第十二集:タリアを鍛える係
未の刻の正刻、天上界の空は青い。皮膚を照らす日差しは柔らかく、色彩の重量は軽い。澄んだ空気は宇宙独特の香りを漂わせていた。
タリアは現在、内城南側にいる。
「――ッ、――ッ」
エルの宮殿、正風殿の敷地内で刃引刀を持ち、素振りしていた。刃引刀は刃を潰し斬れない刀だ。子供用で刀身は短い。
周囲は森林に囲まれている。静寂で満ちた場所だ。
「――へえ中々、様になってるじゃん」
「――だな、足腰のブレもねえ」
「――タリア、しっかり腹に力を入れろ」
行動を司る上位神リイガウ、増大と水を司る上位神キッド、正義を司る上位神エルがタリアの稽古を見守っていた。兄三人はタリアに武術を指導する係だ。剣術や柔術、槍術や砲術、弓術と数多く展開された高度で実践的な技術を体得させる。十二枚の翼、栄光を授かりし上位神は強くあらねばならない。
痛みや恐怖に打ち勝つ心、困難に立ち向かう精神力、忍耐力、克服したときの達成感や、自身の痛みで他の痛みがわかる情を鍛え、尊重と敬意を示す所作や型、礼儀の習得に加え、謙虚さや道徳心、上位神としての威厳、美意識を芽生えさせ、培った経験の成果の中で得られる充実感を、整えた環境下で、武術や礼法の本質を獲得させることが、三人の務めだ。
今日の授業は剣術であった。
「――ンッ! ハッ!」
タリアは最小の動きと最大の神力で、刀身を切断面に垂直に振り下す。焦らず、丁寧な動作で、繰り返した。活殺自在の領域に程遠いが、直向な熱意で打ち込む姿勢は立派だ。
刹那、エルがデジタル一眼レフカメラを能力で取り出し、タリアを撮り始めた。リイガウが透かさず、初めて見る黒い物体を人差し指で指差し、訊ねる。
「え、なにそれ、エル……」
「対象を記録する装置、カメラだ。発明を司る神サッソンに作らせた」
「サッソンだあ? 誰だよソイツ知らねえ、中位神か?」
キッドが眉頭を顰め、首を傾げた。キッドは荒い性質で下神に恐れられている。吐き出す語調も乱暴だが、上位神の兄姉妹は慣れており、気に留めていない。
「ああ、中位神だ。俺も詳しくは知らん。ただ発明に長けた男神と耳にしていた。タリアの成長記録をこれで収め、帳面を作成している」
淡々と答えていた間も休まず、エルは被写体であるタリアをカメラ内に納め、シャッターを切っていた。あらゆる体勢で清暉を浴びたタリアの一瞬を撮影している。タリアが誕生して数週間、熟練した様子でカメラを扱うエルに、リイガウとキッドは若干、引き気味だ。
「……なあエル、私、お前が心配でたまんねえ」
「心配? なにがだ?」
「真顔で『なにがだ?』じゃねえよボケナスが! 異常者かテメエは!」
「異常者じゃない。お前達の兄だ」
「…………」
他意のない真面目な返しにふたりは唖然とした。継いで「心配は無用だ」とリイガウに付け足し、カメラを蔵うエルがタリアを呼んだ。
エルの後方でリイガウとキッドは目配せし、やれやれと肩を竦めている。
「タリア、休憩だ」
「ハア、ハア……うん!!」
タリアは指示に従い、兄達のもとに駆けて来た。光の粒を纏わせ、瑞々しい桜色の髪を靡かせるタリアは神秘的だ。
「私、上手かった? 毎日頑張れば、エルお兄ちゃんやリイガウお兄ちゃん、キッドお兄ちゃんに近付けるかな?」
満面の笑みで問う、汗を掻いたタリアの肌は艶めき、天上界随一となるであろう美貌は神々しい。
「可愛いな、私らの弟、女神と錯覚したぜ」
「ああ、むしろ女神以上だ」
リイガウとキッドは顎に手を添え、可憐で儚いタリアをまじまじと見下げた。状況が読めず不安げなタリアの頭部を、ふたりは撫で、安心させる。
「すげえぞタリア、私は感動した。すぐ私達に追い付くレべルだ」
「おうおう、まったくだぜ! 俺も、うかうかしてらんねえ!」
「タリアは努力を惜しまない。自慢の末弟だ、日々、精進しろ」
「うん!!」
言葉を紡いだエルにタリアは首肯した。三人の胸中で「女神だな」と呟きが同声する。そしてタリアの手の平で厚く膨れたタコを垣間見、みるみる青ざめたのだった。
おはこんばんは、白師万遊です(∩ˊᵕˋ∩)・*
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