第十一集:金髪の親子
天上界外城、ウォンヌは中央往来の間を使い天上界に昇ってきた。下層に屋根のない二階造りの楼門を潜る。前方にハオティエンがいるが足取りが悪い。原因は黒狐との一戦だろう。
神兵の中で剣の腕前は一番と名高い武官が情けない。
「――手当は華陀様か。まあ精々、可愛がってもらえよ」
医研官の長、華陀は無類な解剖好きだ。
今回の一件で狐族の遺体、即ち狐体が二体、彼の手に渡る。
彼は奇傑医神、自ら関わる神は数少ない。
「――ふん」
ウォンヌはハオティエンを横目に颯爽と五法殿に向かった。
五法殿は芥子色の釉薬が塗られた薄手の平瓦が特徴的で、裏は蓮の花の形をかたどった庭園があり、床は石床、表構えは三階建てと中々に大きく、毎日五界に関する会議が開かれている。
「――ウォンヌ」
途中で界事を司る神、五事官の長ウリと邂逅した。目的地に到着する前に会えたが、確実に偶然ではない。
「すみませんウリ様、お待たせしてしまい」
「用事の序での折にです、気にしないで下さい。」
亜麻色でロング丈の長袍を着たウリは、ウォンヌの父親だ。
任務時の格好で神札のピアスはウォンヌと同一、今日とて目元の隈が濃い。
「怪我がなくて安心しました」
「ウリ様に頂いた和弓のお陰です」
「いえ、鍛錬の賜物でしょう」
ウリが遥か昔、友の男神に譲り受けた和弓は、現在ウォンヌの手元にある。ウリが武官となったウォンヌを祝し託したのだ。
ウォンヌは黒軍帽の鍔を指先で握り本題に入る。
「――とある村で電蔵主庵と遭遇しました」
「下界にいる部下に届伝力で、凡その報告は受けました。電蔵主庵は三毒狐で最も凶悪な雷狐、数百年以来の極めて重要な案件になります。上位神タリア殿の身に何かあっていたら、天上界は狐界と戦争になっていたでしょう」
「……はい」
上位神タリアは天上皇が自ら造った男神だ。天上界の神は皆、天上皇の子で愛されている。平等な愛に偽りはないが、翼を与えられた特別は色濃くある。上位神は天上皇の分身と言っても過言ではない。
上位神を傷付ける行為は天上皇を汚す罪だ。ウリの発言通り万一の仮定が発生していた場合、狐界が電蔵主庵を明け渡すはずがなく、戦争は必須であった。
「記憶上、下界で電蔵主庵と対峙した神官は百年ぶりです」
電蔵主庵は指揮官型の性格だ。自身は狐界におり、彼の命令に従う者が人間の臓器を収集する。人間の臓器収集は電蔵主庵の趣味で生業だ。多用途に活用している。
「紫の番傘を差しておりました。僕は見目形はあまり……」
村人が攫われ変事が起きた。ウォンヌは白狐を追う間際、暗闇で薄ら笑う電蔵主庵の口元が視界に入った程度だ。
「よいのです。神官の無事が最優先事項ですよ。電蔵主庵の特徴は、上層は認識しています。神兵に共有をしていなかった僕の責任です」
「情報開示を希望してよろしいでしょうか」
ウォンヌの要求にウリは即断する。
「ええ構いません。狐界の三毒狐、鬼界の三災鬼、狼界の三厄狼、鹿界の二凶鹿、ここに揃えてあります」
予測の範疇だったらしい。ウリは左脇に挟んでいた資料を手渡した。
「あ、りがとうございます」
五事官の長は仕事が迅速だ。ウリの識見の高さに適う五事官はいない。
「未確定性がある点は記載していません、ご容赦を」
「ご配慮、感謝します」
丁寧に頭を下げ、ウォンヌが礼を告げた。一区切りつき、ウリは困惑した表情で話を切り替える。
「とても言い難いのですが、実はつい今し方、天上界から下界を監視する神官から別の報せがありまして、昨晩はいた火鬼が今晩は正浄山にいないと」
「――ゴホッゴホッ!」
驚愕したウォンヌが咳き込んだ。ウリが跳ねる背中を擦った。
「大丈夫ですか、ウォンヌ」
気遣うウリの手を肯定の仕草で退け、ウォンヌは強い語気で疑問を投げる。
「――いないって、火鬼の封印が解けたと仰っているのですか!?」
「……ええ、事実です。いないものはいない。はあ、僕も胃が痛いんです」
天を仰ぐウリは、過労で消滅しかけている。眼に生気が宿っていない。
「(――自分で? 誰かが?)」
天上皇が封印した火鬼は人間の心臓を三百抉って燃やし、五人の神官の心臓を抉り食らった獰悪に満ちる鬼だ。それが地上に放たれた、忌々しき事態だ。
「(電蔵主庵も数人引き連れていた……、火鬼の仲間か?)」
続々と正起する問題、電蔵主庵に加え火鬼、ウリの心境を察する。
「ウォンヌ、タリア殿に天上界に帰還するよう言伝をお願いします」
「火鬼の封印は如何なさるんですか」
「はあ……。天上皇の眠りで、武官が捌ける人数もいまは限りがあります。天上皇が封印なさった火鬼です、天上皇の御心に任せましょう」
「…………」
ウォンヌは反論できない。手練れの武官は天上皇護衛や天上界の守備に尽力し、上位神タリアに神兵が付き添えるほど神員が不足していた。
「(……タリア様に)」
タリアに相談は可能だ。上位神タリアは剣の腕前も一流、ウォンヌとハオティエン、二人がタリアを支え三人で戦えば勝利する見込みはある。
ウォンヌが意思を固めた瞬間、自分にかかる影に気づいた。
「――アレス武官長」
「蛇足なお前がいて華美なタリア様はいないのか」
開口一番に文句だ。ウォンヌの蟀谷に怒筋が刻まれる。
序列四番目の神官、戦いを司る男神、武官の長アレスはハオティエンの父親だ。ウォンヌ同様の黒軍衣を身に纏っており、身長は188㎝と高い。
二人の黒軍衣で異なる箇所は金色の肩章、ズボンのサイドを囲む緋色の縁、黒軍帽の鉢巻と天井部のパイピングが緋色、この三つだ。軍刀の刀帯、柄、鞘も又、緋色で統一されている。
容姿は黒子と沈着した隈以外、ハオティエンに瓜二つであった。
正義感があり天上皇に忠実な武官の長アレスは、崇高な三美神タリアに密かに憧れを抱いている。数カ月に数回の御目見得が彼の目標だ。
「タリア様は下界ですが」
「……チッ、ハオティエンは」
「万医生殿です」
「ハッ、ざまあねえな負け犬め」
嘲笑するアレスは語法に欠けていた。ウォンヌは彼の相手をしている暇はない。
「僕はそろそろ下界に、父上、失礼します」
挨拶をしたウォンヌにウリは首肯する。
「ええ」
踵を返すウォンヌだったが、「ちょっと待て」と左腕を掴まれた。アレスだ。
「逃げんな」
「……逃げていません。武官長、僕は下界でタリア様に――」
「ああ、ああ、わかったわかった。雑務をくれてやる」
乱暴に大声で言葉を遮ったアレスは、ウォンヌの首に腕を回し連行する。引き摺られて行くウォンヌに、ウリは目を瞑り「ストレスですかね」と呟いたのだった。
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