第一集:我が魂は尽未来際キミの傍らに
鬼界の東は火鬼の治める領土だ。
火山が生んだ自然の渾沌――火鬼は、天上界の神に監視警戒された鬼族で最恐の三鬼、人間に災厄を撒く三災鬼と呼称されるなかで最も残忍酷薄と名高い。
火鬼は秩序無き出生に等しく、古来より蛇蝎の如く嫌われた存在だ。されど天上界の上位神と同等の強い鬼力を持ち、妖艶で眉目秀麗な鬼故、私利私慾で近付く者は数多にいた。曖昧を授かる火鬼として誕生した孤魅恐純も例外ではない。鄙劣に塗れる毒心や賎陋の盃で溢れた欺罔、血潮に餓える姦邪や姦譎で溺れた悪巧が付き纏い、序でに彼の奸佞や奸凶で澱んだ不浄たる性質が相まった結果、容易に想像は付くだろう。
彼は不確かな愛情や友情を、自分以外の鬱陶しい他者を、一切信じなくなった。
誰も救ってはくれない。脆弱な者は死に、強靭な者が生き残る。四界は生存競争が激しい優勝劣敗の世界、下界と異なった四界の常磐だ。
だがそれは、豊かさと開花を司る上位神タリアに出逢う前の尋常だった。
「――……ら、――焔?」
「…………」
艶のあるタリアの髪を一束掬い、理由なく昔を思い出していた焔は、無言で自分が映る透き通った桜色の瞳を見つめている。煌きを放つ透明な懸珠に穢れはない。
「大丈夫? お腹が減った?」
呼びかけで返事をしない焔にタリアは小首を傾げ、その右頬を撫でた。細い指先に擦り寄る焔の表情は至極柔らかい。
「ハハ、腹はまだ平気だよ。ただタリアといる心地良さに浸ってただけ」
午の刻の現在、ふたりは自分達が身を置く村と隣接した森の奥にいる。天然の花々が広がった美しい場所だ。
ふたりは焔の誘いで時折、タリアがお気に入りであるこの花畑を訪れていた。特段の目的はない。強いて言えば「花が好きなタリアのため」に来ている。
タリア一辺倒で、タリアを喜ばせたい、タリアにしか発動しない、焔の人道的な一面で叶った時間だ。
「確かに――、キミといられて私も心地が良いな」
「でしょ、两情相悦だ」
寝そべる体勢で横になり、寄り添い合う二人は、色鮮やかな空間と季節の刹那を堪能していた。青空に七色の花びらが舞う光景は煌びやかで美しい。
ふたりの両眼は揃って宛ら万華鏡のように光を反射している。
「……タリア」
焔が天地で唯一の愛しい名を呟き、タリアの滑らかな項部に右手を滑り込ませ、ゆっくり引き寄せた。
「ん……」
弾力のあるふっくらした唇が焔の背筋を震わせる。間近で瞼を瞑ったタリアの長い睫毛、漂う桜の香りは仄かに甘い。
「帰ろうタリア、帰って続きがしたい。タリアのすべてを望んでいい資格があるよね、俺には」
火鬼の孤魅恐純は上位神タリアの正真正銘、創世宇宙を含める万物を創造し天帝――天上皇が認め前途を祝した夫だ。一介の神は天上皇の次に清らかで類い稀な神体の上位神に直接接触はできないが、焔は無論、種族は違えど立場上、タリアに触れる際の許可はいらない。
「……資格はもちろんある。でも太陽が高いし、村人が訪ねてくる可能性もある」
「ああ大丈夫、俺が結界の帳を下ろすの得意だって知ってるでしょ? タリアの可愛い声は外に漏れないよ。物音や気配も消せるし、ね」
タリアの懸念を拭う返しをした焔は、タリアの右手を取り、自分の期待で高鳴る心臓付近に押し付けた。伝わる鼓動は速く、劣情が剥き出しで、極極生々しい。
タリアは焔の誘いに耳朶を赤くしている。
「……、……」
そして暫し迷った挙句、天上界で宣言されている喜びと満足の源泉――愛を語らう行為を拒めず、やや目線を地面に、承諾の意味でこくりと頷いた。
「可愛い……」
恥ずかしがるタリアの頬に、焔が整った鼻先を摺り寄せる。儚く尊いタリアの闇を跳ね返す玉の魂は純一無雑で一滴の濁りもない。
焔は自分の心臓が万一、生まれた火山にて滅び、天地が変遷しようとも、愛しいタリアを忘れない灵魂で一心、秋の満月に祈り、新鮮な春雨で咲いた花と真心、誠実を捧げ、タリアの傍にいる決意だ。反動のないこの誓いは永久で虚言にない。事実、タリアも既知している。
目笑を交わすふたりの生涯は永遠と等しい。けれどお互い、恋心を抱き学んでいた。一分一秒が畢生でどれ程に短い一頁で切ないか――。
だからこそ目一杯いまを大切に、禍福さえ楽しみ、成すべき徳行を積み重ね、ふたりで歩む明日の至高善を重視する。燦爛と爆ぜた粒を背景に微笑する焔とタリアは、与えられて掴んだ不滅の幸福で包まれていたのだった。
おはこんばんは、白师万游です(*'▽')
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