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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
*⋱✽⋰*❁番外篇 短篇❁*⋱✽⋰*
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第一集:書官セシャの失恋


天上界外城(がいじょう)の西側に解歴紐殿(かいれきじゅうでん)、通称水晶殿(すいしょうでん)がある。

 解歴紐殿(かいれきじゅうでん)は天上界の()わば図書館で、何十億年と昔に誕生した地球の経緯、万物の流転(るてん)、天地の歴史、多種多様な資料が保管されてある貴重な場所だ。蔵書数は数え切れない。


 クリスタルで建てられた建物はバロック様式だ。自然光が入射する透けた外観だが内部は見えず、緑と水で囲まれている庭、その周りの風景を映していた。雲居(くもい)の空を突き抜ける水晶殿(すいしょうでん)は何階建てか把握されていない。


 静寂で満ちた風格ある格調高い内部は、白い大理石のタイルや柱、螺旋(らせん)階段、見事な細工が施された本棚がずらり並んでいる。天井に繊細な色彩や陰影で描かれた学問や宗教、芸術を表すフレスコ画は職人の手業だ。至る所に飾られた高級感ある花々、内側から外部は丸見えで開放感があった。水面で反射した太陽光は眩しい。


 この水晶殿(すいしょうでん)にて働く中級三神(ちゅうきゅうさんしん)の神々、書官(しょかん)は本の整理、選定(せんてい)や収集、利用者の案内や要望を対応する役目を担い、時に五事官(ごじかん)の補助、若い神々の学習の手助けをしていた。灰色の長袍(チャンパオ)、黒い(ズボン)、白い靴底(くつぞこ)黒長靴(くろちょうか)が彼らの制服規定だ。


 書官(しょかん)を束ねる男神(おがみ)中級三神(ちゅうきゅうさんしん)神官(しんかん)文歴官(ぶんれきかん)(おさ)エアナブになるが彼は自身の任務で多忙故、普段、水晶殿(すいしょうでん)の管理は書官(しょかん)に任せきりでいない。もし上級三神(じょうきゅうさんしん)の神が来訪した場合、位階(いかい)によって書官(しょかん)が割り当てられる。なかでも特別な天上皇(てんじょうおう)創りし上位神(じょういしん)書官長(しょかんちょう)が護衛、道標(どうひょう)役をする規定があった。

 因みに書官長(しょかんちょう)はセシャだ。中級三神(ちゅうきゅうさんしん)の五番目の階位(かいい)神次官しんじかんで知識と記述を司っている。面長の顔立ちで鼻筋の高い鼻の形は良い。糸目の瞼は一重だ。睫毛は短く(くま)が沈澱した目元は黒い。肉のない顎先の輪郭(りんかく)はシャープだ。頬骨が若干、疲労で浮き出ていた。180㎝の背丈で筋肉のない細身の体型をしている。


 「――こちらの書棚になります」

 

 (ひつじ)(こく)初刻(しょこく)、そんな書官長(しょかんちょう)セシャは、とある人物に付き添っていた。


 「――ありがとう、セシャ」


 天上皇(てんじょうおう)創りし最後の男神(おがみ)、豊かさと開花を司る上位神(じょういしん)タリアだ。美を象徴した見目麗しいタリアの天上界随一たる美貌に振り返らない神々はいない。

 タリアが水晶殿(すいしょうでん)を来訪した瞬間、彼らの目はタリアに釘付けだ。黙って足を止め、直視せぬよう、顔をやや下向きで動向を窺っている。


 セシャの想い人はタリアだ。タリアは自ら本を借りにくる頻度が多い。従って必然的にセシャと顔見知り程度の間柄となっていた。


 間近でタリアと対面し惚れない神々はいない。桜色の明眸(めいぼう)と目線が交わうと吹き抜ける爽やかな春の風、些細な引き金で弾けた恋に落ちない男神(おがみ)や女神はいないだろう。


 セシャも又、密かな恋心を抱いていた。けれど相手は上位神(じょういしん)だ。一介の神々と訳が違う。心中を占領した溢れる感情はセシャ本人も報われないと思っていたが先日、タリアは鬼界(きかい)三災鬼(さんさいき)火鬼(ひおに)と婚儀を挙げ、セシャは(かす)んだ僅かな希望をもぺしゃんこにされ、無慈悲な現実を叩き付けられ、正真正銘の失恋をしていた。


