第八集:タリアを泣かせる係
亥の刻の初刻、天上界の夜空は立体的な光源の帯、天の川銀河で輝いていた。就寝時間のタリアは天蓋付きベッド、架子牀に横向きで寝ている。筒形の枕に乗せた頭を左に傾け、訊ねた。
「――シリスお兄ちゃん、今日はどんなお話をしてくれるの?」
「――今日はアライアが用意したクソつまんねえ絵本は読まねえぞ、すげえ面白い話をしてやる」
タリアの寝かし付け係は上位神シリスだ。猜拳で負けて、否、勝っての結果である。ここ数日、アライアに無理矢理手渡されていた想像力を鍛える絵本や神々の歴史を朗読していたが、今宵は違うらしい。
ベッド縁に腰かけたシリスの口角は上がっている。無論フードが邪魔でタリアに表情は見えていない。タリアの両眼は期待で輝いていた。純粋な眼差しだ。
シリスは忍び声で語り始める。
「実は天上界は危険な場所でな――」
それは子供向けの怖い話だった。
丑三つ時、天上界に潜んだ奸凶な闇が目を覚ます時刻、闇黒の力で蜘蛛に化けた悪しき怨霊が、上位神の子供の清らかで尊い神魂を食べにくる内容だ。
二翼は捥がれ、心臓を蝕まれ、消滅の一途を辿った物語の結末に、タリアは青ざめ震えが止まらない。
普通は座視するに忍びない状況だ。けれど、性質が些か腐っていたシリスは内心でほくそ笑んでいる。
「じゃ、おやすみ」
「……あ」
タリアは咄嗟にシリスの白いローブマントの袖口を握った。
「なんだよ? まさか天上皇創りし屈強で剛健な上位神の男神が怖いとか抜かさねえよな?」
偉大で誇り高い上位神は強くあらねばならない。天帝に似たる上位神は威厳を示さなければならない。
「…………」
タリアはするり掴んでいたマントを放し、口を噤んだ。図星なのを知っていてシリスは看過し、タリアの頭を撫で立ち上がる。
「じゃあな、おやすみ」
「……おやすみなさい」
タリアは弱音を吐けず、シリスの背を見送った。徐々に遠ざかるシリスが玄関口、両開きの板唐戸を開け、振り返る。そして恐怖で血の気がないタリアに止めの一言を突き刺した。
「雜無殿で幼い頃、俺も襲われた。気を付けな」
「………ッ!?」
もちろん虚妄だ。パタン、と閉められた扉、静寂が場を包んだ。
夜風でカタカタ火灯窓が唸る。タリアは毛布に潜り込んだ。しかし恐怖は募るばかりで、異様な空気に耐えれず、飛び上がり、恥を承知でシリスの後を追った。暗い夜道を走る小足は必死だ。
「……ハッ、ハッ……、いない、お兄ちゃん! シリスお兄ちゃん!」
シリスの影がない。返答もない。不安でタリアは涙ぐんだ。
「……グス……、スン……ッ……」
ぽたぽた、涙が頬を伝い、啜り泣いた。弱い自分が情けない。
「お、とうさん……」
タリアは十二枚の翼を広げ、慣れない動作で上空へ昇る。天上皇のもとに行くつもりだ。されど生まれて間もないタリアは、飛翔訓練の数を重ねていない。案の定、数百メートル空中で体勢を崩し落下した。
息を呑む悲鳴は声にならない。
「―――ッ」
「あンの馬鹿!! 突拍子もねえ!!」
物陰から駆け出す人物はシリスだ。めそめそ垂泣するタリアを笑っていた悪顔が一瞬で焦り顔に変わる。
上天を見上げたシリスは風向を読み、タリアが地面に叩き付けられる寸前で見事、受け止めた。半べそのタリアは気を失っている。シリスは「はあ」と安堵の太息を零した。
「お……にいちゃん」
「ちとイジメすぎたか……」
タリアを片腕で抱き、濡れた目元を拭うシリスの手つきは優しい。
「別に嫌っちゃいねえ、お前は俺の子供だしな」
生命の死を司る神の複雑で素直な愛情の裏返しだ。意図的に歪められた好意の歪曲を曲解するかしないかはタリア次第、五歳児で彼の本質を理解し、見極め、接すことは難しいだろう。
「……世界は厳しんだぜ、タリア」
シリスは独り言ち、タリアを雜無殿の寝床に運んだ。翌日、目覚まし係のルキが、タリアと並んで寝ていた羨ましいシリスを、込み上げる怒りのまま蹴り起こしたのだった。
おはこんばんは、白師万遊です(⑉• •⑉)♡
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【追記】
猜拳=じゃんけん




