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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
第一幕:~.。.:*✽桜紅の出逢い✽*:.。.~
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第十ニ集:朱色の初恋


 太陽が昇っていない()(こく)――焔はひとり、森で汗を拭っていた。


 「――ふう、ちょっと多かったかな」


 彼の眼前には、数本のナラが伐採(ばっさい)してある。枝の処理もされており、玉切りした(みき)が大量に転がっていた。百キロ以上ある玉は大きい。


 人間なら二、三日はかかる作業を僅か十五分で終わらせた。さすがは火鬼(ひおに)だ。


 「おめぇ、は――」


 そこに白い作務衣(さむえ)を着る若い人間の男が現れた。村人は粘りのある小枝数本を曲げて骨とし、それにヌイゴ(なわ)を編み回して作った、円筒形(えんとうけい)の背負い(かご)を抱え直している。


 角刈り頭、丸みがある輪郭、二重瞼で団子鼻、アーチ型の太い眉、所謂(いわゆる)たぬき顔の村人に焔は見覚えがあった。


 「(……ああ)」


 焔を蹴った人間のひとりだ。籠の中にはイヌビユやクズ、サルトリイバラにキクイモが重なり合っている。恐らく彼は朝食の調達で焔に鉢合わせたのだろう。


 気まずい空気を(かも)し出す村人に対し、焔は至って普通だ。単純に興味がない。


 手際よく原木を集める焔に、意を決した様子で村人が開口した。


 「――お、俺ァ! ミュンデ、って名前だ! おめぇ、は!?」


 「…………」


 焔は無視する。が、ミュンデは諦めない。


 「助けてくれたん、おめぇらだって! あんがとな! おめぇや、あんの桜道士様(さくらどうしさま)御一行(ごいっこう)が犯人捕まえたって! ウチん女房、二人目が腹におってな、俺ァ昨日の晩は家さおって……、朝は二人して安心して起きれたんだわ!!」

 

 「桜道士……」


 焔がようやく反応した。ミュンデは興奮気味に説明する。


 「すんげぇ綺麗で髪が桜色してっだろ!? んで、みんなで桜道士様ァゆーて! 女共(おんなども)んも別嬪(べっぴん)や騒いどる!」


 「タリアは天地で随一の美しさだ、桜道士はいいな気に入った」


 タリアの話題に食いつく焔の表情が和らいだ。ミュンデは今だ、とばかりに焔に行った乱暴な行為を謝罪した。


 「おめぇを痛めつけて、そん……、すまんかった!!」


 「…………」


 急に焔は返事をしなくなる。代わりに数羽の鳥が飛んだ。


 「すまんかった!!」


 「…………」


 焔は原木の表面、断面を選別し吟味していた。雰囲気に怒気は感じない。


 もしやとミュンデは小声で訊ねる。


 「……、桜道士様、寝てるんか?」


 「可愛い寝顔でぐっすりだ」


 「――――!!」


 ミュンデの予想が命中した。ミュンデに無関心だが、タリアの話だけ耳を傾ける。極端なところが面白い。


 「そーかそーか、おめぇんは好き嫌いハッキリしてんなァ」

 

 「…………」


 焔は又もや露骨に態度を変化させた。しかしミュンデは気に留めない。


 「まあ桜道士様をお慕いするんわ、当然っちゃ。おめぇも俺らも助けた、()れぇ御方だ」


 「アンタ達と一括りにしないで」


 瞳孔(どうこう)(するど)く睨む焔の迫力にミュンデは焦る。


 「あーあー、悪かった悪かった! んなおっかねえ(つら)すんな! おめぇのお慕いは恋心、俺らは尊敬や!! 安心しぃ!!」


 「――――、俺は恋心でアンタ達は尊敬なの?」


 「違うんか!?」


 聞き返す焔にミュンデが驚いた。先程の流れでそう判断していたのだ。


 「…………」


 焔は顎に手を添え、ミュンデを一瞥(いちべつ)する。ミュンデはごくり唾を飲み込んだ。焔は真剣な眼差しで問う。


 「違うもなにも、恋心ってなに、尊敬となにが違う」


 焔は生まれてこの方、恋をした試しがない。純粋な疑問と関心があった。


 恋の定義を語れる人間は少ない。されどミュンデは精一杯、自分の経験で答える。


 「んんん、っずかしいなァ……! 恋心っちゅうんは、こいつ好きだァ他ん奴に取られたくねぇって思うやっちゃ! 隣おると心臓がそりゃあ異常にバクバクしたり!! 俺は女房がそやった! 尊敬はまあ、カッコイイ奴やな人格者やなって憧れるもんや、うんうん。おめぇ俺らに『一括りすんな』ゆーたやろ? そりゃ俺が一番や、おめんらと同等にすな!! っちゅう一種の独占欲じゃ!!」


