第一集:文歴官
輝々と昇る太陽が真上にきた午の刻、下界のとある村にふたりの男神が降り立った。精妙で美事に彫られてある神像を眺めたふたりは頷き合い、ひとりが藁葺屋根で造られた、静かな環境に溶け込んでいる古い家の戸を叩いた。
入口先の花壇に植えてある花々が、通りかかった颯で揺れている。
そして刹那の沈黙後、風が花びらを攫った時、玄関の閂が上がる音がした。ギイ、と鈍く扉が開けられる。ひょっこり姿を現した人物は天上界随一に美しいと謳われ猫も杓子も胸を焦がす、天上皇が創った最後の最高傑作、上位神で三美神の一人、カリスの一柱タリアだ。
タリアは拱手し黙している客人、もとい、男神ふたりにきょとんとしていた。
「キミ達は……」
「…………」
天上界で最も天上皇に近い神体の上位神と下位の神は直接の会話、接触は許されない。ふたりは天上界の掟を忠実に守り黙ったままだ。タリアは「えーと」と片頬を掻く仕草で困惑を表し、取り敢えず、対話の許可をする。
「いいよ、言動を容認する」
「文歴官の神文、中級三神の神官エヴァンゲロスと」
「文歴官の神文、中級三神の神官アファナシィが」
「上位神タリア様に御挨拶申し上げます」
ふたりは謹んだ姿勢を崩さず、鄭重な語調で己の身分と名、属す官職を名乗り、最終的に首を垂れ、息ぴったりな阿吽の同声で述べた。継いで感謝を伝えるべく口を開いた者は、エヴァンゲロスだ。
「不躾な訪問にも拘わらず、下位を容受するタリア様の御心に万謝申し上げます」
二百歳と若いエヴァンゲロスは文歴官の服装規定、長袍に身を包んでいる。丈長で深銀灰色だ。袖口の折り返しの配色は白で文歴官の新人、神文の立場を示していた。腰に薄紫色の革ベルトがあしらわれてある。丸い金の装飾が八つ並んでおり、金属部分に取り付けられた八つの短いベルト紐が魅力的だ。下は黒の褲を穿いている。靴は黒い長靴だ、地面に接した厚底は白い。
凹凸がハッキリしている凛々しい顔立ちだ。くっきりした二重瞼を囲んだ紫色の睫毛と同一の瞳は、かけているボストン型のサングラス奥で正義感を宿していた。ゴールドフレームが眩しいクリアライトイエローレンズのサングラスは無論、伊達眼鏡だ。
髪色は京紫で艶やかな色合いがいい。髪型は独特且つおしゃれなウルフカットだ。全体はミディアムマッシュベースのカットだが、襟足は長めにカットしてある。スパイラルパーマで癖付けされたアップバング、即ち前髪を立ち上げているスタイルは束感があって爽やかだ。
背丈は190㎝弱、筋肉質の図体の割に威圧感はない。
「清廉で尊くあらせられるタリア様の穢れ無き眼に、下位の我々を留めて頂き、万謝申し上げます」
続いてアファナシィが深謝を重ねた。
こちらも二百歳と若く、文歴官の制服規定、エヴァンゲロスと同じ長袍を着衣している。黒い褲、靴も然りだ。ただエヴァンゲロスと違い、アファナシィはベルトをしておらず、ネックレスを首にかけていた。金のチェーンは胸元付近まである。象嵌を施した円形の翡翠を提げた首飾りだ。円満と幸福、高貴と純潔を象徴する翡翠の品質は上等で気品があった。
中性的で端正な顔はたまご型だ。蝋白色の明眸はパッチリな二重瞼をしている。ふさふさな睫毛、鼻と唇の均整がいい。
髪は白髪でミディアムヘアだ。レイヤーが入った蝋白色の軽い毛先は、ワンカール巻いて散らしてある。
身長は183㎝で細身の体格だ。系統は言わずもがな、可愛い。
「あー……うん、宜しくね。エヴァンゲロス、アファナシィ、楽にしてくれて構わない。私の性分か、位階で神を分かちたくないんだ。もちろん上位神を敬うキミ達は私達の誇りだよ、誤解しないで」
ふたりの堅苦しい挨拶にタリアは眉尻を下げ、苦い笑みを浮かべつつ告げた。天上界の序列、秩序や掟は大事だ。決して破ってはならない。けれど、上位神と崇められるのは数世紀と苦手だ。むしろ好んでいない。
タリアの言葉にふたりは目端で意思疎通を図る。上位神と思えぬ優しい命令、否、お願いに少々、戸惑った様子の一瞥だ。
「――タリア様の恩典、受け賜わりました」
