第十集:医研官の長 華蛇
天上界外城、ハオティエンは中央往来の間を使い天上界に昇ってきた。下層に屋根のない二階造りの楼門を潜る。数刻ぶりの天上界に変わった様子はない。
「あー!! こっちじゃない!! あっちで処理してくれ!!」
「ウチじゃない!! そっちだろ!!」
天上皇の眠りで相も変わらず、各々が任務に追われていた。仕方なのない光景だ。
外城は神や神官の居住する宮があり、神官が鍛錬をする武心殿、文歴官が軍事以外の行政事務を行う千才殿、国事に携わる武官がいる精極殿もある。
「――失礼します、武官ハオティエンです」
ハオティエンの姿は万医生殿にあった。外見は三階建てだが一階の内部は吹き抜けになっている。高価な青瓦が特徴の宮殿で、電燈、カーテン、硝子窓は西洋風、床は石床だ。
「あ~~ハオ~~、裏~~」
「…………」
目的の人物を探す手間が省けた。ハオティエンは呼ばれた裏手に足を向ける。
白衣を着た医研官が行き交う一階を通り抜け、後方の階段式庭園に出てきた。東西南北の植栽が楽しめる比較的小規模庭園の寒地型芝に、空になった沢山の薬瓶が置かれている。否、捨てられている。否、放置してある。
「……帰っていいですか」
ハオティエンは鼻を摘まんだ。悪臭芬々、耐えられない。
「ね~~。撃たれたって~~診せて~~」
五事官に報告した際、口止めしたが筒抜けだ。裏切り者を排除したい。
「誰を買収したんですか」
「はやく~~」
「……貴方じゃなく他の医研官がいいのですが」
「はやく~~」
「……はあぁ」
ハオティエンは重苦しい溜息を吐いた。全然、会話にならない。黒軍衣の上着を脱ぎ、黒狐に水銃で撃たれた肩と太腿を見せる。
「へえ~~、すご~~い」
背中を内側に反らせ傷口に驚嘆した、この男神の名前は華陀だ。
中級三神――四番目の階位の神官、治療の医神、医療を司る医研官の長で、服装は高品質な長袖白衣を着ている。襟元がすっきりした比翼仕立てに両脇ポケット、足さばき良好な後ろベンツに、白シャツ黒ネクタイだ。下は黒無地のシンプルなノータックスラックスを穿いていた。内羽根式の紳士靴で、袖は肘まで捲ってあり、両腕には蛇のタトゥーが一匹ずつ巻き付くように描かれている。
容貌は爽やかだ。紺色の瞳で目尻側が細長く切れ込んだ大きすぎない目に、長い睫毛と凛々しい眉毛、鼻は高く彫りは浅い。目元に濃い隈がある。紺色の長髪は下尻にかかっており、緩い三つ編みで結んでいた。前髪は顔半分の長さに達しているが透け感があり双眸は隠れてはいない。
日々多忙な彼は、上級三神担当者だ。けれど上級三神の神の、護衛や警護、側近や地上に降りて怪我をした武官も診療する。普段は医学研究所に引き籠っていて、研究対象は鬼界、狐界、狼界、鹿界、下界、五界すべての生物だ。
性格はのんびり屋で、口調も至極おっとりしている。
「なにが凄いんですか?」
「射入創~~、射出創~~、貫通銃創~~、擦過射創複数有り~~、盲管銃創無し~~、水銃の弾って~~、神の体、貫通するんだ~~」
銃弾の射入点を射入創、射出点を射出創、貫通した創を貫通銃創、銃弾が体の表面を擦過して出来た創を擦過射創、体内に留まっている創を盲管銃創と言う。
「狐族、序列三番目の黒狐でしたし、能力制御は完璧でしたね」
能力を生かすも殺すも本人の鍛錬次第だ。折角、磨き上げた剣を己の欲に揮い、他の命を奪う道具にした黒狐の行いは愚かしい。
「へ~~、じゃあ、はい、一粒、どうぞ~~」
