第一集:ダイヤの指环(ジフアン)
五百年前、人間は罪なき鬼の子供を二人なぶり殺しにした。
火山が生んだ自然の渾沌、無慈悲が成す悪行で死屍累々の亡骸の頂点に君臨する火鬼は、報復として三百の人間と五人の神官を殺す大罪を犯し、天地、宇宙、万物の創造主、自己完結した絶対真理で全知全能の天帝、天上皇の神札にて、下界と鬼界の狭間に封印される。
しかし五百年後、天上皇の数年に数回訪れる眠りと同時に、その封印の札の効力が弱まっていると報告が上がった。それを豊かさと開花を司る男神、上位神タリアが耳にし、火鬼の封印札を新しく変えるため、下界へ降りたのだった。
「――怖がらないで、私は君の味方だ」
火鬼とタリア、ふたりの出会いは、偶然で必然の運命となる。
火鬼と上位神タリアは惹かれ合い、互いを慈しんだ未来へ進み、恋人期間を経て先日、天運の赤い糸で結ばれ、永遠の愛を誓い、結婚したのだった。
タリアは生涯、火鬼に愛を、情けを、罪を学ばせる枷を担うことになったが無論、後悔などは一切していない。
監視する側される側に不満のない不思議な因果を持つふたりは、今日も又、どちらからともなく合わさった小幅で同じ速度の時を歩んでいる。
「タリア、疲れてない?」
「平気だ、ありがとう」
――申の刻の初刻、ふたりの姿は鬼界の西にあった。
鬼族で天地に悪名を轟かす三災鬼の三鬼のひとり、乱螫惨非が統治する領域だ。荒れた土地、荊が蔓延んだ光景が広がっている。景観の水分と色彩は乏しい。
半刻前、乱螫惨非から届いた手紙で焔が突如、「ちょっと鬼界に行きたい」とタリアに申し出、今に至る経緯だ。
因みに手紙は乱螫惨非がふたりの結婚祝いにくれたサボテンが「ペッ」と唾付きで吐き出したものだ。サボテンは彼と通信を自在に行える能力を備えていた。
「着いたよタリア、ここだ」
辺りに何もない辺鄙な場所で焔が止まる。荊棘に囲まれ埋もれて外壁や看板、全体的な外観はまったく視認できないものの、長方形の入口らしき空洞があった。戸は嵌められていない。
「支払いして受け取るだけだから、一分、待ってて。一歩も動かないで」
焔はタリアの右頬を撫で、薄暗い内側に消える。
「……何か買ったのかな?」
何も聞かされていないタリアは小首を傾げていた。何を買ったのだろう、と鉛色ではっきりしない空を眺めた矢先、焔が戻ってくる。一考の余地もなかった。
「タリア」
「早かったね焔、一分も経っていない」
「まあね、準備がよくて助かった。左手、いい?」
「……? はい」
タリアは疑問符を浮かべつつ、焔の右手に左手を乗せる。すらりと伸びた華奢な白い指先、手入れされてある爪の先は綺麗だ。
焔は左手でタリアの薬指を飾った赤い水晶の結婚指環を指の腹でなぞり、極限に細いガラスの輪で形成された指环を結婚指輪に連ねる形で嵌めた。上になる輪の半分は数字の8を90度回転した無限大の記号だ。最大の輝きを放っているラウンドブリリアントカットされたダイヤモンドが中央にあり、極上の紅い涙型のダイヤモンドが銀のチェーンでぶら下げられ、二重に煌いている。
「鬼龍の涙で作ったんだ。硝子は割れないよ安心して」
「鬼龍の?」
鬼龍は鬼界の上空にいる生物だ。下界の地上に棲んだ龍神はたまに飛翔し天上界で拝めるが、四界の龍達は天上界に昇らない故、タリアも数千年で数回、遭遇したかどうか記憶が曖昧になるくらい、稀覯な種であった。
問い返すタリアに焔が丁寧な口調で説明する。
「うん。鬼龍は百年に一回、一滴の感涙を流す。空気に触れたらダイヤモンドになる希少な涙だ。そろそろかなって荊に入手するよう、頼んでいたんだ。ここはダイヤをカットして指環にしてくれる老舗だよ」
荊の突然の連絡や焔の急いだ行動、ここを訪問した理由が明らかになった。タリアは可憐で繊細な指环を天に掲げる。美醜を見分けた審美性のいい設計でぴったりの大きさだ。
光の粒を零す透明度の高いダイヤモンドは神々しい。
「そうだったんだ。成程……、感涙か。とても美しいね、私が貰っていいの?」
「もちろん、タリア以外に俺の愛はない。気に入った?」
「うん……、嬉しい。ありがとう焔、大切にする」
高価な贈り物より焔の気持ちが嬉しい。花々を顔付近で飛ばすタリアは満面の笑みを浮かべ、焔に抱き着いた。一生懸命、両腕に力を入れ、感謝を表している。
「キミに愛される私は幸せ者だ。私も私の愛でキミを幸せにしたい」
「……タリアが笑顔で俺の腕中にいる十分、幸せだよ」
紡ぐタリアの言葉は尊い。焔はタリアをゆっくり掻き抱き、耳元で囁いた。蜜を含んだ甘い声音が擽ったいタリアは耳介を赤らめ、焔の胸元に逃げ小さく縮こまる。夫婦になって尚、こういった純粋無垢な反応をみせるタリアが、焔は可愛くて堪らない。
ふたりは三十分程、店前で淡い桃色の雰囲気を醸し出していたのだった。外出したい店主が溜息交じりに引っ込んだ気遣いを、タリアは知る由も無かった。
おはようございます、白師万遊です(*´▽`*)❀
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