第一集:孤魅恐純はタリアを孕ませたい
天上皇創りし最後の上位神タリアは、天上界随一に可憐で美しい男神と崇められている。美を象徴した彼は優美に舞う蝶々の如く透明で儚い。
誰もが見目麗しい男神に恋し、惹かれ、陶酔し、英雄豪傑で才色兼備、仙姿玉質と気風を欽慕していた。
触れてはいけない花、穢してはいけない無垢な神体、神々は彼の絶世の美を敬い、畏怖の念を抱き、互いに牽制し合い、彼を誰かひとりのモノにしない皆のモノと暗黙のルールのなかで想いを募らせ、誰も奪ないと高を括り、結果、神々の意表を突く形で彼の悪名高き火鬼に横取りされてしまう。
乱暴且つ礼節のない鬼の巣窟、鬼界で育った孤魅恐純は天上界の掟の全容は知らないが、上位神と下神にある規則にいまは感謝していた。
「(――俺としては幸運だ)」
タリアはひとりの神として愛し愛される存在だ。天上皇の不朽の愛と同様、タリアの愛は無限で天地の生命に等しく注がれている。
けれどタリアは恋を知らず、快楽を分かち合う夜の経験はなかった。
タリアの初めては全部、孤魅恐純だ。孤魅恐純はタリアと「恋」を通じて「愛」に至る過程を踏み、恋愛で発生した心理――性的欲求を含んだ信頼関係を築き、肉体や精神を繋ぎ、タリアに特別な感情で愛される、性愛を伴った相互の唯一無二を手に入れている。
「(……タリアが俺以外に身を委ねるとか……)」
想像しただけで込み上げる苛立ち、その正体は嫉妬だ。どろどろの醜悪を纏う殺意が湧いた。
「(……タリアのあの澄んだ眼差しが俺以外に向けられるなんてあり得ないね)」
タリアが恋慕を抱いていい男はひとり、自分だ。タリアと愛を語らえる男も又、自分ひとりだ。
結婚して事実、タリアは孤魅恐純の嫁になったが、本人としてはまだまだ物足りない。慣れる幸せはない。
タリアと共に過ごす毎日が刺激的で毎日が新鮮で、果てのない、最終形態のない、出逢った頃と何ら変わらない、まるで永久の恋愛をしている気分だ。
孤魅恐純は立ち止まり、タリアと繋ぐ右手を自分の唇に寄せる。肌理の細かい華奢な指先は、ほんのり甘い香りがした。
唐突な孤魅恐純の行動でざわつく周囲の神々、ふたりは現在、天上界内城にいる。上位神エルのところへ下界のお土産を渡す途中で、ちょっとした迂回を楽しんでいる最中だ。
孤魅恐純は自分達を注目した神々の視線を意に介さず、小首を傾げるタリアの指先を口先に当てたまま告げる。
「――タリアの指、唇、頬、額、目、手足、胸元、タリアを成す細胞はすべて俺のだ。俺の指や唇、目や手足、臓器、心体、魂はすべてタリアのだよ」
「……え、と……うん」
突然の告白にタリアはただ頷いた。正しい内容と理解し否定はしない。
「タリアを啼かせているとき、よく思うんだ。孕ませたいって」
「――!? ちょ、焔……ッ」
孤魅恐純が胸懐を吐露すると、両眼を見開いたタリアは慌てふためき、顔を真っ赤にさせている。孤魅恐純は「可愛い」と呟き言葉を紡いだ。
「孕ませたいけど、いまはふたりの時間を大切にしたい。孕ませたいんだよ? タリアと俺の子供は欲しい。孕ませたい、『私を孕ませて』って言わせたい。でも俺は貪欲で醜い艶羨の塊を持ってる、タリアを子供に取られたくない。いまは二人がいい」
訥々と話す孤魅恐純の口調は切ない。卑猥な単語の連呼で一帯は騒がしいが、タリアは恥ずかしさを忘れ、孤魅恐純の意見を尊重した。
「……深沈の基盤は大切だ、子供は先でいいよ。私もキミといまは二人の時間を楽しみたい」
「孕ませたい」
「……ねえ焔、私は男神だ女神じゃない」
尤もな返しだ。タリアは男神で生物学上、腹に子を宿せない。
「うん。無意味で叶わない、タリアに種付けしたい望み」
率直で包み隠さず言う。案の定、タリアの耳介は赤く染まった。茹蛸状態だ。
「焔……ッ!!」
「怒ったタリアも可愛い」
「……はあ、何かあったのか? 私がキミを不安にさせてしまった? 私は悠久にキミの伴侶だよ焔、絶対だ。キミと私の繋がりは断ち切れない、安心していい」
「ん……」
タリアは優しい。慈悲深い。火山が生んだ自然の驚異=脅威、禍々しい渾沌を真綿で包み愛してくれる。タリアの「絶対」は信じられた。タリアは嘘をつかない。むしろタリアしか天地で信用できる者はいない。
自分を無条件で無欲に助けてくれた者はタリアの他いないのだ。
「(タリアが俺の生きる意義だ)タリアが好き、ずっと、好きが大きくなっていく」
「ありがとう。私も焔が好きだよ。キミと一緒で昨日よりずっと今日の焔が好きだし、明日は今日よりもっと好きになっているよ」
公衆の面前でふたりは桃色の雰囲気を醸し出していた。そこに約束の時刻を過ぎても宮殿に来ないふたりを心配し迎えに現れた者がいる。
「……~~お前らはッ」
天上皇が初めて創りし男神、上位神の長男エルだ。わなわな両肩を震わせていた。孤魅恐純を指差すエルの双眸は鋭い。
「慎みがないのか!! 孤魅恐純!! タリアを侮辱した発言をよくも……っ、俺に首を刎ねられたいか!!」
継いでエルの怒号が響き渡る。神々はエルの登場に背筋を伸ばし拱手していた。冷や汗を掻き平伏している神もいる。
「に、兄さん!! すまない怒らないで!!」
「夫と妻の仲睦まじい姿だよ義兄さん、落ち着いて血管がはち切れるよ」
「いけしゃあしゃあと貴様はッ、誰のせいだと思っているんだ!!」
ピキピキ新しい怒筋を浮かばせエルが叫んだ。エルの一方的な説教は半時、続いたのだった。
おはこんばんは、白師万遊です(*ฅ́˘ฅ̀*)♡
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次回から少し違った番外編、短い章になります。
お楽しみに…(๑´ω`๑)照
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