 相手が神聖で高潔な上位神(じょういしん)ならまだしも、あろうことかタリアが選んだ者は五百年前、人間や神官(しんかん)を殺めた天地に悪名が轟く大罪人だ。


 何故(なぜ)、の一言で苦しんだセシャの行き場のない遣る瀬無い気持ちは語るに及ばない。


 しかしいま、セシャは答えが胸にストンと落ちた気がしている。


 「ねえ(ほむら)、どっちがいいかな?」


 「俺はタリアがいい」


 「……私は選択肢に入っていない」


 タリアが話しかける相手は彼と結婚した、誰もが欲する彼を手に入れた、幸運で羨ましい男、孤魅(こみ)恐純(きょうじゅん)だ。彼はタリアの許可なく口を開き、タリアの許可なく清い神体(しんたい)に触れ、タリアの無垢で無償、永続的な愛を天地でただひとり独占できる。無論、タリアと愛を囁く情欲(じょうよく)の月夜を共に過ごす特権も火鬼(ひおに)のものだ。


 「(俺自身、もっとなんか、ぐちゃぐちゃどろどろに嫉妬するって思ってたんだけどな)」


 タリアと孤魅(こみ)恐純(きょうじゅん)(かも)し出す雰囲気は不思議だった。生まれの異なる正反対の(じゃ)(ぜん)は、お互いの欠けた部分を埋め合うようにぴったり填まり完結している。互いが互いを必要とした雑音のない世界はふたりにしか理解し合えない、そう空気が教えてくれた。


 恐らくこれは、なるべくしてなったふたりの運命だ。


 「じゃあ選択肢にタリアを入れて」


 「……入れない。鬼界(きかい)の料理を学びたいんだ」


 タリアが両手に持つ古書は鬼界(きかい)の料理本である。タリアが自分のために料理を勉強し、完成した手料理を「美味しいかな?」などと不安げな表情で問う姿は堪らない。状況を己に置き換え、濃厚で甘い妄想に浸る神々は本棚の影で悶えていた。


 一方のセシャは落ち着いている。火鬼(ひおに)に対して汚い妬みもない。


 むしろ、ふたりの結婚式以来、一番、頭と心は穏やかだ。

 

 「タリア様、鬼界(きかい)の料理を学びたいのでしたら、こちらがお薦めですよ。こちらの本は下界の材料で作れますし、人体や動物の臓物(ぞうもつ)類は要りません。調理法や調理器具、道具も一般的です」


 「へえ、さすがセシャだ。詳しいね。ありがとう、こっちにするよ。下界に帯出(たいしゅつ)して大丈夫かな?」


 上位神(じょういしん)下神(かしん)に自ら礼を告げる者はタリアを除いていない。サシャが惚れたタリアの美点のひとつだ。


 「はい。大丈夫です。返却期間も上位神(じょういしん)の方々はありません、って既知の事実を逐一(ちくいち)すみません」


 「謝らなくていいよ、キミの仕事だ。久々に借りるし思い出せたありがとう。エアナブは元気?」


 「御心遣い痛み入ります。エアナブ様は元気です、タリア様のご尊顔を拝したいと以前、申しておりました」


 「アハハ、恐縮だな」


 セシャの返答に苦笑するタリアは綺麗な爪先で片頬(かたほお)を掻いた。タリアの癖だ、華奢(きゃしゃ)な指先は細い。セシャがタリアの艶がある手元を眺めていた矢先、孤魅(こみ)恐純(きょうじゅん)がタリアの指と指の間に自分の指を絡めて握り締める。


 「タリア、用件は済んだ? 帰って少し昼寝しよう」


 「ん? ああいいよ、兄さん達にお土産を渡して帰ろうか」


 孤魅(こみ)恐純(きょうじゅん)の提案を容認したタリアは気づいていない。孤魅(こみ)恐純(きょうじゅん)は半分閉じる殺気剥き出しの両眼(りょうがん)でセシャを見下ろし睨んでいた。


 禍々(まがまが)しい悪の塊に睥睨(へいげい)され、(おのの)くセシャは恐怖で粟立つ冷や汗を全身に滲ませている。


 「おいでタリア、足下に気をつけて」


 「ありがとう。セシャ、またね。今日はありがとう」


 「あ――、いえ、はい……。失礼致します」


 セシャはタリアに挨拶し拱手(きょうしゅ)した。妖しく紅い(かげ)を背負う孤魅(こみ)恐純(きょうじゅん)の背中は恐ろしい。


 「……絶対、敵わねえな誰も」


 相手は神々の天敵だ。万一の可能性も微塵とない。セシャは独り()ち、「あー……初恋は実らねえか、やっぱ……」と天を仰いだのだった。


 「……幸せになって下さい、前途を祈っていますタリア様」


 失恋の傷心(しょうしん)は一貫性の痛みだ。いまは耐える他、術はない。


 「――っし、頑張るか」


 これは泡沫(うたかた)の切ない夢物語、それは否定してはいけない確かな恋物語、セシャが見上げた青空は濁りのない未来で一段と輝いている。


最後まで読んで頂きありがとうございます(*ฅ́˘ฅ̀*)♡

おはこんばんは、白師万遊です(∩´͈ ᐜ `͈∩)


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次回の更新もよろしくお願い致します(๓´˘`๓)♬*゜

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