第二集:鬼界随一の縫い師(その後)
「――我、百罪百許を授ずけられし神、地上に並ぶものなし」
未の刻の正刻、タリアは下界にて移境扉を開いた。
移境扉は別名、界道と言い、天上界の神々しか扱えない、鬼界、狐界、狼界、鹿界、下界、すべての五界を移動できる便利な能力だ。
地面に円形を描き、縁に添って天上界の文様や文字を並べ構成した図形の境界円は、神々の神力に反応し効果を発揮する。
円の中央で目映い光の粒に包まれたタリアと焔は、一瞬で目的地たる鬼界の最東端の山に到着した。ふたりの両耳にぶら下がる滴型の赤い水晶の装身具、フック部分が純金の耳飾りは、タリアの兄で現堕神のリイガウに結婚祝いで貰った贈り物だ。
辺りは至って普通の森になる。道幅1.5メートル程の湿った山道はでこぼこしていた。周囲を見渡すタリアは白い鬼の角を二つ、装着している。星を散らせた長い睫毛が囲んでいる瞳は嬉々としていた。
焔がタリアの左手を攫い、案内する。
「足下に気を付けて、タリア」
「ああ、ありがとう」
タリアは焔に連れられ、勾配が緩やかな坂道を登った。風が織り成す木々の音色は心地が良い、清楚感を伴った緑の香りが鼻腔を擽る。もっと自然を堪能していたかったが十分も経たず、太陽の日差しを浴びる開放的な場所に辿り着いた。
広がる平坦な一面の中に、巨大な鬼の右手が乗った八注様式、宝形造の殿がひっそり建っている。その後ろも同じ建物が三つ並んでいて、左は龍、真ん中は虎、右は蛇、が屋根に寝そべっていた。本物と同等の模造品は迫力がある。
手前に佇んだ一階建ての殿の桟唐戸は、戸が嵌められていない。刹那、九字護身法の組手が赤文字で書かれた白布の暖簾を潜り、「あ~だりいわ」と外に出てくる人物とタリアは目が合った。
「…………」
二本角の黒鬼は無言でタリアから視線をずらし、隣に立つ鬼界の火鬼、焔の唐突で予定のない来訪にゆっくり首を傾げる。
「……、孤魅恐純様じゃねえか。何事だ?」
「针裁、キミに会いたいって、俺の嫁が」
「あ、初めましてタリアです」
タリアは簡略に名乗った。黒鬼こと针裁がタリアを直視する両眼は鋭い。
「……おいおいマジか孤魅恐純様、嫁めっちゃ美人じゃねえかよ。女鬼で断トツじゃねえの? あーオレとしたコトが、くっそ想像が甘かったわ」
针裁は数秒間タリアと見つめ合い、溜息交じりで呟いた。右手の平で己の額を叩き、天を仰ぐ姿は悔しそうだ。
「天地で一番の美人だって教えただろ」
「あん? みんな自分の嫁は贔屓目で『一番だー、美人で可愛いー、世界一だー』つって自慢気味に誇張した印象を伝えてくるモンなんだよ。旦那側の情報は大半、当てに成んねえの」
焔と屈託なく会話する针裁は肩を竦めた後、咳払いで喉を潤しタリアに訊ねる。
「……自己紹介は苦手だ省くぜ。面識ねえオレに会いたいって、何でだ?」
「キミが作ってくれた花嫁衣裳はとても繊細で、優美に施された色彩豊かな刺繍や模様は綺麗だった。お陰で生涯の記憶に残る、良い思い出になったよ。短い時間で偉業を成し遂げたキミを誉れに思う、ありがとう针裁」
彼は鬼界随一の縫い師、且つ着物職人で、焔が婚儀衣裳を任せていた男鬼だ。今回、日取りが三百年後から三日後と変更したにも拘わらず、限られる製作期間で丁寧に正確に妥協なく、熟練技で吉事に相応しい晴着を仕立ててくれた。
自らの足で赴き、彼に直接、礼を述べるが道理だ。
タリアは下界で生活が落ち着いた頃、焔に前言の「会いたい」を懇願し、タリア一辺倒でタリアの願いを無視しない焔がそれを叶え、現状に至る。
「……女鬼に礼を言われたの初めてで超絶コエーよ、鳥肌立ったわ。お前大丈夫か?」
「アハハ……。大丈夫、正気だよ」
「正気ねえ……孤魅恐純様が結婚ってどんな天変地異の前触れだって思ったが……、まあお前なら納得だわ……。どこ出身だ? 白い角って雑鬼か? 孤魅恐純様に脅されてんじゃねえよな?」
怒涛の質問だ。最後の問いで焔の口端が艶やかに上がった。傾ける顔、灯った紅い虹彩は禍々しい。
「ハ、殺されたいか针裁」
殺気を放つ焔をタリアは宥め、正体がバレぬよう、しどろもどろ答える。
「やめなさい焔、彼に悪気はない。针裁、えーと……私は雑鬼で出身は……、すまない憶えていないんだ。互いの意思で決めた愛のある婚姻だよ、彼は私に誠実で脅したりしない」
片頬を掻きつつ、微笑したタリアの笑みは柔らかい。畏怖の念を抱かせる儚さだ。
「……へー。愛ね、愛……愛か驚くわ。まあ、申し分ねえ良い嫁さんに嫁いでもらったんじゃねえの? さすが孤魅恐純様だな、審美眼に長けてやがる」
「フ、まあね」
顎先を擦りながら褒めた针裁に、両腕を組んで胸を張る焔が鼻を鳴らした。喜色を表す雰囲気で機嫌が良い。
「二人共、ウチで茶ァ飲んでくか? 丁度、手が空いたところだしよ」
「わあ、ありがとう! 折角だ焔、お邪魔させてもらおう」
「うん」
ふたつ返事する焔が心中で「タリアの服を序でに何着か依頼しよう」と紡いだ言葉を、タリアと针裁、ふたりは知る由も無かった。
おはようございます、白師万遊です(⑅•ᴗ•⑅)
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気づけば四月になっていました……(*´▽`*)❀
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