第一集:村人、一鸣(イーミン)の一齣
以前、村は怪奇に襲われた。村人達を震撼させる猟奇的で不可解な事件だ。
恐怖の雨、失った命、裏切りの村長、鮮明に忌まわしい一連を思い出せるそれらの光景は未だ生き残った村人達の脳裏に根付き、心を苦しめている。
されど人生を奪われた者達のため、生存者は悲しみを背負い、悲嘆に暮れず歯を食い縛り、前を向き歩いていかなければならない。当たり前に胡坐を掻かず、今日を精一杯、彼らの分まで生きていくことが弔いだ。
村は禍患に見舞われたが幸運でもあった。
天の神が法力に長ける桜道士一行を遣わせてくれたのだ。彼らのお陰で村は安寧を取り戻している。彼らの助けが無ければ村人達は皆、殺されていた。謙遜や彼らを煽てているわけではない、事実だ。
村人達は無条件で自分達を救ってくれた彼らに心底、感謝している。
そして居留してくれた四無量心を備える桜道士を村人達は歓迎していた。無論、共にいる紅い鬼も然りだ。
ふたりは数日前、桜道士の故郷で婚儀を挙げたらしい。どうやら急遽、桜道士の父親が予定を変更したようだ。理由は何であれ、吉報に村は喜んだ。暫く村を拠点に生活する話も嬉しい限りだった。
収穫した野菜をお裾分けに来ている村人の青年、一鸣も、最初は異様で苦手だった禍々しい鬼界の鬼にいまは慣れている。
「――桜道士様、俺ん畑で獲れた野菜、食べて下さい。卵や肉類は明日、ウチんおっちゃんが持って来ますんで」
「――わあ一鸣、ありがとう!」
扉を開けた玄関先で、礼を告げるタリアの足下に、一鸣は抱えた藁蓆を袋状とする叺をひとつ置いた。太陽の光を浴び煌くタリアの桜色の幼気な虹彩はまるで万華鏡だ。
一方、隣にいる不吉の捩じれを随えた鬼、焔の烱眼は毒々しい。
「俺が運ぶよタリア、アンタは帰って、用件は済んだだろ」
タリアと一鸣に発する焔の語調は明らかな温度差があった。
焔は人間、もとい、タリア以外の生物に一切の興味ない。挨拶はおろか目も合わせない。普通は怒るか不快になって空気が悪くなる場面だ。
しかし村人達は焔の態度を特段、気に留めていない。焔も又、村人を救命した英雄のひとりだからだ。村人達の間で焔は「子供より子供の性格」と割り切られている。
「あー……すまない一鸣、彼に悪気はないんだ」
「平気平気、俺は気にしねえんで。桜道士様、一個、質問ええですか?」
「うん、もちろんいいよ何かな?」
「……そん得体のわからんヤツ、桜道士様んの新しい家族?」
一鸣がソイツ、と人差し指で差した方角にいる、背丈30㎝弱の鬼の骸骨、盈月鬼が一鸣を見上げていた。
一本角が頭部に生えている盈月鬼は鬼界の鬼族、三災鬼のひとり招死笑滅から結婚祝いで貰った贈り物だ。
「うん、この子は盈月鬼、我が家の一員だよ。可愛いだろう? 焔の友達がくれたんだ」
タリアがのほほんと微笑み紹介する盈月鬼は血肉がない。不気味な容姿だ。「可愛い」要素が見当たらず、一鸣は小首を傾げる。
「先生が仰るんなら可愛い……、まあ可愛い、のか?」
盈月鬼はカタカタ歯を鳴らし、家の奥に消えていった。異界と下界、混濁する空間だが不思議と恐れはない。
「タリア未の刻だよ、昼ご飯にしよう。蒸した饅頭も頃合いだ」
ふたりの雑談に痺れを切らした焔が叺を軽々左手で持ち、右手でタリアの細い腰を抱き寄せる。美を象徴した儚く神々しいタリアと、眉目秀麗で妖しい焔が目笑し合う姿は絵になった。
「ああ、焔すまない。一鸣、饅頭は好き? 包んであげよう」
「…………」
饅頭は好きだ。けれど焔の無言の威圧が断れと命令している。
「いやっ、俺は!! そん気持ちだけで十分!! 邪魔したな鬼の兄ちゃん! ありがとう桜道士様またっ……!」
一鸣は蒼褪め、そそくさと場を去った。タリアはきょとんとしている。瞼を瞬かせ丸めた両眼は可愛い。
「行っちゃった、饅頭苦手だったのかな……」
「かもね。ほらタリア、閉めるよ」
「ああ。ねえ焔、食後は釣なんてどうかな? 野菜がたくさんある。中華風のあんかけをからめた野菜と魚、相性はいいと思うんだ」
「いいね、乗った」
鴛鴦之契を結んだふたりは恋人だった頃と変わらず仲睦まじい。タリアの提案に焔はふたつ返事し、玄関の戸を引いたのだった。
おはようございます、白師万遊です(∩´͈ ᐜ `͈∩)
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