滴下生を五倍に薄めて作られたタブレット型の半下生と聖水を渡された。致命傷でない外傷の大半は半下生で治る。優れた治療薬だ。
「……どうも」
聖水で半下生を体内に流し込んだハオティエンが、淡く灯る優しい光りに包まれた。華蛇は自身の能力を発動させる。
「アスク、レピオス、よろしくね~~」
「シュゥ……」
両腕のタトゥーが本物の蛇となり、ハオティエンの体を調べ始めた。しなやかな動きでチロチロ舌を出す蛇に、ハオティエンは青ざめ身震いする。実は天上界に生息していない爬虫類が大の苦手で、他の医研官に頼みたかった理由はそこにあった。
「傷口~~、血管及び神経~~、損傷修復~~、臓器異常無し~~、化膿殺菌感染は~~ない~~、諸々は~~うん、大丈夫だね~~。アスク、レピオス、ありがとね~~」
「シャァ……」
「…………」
見事な屍を演じるハオティエンを他所に、伝達を済ませた蛇アスクとレピオスは、華陀の両腕の身体装飾に戻る。ようやくハオティエンは息を吸えた。
「はぁぁぁ……」
「あとで~~、聖滝で~~、洗浄、してね~~」
聖なる滝、聖滝は神の神力を向上させ精神と肉体を癒す効果がある。外城東側のアルテミスの森にあり、狩猟を司る女神アルテミスの管轄区域だ。
「……はい。ありがとうございます」
「止血~~、人間が~~?」
ハオティエンの黒軍衣の血痕はすでに乾いていて、本人の出血もない。華陀の純粋な疑問にハオティエンは助けた村人を思い出し肯定する。
「まあ、はい」
「へえ~~、人間は賢いね~~。部下が持ち帰ったさ~~、黒い狐と白い狐~、遺体解剖~~楽しみ~~。狐体は~~、久しぶりだな~~」
華陀は解剖好きで有名だ。特に下界を除いた四界の種族、鬼体、狐体、狼体、鹿体は未知な部分が多い。片や解明、片や知的好奇心、彼の心を擽る未知は八百年生きて尚、無限にあった。
医療を司る神は医学の知識に長けており偉大だ。
しかし頬を赤らめる華陀にハオティエンは若干、尊敬の念が引いている。
「じゃあ俺、そろそろ」
「あ~~待ってハオ~~」
「ハオティエンです」
ハオ、は華陀が勝手に付けたあだ名だ。発言を訂正するハオティエンを気に留めず、華陀は転がる薬瓶を掻き分け、髑髏の絵が描かれた青い瓶を手に取り要求した。
「飲んで~~、試作品のね~~、回復薬~~」
「明らかに怪しいでしょ!! 臭い!!」
「髑髏はね~~、ジョークだよ~~」
医研官の冗談は悪質だ。笑顔の華陀にハオティエンは無表情に踵を返す。
「すみません俺、タリア様が――」
「タリア様!!」
ハオティエンの右腕を掴み、突如、華陀が叫んだ。力強い握力に武官のハオティエンは微動だにできない。
「ちょ、華陀様ッ」
「上位神タリア様に会いたい!! 連れてってくれ!! 五十年、会ってないんだ!! たまに美を拝まなければ私は灰となってしまう!! あぁぁ、一度でいいからタリア様の神々しい肌に触れてみたい!! デートしたい!!」
華陀は饒舌に語った。人格が崩壊している。
「……最後に本音でてますよ。美を拝まなくても神は灰になったりしません。肌も触れないで下さい。処罰されるのは貴方ですよ華陀様、じゃあ俺――」
「駄目だ行かせない!! 狡い!! 連れて行け!! ハオ~~!!」
「ちょっと!!」
上位神タリアは華陀の憧れの存在だ。羽交い締めにされるハオティエンは暫く華陀と格闘していたのだった。
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