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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
*⋱✽⋰*❁番外篇 短篇❁*⋱✽⋰*
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第二集:文歴官


 上位神(じょういしん)タリアの住まう宮殿――桜舞殿(おうぶでん)は天上界内城(ないじょう)、北部に建っている。上位神(じょういしん)エルの下命(かめい)で三番目に位階の高い上級三神(じょうきゅうさんしん)下位神(かいしん)(おろ)か、中位神(ちゅういしん)も独断で立ち入ってはならない神聖な区域だ。

 瓶覗(かめのぞ)き色に透けた雲の奥で流れる滝、領域に溶け澄んだ空気、赤い唐橋(からはし)や反り橋が架かった中島(なかじま)、下界の温帯に生息する花卉(かき)――(みやび)な桜や白梅(はくばい)紅梅(こうばい)、その色彩の対比と建物――水と花が織り成す場所は、描かれた絵や風聞(ふうぶん)でしか知らないものの、下神(かしん)達の憧れを掻き立て、一度は訪れてみたい桃源郷と呼ばれている。


 そんな下神(かしん)敬畏(けいい)して()まないタリアの第二の拠点、下界の離宮(りきゅう)にまさか踏み入れるとは努々(ゆめゆめ)思うまい。


 しかも最上級の御恵み、手料理を頂けた。


 ただエヴァンゲロスとアファナシィは翫味(がんみ)する余裕がなく、肝心の味を憶えていない。智慧(ちえ)無明(むみょう)を破れなかった原因はタリアの御前で食すと言う緊張もあるが、十中八九、タリアの隣にいる火鬼(ひおに)のせいだ。剥き出しの殺気がジリジリ、ふたりの皮膚を(えぐ)っている。彼を取り巻く黒く濁った不浄の性質、(たたず)まいは禍々(まがまが)しい。


 おまけに紹介された下界の家族(・・)真紅(しんく)撫子色(なでしこいろ)の光の粉を散らす綺麗なサボテン――否、真っ赤な舌で茶を飲む不気味な尊树(ズゥェンシュー)と、皮や肉のない小さな骸骨(がいこつ)――盈月鬼(えいげつき)がいて心拍数は急上昇中だ。こんな奇奇怪怪(ききかいかい)な空間なら通常、(よこしま)(みなもと)蔓延(はびこ)り不吉を招くが、上位神(じょういしん)タリアの清らかなる神体(しんたい)と純なる恵みがあるお陰で屋内は天上界並みに清澄(せいちょう)で心地が良い。この一点だけが唯一、現状、ふたりの精神を支える救いだ。


 エヴァンゲロスとアファナシィは右側の沖融(ちゅうゆう)に意識を集中させ、左側の兇猛(きょうもう)は視界から外していた。ふたり共、首が右斜め下に向いている。(かげ)がかかった顔色は蒼白い。


 「――ねえタリア、昼餉(ひるげ)も済んだし帰ってもらったら? 呑気(のんき)に地上で飯食ってさ、怠慢だの何だのって上の連中に笞刑(ちけい)されるんじゃない? ……どっちも天上臭いし」


 永遠と一瞬が混在する食事後、火鬼(ひおに)がタリアの右肩に片腕を回し催促した。それは気遣う姿勢ではない。厄介払いしたい物言いだ。ぼそり吐き出された嫌味もしっかり耳に届いている。


 天地、宇宙、万物、森羅万象を創造した絶対の象徴を有す天帝、天上皇(てんじょうおう)が自ら造りし尊崇(そんすう)で高貴な上位神(じょういしん)に気安く触れ、(あまつさ)え、馴れ馴れしく話すなど万死に値する行為だ。しかし相手は鬼界(きかい)不敬虔(ふけいけん)火鬼(ひおに)、天上界の掟に縛られない。加え天上界で既知されている未だ神々が認めたくはない最悪の事実、タリアを娶った男でもある。侵してはいけない至純(しじゅん)深淵(しんえん)に捻じ入った災いを背負う醜穢(しゅうかい)、直面してふたりは改めて思った。やはり天地に悪名を轟かす自然が生んだ火山の渾沌(こんとん)は、災厄な神の天敵だ。


