、風が凪いだ直後、膨大な神力を籠めた刀を振り翳す。ルキの烱眼を射抜くエルの第三の目は開目していた。
「――万裁公天!!」
「――豪栄褪闇!!」
エルの放つ一塊の聖光が複数に分裂し、八つの光波が走る。けれどルキの攻撃、八つの燦めく波動がそれらすべてに衝突した。波動で伝播する輪が形成され、膨張速度が音速を超えた圧力波で、空気に波紋が生じる。
優劣がなくなった状態だ。
戦闘力、防御力、瞬時に一撃を避ける早業は、どちらにも遜色はない。
しかし、エルの長剣は天上皇より賜ったものだ。鍛え抜かれてある刃はどんな硬い剣をも打ち砕けた。
エルが一瞬でルキと間合いを詰め、一挙に屠ろうとする。
「――ルキ、俺の愛が足りず、すまなかった」
囁かれた言葉は、荒れ狂う突風で掻き消された。
「――ク、ソッ……!」
真っ向から激甚の重圧で振り下ろされる聖剣を、ルキの邪気を纏った剣がガチッと受け止める。刹那、パキリ、刀身を一刀両断されてしまった。欠片が飛散する。
「……哀れで愛おしい弟弟よ、他の痛みを知れ」
そしてエルは己の剣を振り被り、須臾に今度はルキの右の脇腹を深く抉った。
「ッグ、ソ……がエルてめえ!!」
迸る鮮血は黒い。ルキの神体は欲で満ちた完全な堕神となっている。
「――お前達を追放する。ルキ、リイガウ」
天上皇の天声が七色に響き渡った。反論を認めず、ふたつの内のひとつの雷がルキを直撃する。カハッと黒い煙を吐くルキの体が崩れた瞬間、白い二翼を羽ばたかせる男神がルキを支えた。
「ルキッ、しっかりして!!」
上位神タリアだ。涙を流すタリアはルキの背中を押し、酸素を吸わせる。
「ハッ……、タリアお前……」
「ルキ、……兄さん、……やめて、お願い……」
タリアは天上皇とふたりの攻防を見ていた。我慢できず、ここにいる次第だ。
「タリアッ、父上の傍にいろと命令したはずだ!!」
「すまないエル……、謹んで罰は頂戴する。ルキ、ずっと愛してる。誓いを忘れないで」
タリアはエルに謝罪し、涙声でルキにさよならの挨拶をする。ルキの脳裏に遠い昔の過去が鮮明な描写で甦った。
『エルは俺と同じ炎から生まれた紛れもない同等の双子だ、タリアは俺の子供同然だ。生涯、愛してる』
『生涯、ずっと?』
『ああ、ずっとだ。忘れるなよタリア憶えておけ、俺の魂が消滅して尚、お前らを愛し守り助けると誓う。お前もだろエル』
『当然だ』
可憐な小花、ネモフィラが咲き誇る世界で交わした約束だ。
「(連れて……行けねえ……、馬鹿か俺は……ッ)」
天地で一番に愛す、尊いタリアを黒で染め、暗く寒い闇に引き摺り込めない。
「……忘れない、ずっと、ずっとだ。タリア、俺はお前を愛してる。上位神の兄妹弟は俺の宝だ」
そう告げたルキは次男の顔で微笑み、タリアを優しく突き放し、自ら落ちる。タリアのための、第三の選択だ。
「……あ、まだ……、いやだ、待ってルキッ、まだ!!」
「だめだタリアッ、アイツは追放の処罰を選んだんだ!!」
ルキに片手を伸ばすタリアをエルが羽交い絞めにした。タリアは急で、予想だにしない未来、永遠に近しいルキとの離別の悲しみに耐えられず、哭声する。エルも又、タリアを抱き締め、忍んで垂泣したのだった。
おはこんばんは、白师万游です(*'▽')
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