 「独占欲……。傍にいたいとか、守りたいとかも?」


 「おうおう! 俺も同じ気持ちやったなァ、いまん女房に……へへ」


 「自分以外に構うと、ソイツら皆殺しにしたくなる衝動も?」


 「おうおう、――って」


 「恋か、へえ」


 ミュンデの言葉を遮り、焔は(いささ)(かたよ)った恋心の在り方を納得する。ミュンデは「こいつァ重症だ」と溜息を吐き、付け加えた。


 「はあ……。まあ恋は一方通行、愛は通じるってジッちゃんがゆーとったわ。恋愛に界境(かいきょう)はない。桜道士様はいい男や、鬼ん少年、応援しとるぞ――っておらん」


 ミュンデの励ましは空振り終わる。用が済んだ焔は場をすでに去っていた。



 * * * * *

 


 ――天文薄明(てんもんはくめい)が幻想的な時刻、村に雨は降っていない。原木を担いで帰ってきた焔をタリアが迎える。家の前の小石や落ち葉を長柄(ながえ)のやしば(ほうき)で掃いていた。


 「おかえり」


 恵風(けいふう)で桜色の髪がぱらぱら舞っている。曙光(しょこう)が照らすタリアは畏敬(いけい)の念を抱かせた。聖なる要素が至極眩しい。

 

 「ただいま」


 焔は抱えている原木を下ろし山積みにした。雪崩状態だ。


 地上は千の異差(いさ)と万の種別、焔は優れた技量がある。タリアは感心せざるを得ない。


 「君は多才で羨ましい」


 「人間にだってできる」


 「君はほんの数分だろ?」


 「ハハッ、まあね」


 「あ、動かないで」


 両肩を上げて微笑した焔にタリアは近寄る。近距離に焔の鼓動が弾んだ。先刻の(なま)りが酷かった村人の言葉が脳裏を掠める。


 ――心臓がそりゃあ異常にバクバクしたり!!


 「(…………)」


 当たらずと(いえど)も遠からずだ。


 タリアは桜刺繍が鮮やかな袖口で、焔の額を伝う一筋の汗を拭った。


 「朝はまだ寒い。囲炉裏の薪がなくなったから、木材の収穫をしに森へ行ってくれたんだろう。ありがとう焔」

 

 「まあ、うん……」


 的確に的中され、挙句、感謝されては照れくさい。焔は一旦目線を逸らし、タリアを密やかに覗き見た。ぱちり視線がぶつかる。


 自分を助けてくれた三美神タリアは得難い存在だ。頭で理解はしているものの、焔の指先は感情の赴くままに動いていた。


 「…………」


 「――焔、……?」


 タリアは自分の頬に触れる焔に小首を傾げた。熱を帯びる朱色の瞳に二の句が継げない。


  焔は他人事のように告白する。


 「俺、タリアが好きなんだって」


タリアはきょとんと長い睫毛を上下に瞬かせた。どういった経緯でその発言に至ったのかわからない。けれど好きと言われて嫌な神はいない。


 「え、と。それはありがとう。私も焔が好きだよ」


 「万人の神として?」


 「友としても好きだ」


 タリアの回答に焔は唇を尖らせる。


 「友って神官壱(しんかんいち)()と一緒?」


 「壱と弐じゃない、ハオティエンとウォンヌだよ。彼らは友、じゃないな。同僚……、じゃない、部下? になる。君と一緒じゃない」


 天上界、神の階級でタリアは上級三神だ。ハオティエンとウォンヌは中級三神、対等の者を指す友達になれはしない。

 

 「俺のほうが上に好き?」


 「まあ、君は私の数少ない友のひとりだ。私情を挟めば上だよ」


 肯定したタリアを焔は抱き締めた。焔が人生で初めてする、抱擁だ。


 「――――嬉しい」


 「――――」


 背中に腕を回す焔にタリアは固まる。実はタリアも上位神の兄や姉達を除き、誰かに抱き締められたのは、生まれて初めてだった。


 焔は桜の香りが、タリアは秋の匂いが、二人の鼻腔を擽る。


 身長差はあるが焔がタリアを胸に寄せる力は強い。焔が柔らかい感触に酔い痴れていた矢先、絶妙なタイミングで黒軍衣(こくぐんい)を纏う神官二人がタリアのもとを訪れた。


 刹那にウォンヌの怒号が響き渡る。


 「――ふざけるな!! こンのクソ餓鬼!!」


 「――離れろ!! お前、殺されたいのか!!」


 ハオティエンが焔の片腕を掴み、手荒く引き剥がした。二人が焔に放つ殺気は容赦がない。


 タリアが二人を宥める。三人に暴れられては面倒だ。


 「まあまあ、落ち着いて二人共」


 「…………くッ」


 「…………ッ!」


 ウォンヌとハオティエンは奥歯を噛み締め発言を耐えた。機を逃さず焔が二人を揶揄る。

 

 「タリアの許可為しに喋れないもんね、――永遠に」


 焔は語尾の単語を強調させた。売られた喧嘩は買う、武官の暗黙の掟だ。


 「切り刻んでやる!!!」


 「蜂の巣にしてやる!!」


 「ハッ、よく吠える」


 「やめなさい三人共!!」


 抜刀するハオティエン、和弓(わきゅう)に矢を番えるウォンヌ、仁王立ちの焔、仲裁するタリア、三人の喧嘩は小一時間続いたのだった。



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