 エヴァンゲロスとアファナシィは奥歯で怒りを嚙み潰している。けれどタリアは火鬼(ひおに)――(ほむら)の皮肉を助言と受け止め、真摯に考えていた。


 桜色の睫毛を下げ、優雅な仕草で顎先に細い指先を添えている。


 「……笞刑(ちけい)、は有り得なくはないか……。天上界は任務で忙しい神が多い。ひとりふたりの欠員が誰かの負担になる。すまない。エヴァンゲロス、アファナシィ、久々の客人に嬉しくてつい長く拘束してしまった。私の神印(しんいん)を提出するといい、エアナブも(とが)めないはずだよ」


 そう謝罪したタリアが神力(しんりき)神印(しんいん)が押されてある7.6㎝×7.6㎝の透明な紙を取り出し、ふたりに一枚ずつ手渡した。


 神印(しんいん)上位神(じょういしん)神力(しんりき)で押す()わば捺印だ。上位神(じょういしん)本人の意思に基づいて作成された書面、神印(しんいん)の有形偽造は不可能で上級三神(じょうきゅうさんしん)の神も形作れない。故に神印(しんいん)の証拠能力を疑う神はいない。


 ふたりは僅かな一拍、上位神(じょういしん)タリアの言動に唖然とし、ハッと息を詰まらせたアファナシィが否定する。峻嶮(しゅんけん)至高天(しこうてん)の頂点で威厳を放つ上位神(じょういしん)下神(かしん)に発して良い「すまない」はない。


 「……タリア様ッ、我らが天上(てんじょう)聖母(せいぼ)娘娘(ニャンニャン)に過ちはありません! 非礼な僕達を(こころよ)く歓迎して頂けたばかりか、無上の恩典(おんてん)をも授けて下さりました」


 「タリア様の階級に対する概念、理念はハオティエンやウォンヌに聞いた通りで驚きましたが、俺もアファナシィと同じ気持ちです。娘娘(ニャンニャン)、俺達は娘娘(ニャンニャン)と共に過ごせた一時が、人生で誇れる一等の奇跡です。主義主張を優遇せず、排他的(はいたてき)にない平等な愛で頂けたお恵み、神印(しんいん)、有難く(たまわ)ります」


 アファナシィに継いで述べたエヴァンゲロスが拱手(きょうしゅ)する。タイミングを合わせ、アファナシィも拱手(きょうしゅ)した。正しい所作(しょさ)にふたりの敬虔(けいけん)の念が表れている。


 娘娘(ニャンニャン)は女神を指す言意(げんい)で、下神(かしん)(まれ)に使うタリアの尊称だ。


 「いい子だね、キミ達は」


 「――……っ」


 神々しいタリアの微笑みにふたりは頬を赤らめた。火鬼(ひおに)の舌打ちが許せるくらい、いまは自分達が門前払い覚悟で来訪した勇気を称えたい。


 「万一下界で任務を遂行する際、キミ達の手に余る問題が発生した場合は私を頼るといい。解決のための協力はするよ」


 「恐悦至極でございます。タリア様の御言葉を胸に刻み、日々、慢心してまいります」


 同声(どうせい)で述べた感謝が部屋に響き渡る。万一の話は信頼の証だ。下神(かしん)の面倒を自らみる上位神(じょういしん)はいないが、公平を期す、上位神(じょういしん)では稀有(けう)な存在――末弟(まってい)タリアは例外だろう。頂戴した提言(ていげん)端々(はしばし)に嘘偽りや下神(かしん)を手懐けたい思惑の違和感は一切ない。


 「(……想見(そうけん)していた通りだ。それに――)」


 手足の末端が熱くなるエヴァンゲロスとアファナシィはハオティエンやウォンヌが「傍でお守りしたい大切な御方なんだ」と吐露した、星咲く夜を思い出していた。


 「(……成程)」


 納得の一言で、()つ共感する。タリアは命令や掟に因らず忠誠を捧げたくなる神だ。幼馴染ふたりが揃って仕えたい、言外に込められたそこに至る理由を理解した。護衛でタリアに(ともな)える武官(ぶかん)、ふたりの官職(かんしょく)が少しばかり羨ましい。


 エヴァンゲロスとアファナシィはタリアとの別れを惜しみつつ、見送りを丁寧に断り、失礼のない体勢で後退し、家を出た。直後、天と地を結ぶ天光柱(てんこうちゅう)にふたりの神体(しんたい)が包まれる。巻きあがった風で(なび)長袍(チャンパオ)(すそ)、肩を寄せ合うどちらの横顔もどこか凛々しい。


 ふたりは刹那に天上界へ舞い昇ったのだった。

おはこんばんは、白师万游です(*'▽')

最後まで読んで頂きありがとうございます!


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また次回の更新もよろしくお願い致します!

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