第三集:三番目でいいなら
戌の刻の正刻、太陽が沈んだ天上界上空は立体的な天の川銀河で煌いていた。宇宙塵が纏まった天体、高湿の赤い散光星雲や、惑星の光源の影で浮かんだ黒い暗黒星雲が隣接している。幻想的で神々しい光景だ。
「――お、若い星あるじゃん」
ルキは十二枚の翼を使わず星々を眺めながら、天上界内城、東南の夜道を歩いていた。内城、外城を見回り、上位神の身辺や宮殿の警戒と警備を担う神々、巡邏官の少ない道を選び、辿り着いた場所は蓮包殿だ。控えめな青色の屋根瓦と高麗門式の冠木門が特徴的な宮殿になる。木造建築で雅趣に富んだ角楼がふたつ聳えていた。
外壁に施されてある極彩色の装飾は巧緻で美事だ。床は磨かれた石床が敷き詰められてある。
「――呼び出してごめんなさい、ルキ」
宮殿の主人、上位神アライアに出迎えられた。典雅と優美を司る女神だ。
アライアは二重瞼に薄花色の睛眸、美眉で水分が豊富な唇、目縁は水色の化粧が上品に施されてあった。婉容な顔立ちは美しい。
薄花色の長髪はハーフアップで団子状に結い、玉石藍のリボンで結び、外巻きと縦巻きにふんわり巻いてある。
服装は天空色の漢服、襦裙だ。衿元が右前の短い上衣の襦、鮮やかな青の腰紐、下裙はウエストスカート状を着用していた。靴は襦裙と同色の布靴を履いている。左右にあしらわれた蝶々の刺繍は手縫いで華美にない。
187㎝と背丈は高いが、ルキは204㎝と長身だ。並ぶとアライアが小さく見えた。
「いや、構わねえよ。お前の蝶々は好きだし」
ルキはアライアの能力、蝶青届美の伝達を受け、いまに至る。蝶青届美はアライア自身の伝言を霊光した青い蝶々が特定の相手に届ける、一種の通信手段だ。役目を果たした後は消散する。神力で操った儚い命を灯らせる蝶々は決して痕跡を留めない、優れた才幹だ。
「……ありがとう」
「――で、何の用だ?」
首を傾げるルキは両腕を組み、本題を促した。アライアは両頬を桃色に染め、目線を彷徨わせている。
「え、と……」
「……? 煮え切れねえな、なんだよアライア?」
ルキはぐずぐずした態度が嫌いだ。アライアもルキの性質を十分、理解しており、意を決して気持ちを言葉にした。
「……ッ、私ルキが好きなの!!」
「ああ、俺も好きだ」
「違うわよ!!」
「……あ゛? 好きじゃねえの? なぞなぞか?」
すぐさま否定され、ルキは困惑気味な様子だ。わざと誤魔化しているわけではないルキに、アライアはしっかり丁寧な口調で告白する。
「私は、……ルキを、兄以上の、ひとりの男神として愛してるの!! 将来はル、ルキのお嫁さんになりたい!!」
「……ああ、成程な。勘違いしたすまねえ」
「謝らないでよ……ッ!!」
真っ赤な表情のアライアは珍しい。ルキは暫し黙考し、「じゃあ」と沈黙を破った。
「俺と結婚するか?」
突然の求婚にアライアの美声が裏返る。
「……へあ!?」
「お前、俺の嫁になりてえんだろ?」
確かにアライアはつい今し方、前言で告げていた。間違ってはいない。
「な、――りたいけど!! まだ恋人じゃないし、急でしょ……」
「俺は上位神の兄妹弟を愛してる。お前が俺の嫁になりてえなら、俺はお前の願いを叶えてやりたい。恋人期間は正直、面倒くせえ。一カ月後の結婚でどうだ?」
「……いいの? 私は嬉しいわよ、どんな形であれルキと結婚できるんだもの」
数世紀の片思いだ。無論、相思相愛が理想であるものの、天上皇に創造された上位神で兄妹のふたりの間に根幹を成す愛はある。ふたりだけの愛は、悠久の時間の中でゆっくり育めばいい。
「じゃあ決まりだ。でも条件がある」
「条件……?」
アライアはルキの語尾を反復させた。「ああ」と継いで言明する、闇夜を切り裂くルキの眼光は鋭い。
「俺が愛する一番はタリアだ、二番目はエル、お前は三番目になる。物事の優先順位もタリアが一番だ。生涯、順番は絶対に変わらない。タリアと天秤に掛けれる神はいない。上位神も含めあらゆる状況に限らずだ、飲めるか?」
「飲めるも何も、私の優先順位の一番だってタリアよ。それにエルとルキの関係性は既知の事実でしょ。今更よ。飲むわ、その条件」
一体全体、如何なる過酷な条件かと身構えたアライアの肩の力が一瞬で抜ける。タリアはアライアの唯一無二の存在だ。発言に偽りはない。同じ炎で生まれた双子の片割れエルと、ルキが互いに特別なことも上位神で知らない者はいない。当たり前で驚きのない前約に、アライアは躊躇わず承諾した。
意思の強い女神だ。ルキは真っ直ぐで揺るがないアライアの眼差しに微笑する。
「ジジイには俺から伝えておく、話は終わりだな?」
「え? ええ……」
「じゃあ俺は帰る。おやすみ、アライア」
「…………!?」
ちゅ、と可愛い音が響いた。刹那の口づけをし、ルキは十二枚の翼を広げ飛んだ。驚愕するアライアはルキが触れた自分の口元に指先を当て、独り言ちる。空間に落ちた声音は溜息交じりでか細い。
「……配慮がないわね。こっちは初めてのキスなのよ、まったくもう……」
連ねる文句は夜空に吐かれた。けれど念願の夢が現実味を帯び、口端は弧を描いている。平然を装い強気でいたが内心は振られる不安もあって怖かった。しかし自分の勇気のお陰で一カ月後はルキの花嫁だ。アライアは高鳴る鼓動の抑えが効かない。
「ぼうっとしていられないわ……ッ、相談に乗ってくれたエシュネに報告しなきゃ! ああっ、お礼に何かいるわね!! 褒美よ褒美っ、何がいいかしら!」
今夜はきっと興奮が冷めず徹夜になる。アライアは喜びを胸に宮殿へ戻ったのだった。
おはこんばんは、白師万遊です(*´︶`*)♡
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