断る理由はない。ふたりは呼吸を一拍置き、同時に拱手を解いた。
「文歴官は軍事以外の行政事務を執り行う官職だよね。地上の書物の保護や監視もしている。長は知恵を司る男神エアナブだ。彼は面識があるが、任務での関りは薄い。私にどんな用だ……?」
もし地上で厄介な事件が発生すれば五事官の長ウリが届伝力で知らせてくる。故にその線はない。文歴官の来訪は初めてで皆目見当がつかないタリアは、色白で細い指を顎先に添え質問した。小首を傾げるタリアの仕草は可憐と佳麗の暴力で、形容し難い煌きを浴びせられた男神ふたりは赤面している。
「――タリア」
そこへ突如、低い声が地を這った。紅い影がタリアの肩を引き寄せる。一辺の酸素を一瞬で奪ったかのような、剥き出しの殺意が侵食する空気は重々しい。
「…………っ」
ふたりは気配なく出現した、火鬼、孤魅恐純に硬直する。恐怖で動かない両足、粟立つ肌、体中が警報を鳴らす異様な感覚に襲われていた。自然の火山が生んだ渾沌、神の天敵、火鬼の禍々しい邪は純血で恐ろしい。ふたりの脳裏に連想させた単語は「消滅」だ。
俯くエヴァンゲロスとアファナシィの顔色は著しく悪い。タリアは原因である焔の右頬を撫で、暴圧を極めた鋭い眼光を和らげさせる。
「焔、彼らは若い神官だ。虐めないで」
「虐めていない」
「ほら、私の後ろにいてくれ」
反論は認めず、タリアは焔を自分の背に追いやった。196㎝ある焔は一見、隠れてはいないものの、幾何か唾棄や厭忌を含んだ眼勢は沈静化している。溜まった唾をようやく飲み込めたエヴァンゲロスとアファナシィは心中で安堵し、上位神たる高潔なタリアが翼のない下神の自分達を気遣う対応に益々、感服した。
エヴァンゲロスは一度下唇を噛み、タリアを見据えると、火鬼の登場で途切れていた先程の質問に答える。冷静さを保った虹彩は誠実を灯し、微動だにしていない。
「……タリア様、文歴官の課役として特段の謁見由はないのです。久しぶりの下界で任務を終え、先日、結婚なされたタリア様がここの村におられると聞き、懲罰を覚悟の上、ご尊顔を拝する栄光をと参った次第――」
「いえタリア様っ、僕が浮薄で卑劣だったのです! 文歴官の長エアナブの息子エヴァンゲロスと、許万官の長テイソンの息子の僕だったら推尊するタリア様に拝謁することが叶うかと……! 友で幼馴染のハオティエンやウォンヌがタリア様の護衛を全うする雄姿が、恥ずかしくも羨ましく……、『やめておけ』とエヴァンゲロスに注意されましたが説得し、いまに至ります」
エヴァンゲロスの語尾を掻き消す勢いでアファナシィが訂正した。一滴と偽りが混じっていない細声は小刻みに震えている。
瞬きを繰り返すタリアの透き通った桜色の天眼は読めない。されど、ふたりはタリアが不快を抱き、確実に遅い門前払いを食らうと諦念した。
が、予想だにしない反応をされる。
「へえ! キミ達はエアナブとテイソンの息子でハオティエンやウォンヌの友達だったのか! 謝罪はいい、嬉しい経緯だ。会いに来てくれてありがとう。これも何かの縁だ、丁度お茶を淹れたところだし、狭いが寄って行ってくれ。お腹は減ってない? 下界の食は得意かな?」
「え? いや……」
上位神が下神に「ありがとう」などと極極、稀だ。挙句、とびきりの笑顔が返ってきた。優雅が零れる微笑みの裏に怒りや呆れ、拒絶の感情は紛れていない。
「さあ入って」
「チッ……」
麗らかに誘う女神の後方で、火鬼が露骨に舌打ちをし、エヴァンゲロスとアファナシィを睨んだ。温度差が激しいタリアと巨悪の根源火鬼、とんとん拍子で進む経験のない展開、押し寄せる究極の二択、善後処置、ふたりの思考は追い付いていない。しかし気づけば「失礼します」と口走り、生と死が混在する門を潜っていたのだった。
おはこんばんは、白师万游です(*'▽')
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11月に入り寒さも増してきたので、
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