第七集:タリアの目覚まし係
内城南西にある雜無殿は、上位神が十五歳まで過ごす宮殿だ。
八角形の建物の基部に築いた石造は二層の基壇で、階段は八段ある。高欄があり、正面に両開きの板唐戸、花形に造った特殊な窓、火灯窓が四つ設置されてあった。壁は白い、柱は茶色で屋根は宝形造の深緑瓦、両面透かし彫りに彫られた竜の欄間は精密で素晴らしい。禅宗様の建築様式だ。
内部は中央に豪華絢爛な木彫りの天蓋付きベッド、架子牀がある。榻を囲う彫刻は精細で独創性に富んだ技術だ。鳳凰の天井画は急遽、上位神ルキの案で桜に変更されていた。壁面も桜の花びらが舞っている。
大理石の床は生命の樹が描かれていた。色彩は淡く部屋に馴染んでいる。左隅に設置された木製の、高さ80㎝、奥行き55㎝、幅95㎝の桌子、備え付けの椅子は古い。
辰の刻の正刻、ルキはタリアのいる宮殿を訪れていた。タリアの目覚まし係を猜拳で勝ち取った形だ。因みに不正はしていない。
「――タリア、朝だぞ~」
「……ん」
タリアは朝が苦手だ。案の定、寝床で眠るタリアは布団に包まった。布団は紅と白のサテン生地で華の刺繍が施されてある。枕も同じ模様で筒型だ。
「大物じゃねえかタリア。お前くらいだぞ、俺を無視する神は」
ルキは片眉を上げ、起きないタリアの腹を擽った。
「……うわっ!? や、やめてルキ……ハハッ、起きる!! 起きる!!」
容赦のない攻撃にタリアは白旗を上げる。けれど自分の熱で暖まった布団が恋しいのか一向に起き上がる気配はない。
「ったく……」
ルキは呆れた様子でベッドの縁に座った。序でタリアを無理矢理、布団から引っ張り出す。選択した手段は手荒いがタリアの腰を引き寄せる左腕は優しい。
「――んわ!?」
タリアは驚く暇もなく、ルキの膝上に乗せられた。横抱きで抱えられている。
「おい寝坊助、起きたらまず、なんて言うんだ?」
「……おはよう、ルキお兄ちゃん」
「ああ、おはよう」
ルキはタリアの白く真っ新な額に口づけた。そして幼い神体が冷えぬよう抱き締める。上位神ルキの兄弟妹愛は天上界で既知の事実だが、タリアに対する愛情は別格であった。
「……ごめんなさい、今日も」
生まれて三日経つタリアは未だ自分で起床できない。「明日は絶対起きるぞ」の就寝時の意気込みが何故か朝方には消えてしまう、摩訶不思議な現象だ。
「別にいい。お前は俺の特別だ、許してやる」
「特別なの?」
「まあな。お前の兄ちゃんや姉ちゃんは皆、お前が特別だ」
上位神達の血が一滴、希望が一欠片、組み込まれたタリアは正真正銘、兄姉各々の子供に等しい。上位神の神力で創る中位神や下位神と異なり、タリアは自分達が創造に関わったにも拘わらず、無垢の魂は崇高で尊い。無論、天上皇の神力のお陰だ。彼が創造した最後の上位神タリアは、万物流転して尚、最高傑作と未来永劫、謳われるだろう。
「ありがとう……、私もみんなが特別だよ」
「おー……って、お前なんで『私』なんだ? 昨日までは僕だっただろ、僕にしろ」
「……アライアお姉ちゃんとエシュネお姉ちゃんが私じゃなきゃ、いい女神になれないって」
「ああ? 女神ってお前は……はあ、ったくアイツら……」
妹組の教育方針にルキが溜息を吐き肩を落とした。女神達はタリアに礼儀作法や美しい所作を教える担当だ、彼女達の影響で男神に必要な武術を疎かにしないか心配になる。しかしすぐ杞憂に終わった。
「怒らないでルキお兄ちゃん、お姉ちゃん達は私に優しい。聴かせてくれる琴や笛も上手なんだよ。お兄ちゃん達みたいに立派な男神になって、お姉ちゃん達を守れる立派な上位神になりたいって思えたんだ」
「タリアお前……、いい子じゃねえか。可愛い奴」
タリアの頭部を撫で回すルキの表情は柔らかい。
「わ、わ……」
タリアは抵抗せずされるがままだ。刹那、ルキはぴたっと動きを止め、タリアの顔を覗き込んで告げる。
「いいかタリア、お前を守る役目は兄ちゃんや姉ちゃんにある。生涯だ」
「……私は守れないの?」
「守る方法はたくさんある。お前は笑ってりゃいい、お前の笑顔で俺達は幸せで支えられる。わかるか?」
「んー……」
短い両足をぶらぶらさせ、懸命に黙考するタリアは愛くるしい。
「ま、感情は難しいもんだ。そのうちわかる時がくる」
「……うん」
「っし、じゃあ顔洗って着替えて、エルんとこで朝飯食うぞ!」
「はーい!」
切り替えの早さは子供の美点だ。タリアの元気な返事にルキは微笑したのだった。
おはこんばんは、白師万遊です( *´ω`* )
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【追記】
猜拳はじゃんけんの事です




